【17-01】梅屋庄吉と孫文の盟約—松本楼 副社長  小坂文乃さんに聞く—

2017年1月23日 取材・執筆:孫 秀蓮(アジア太平洋観光社)

 1895年、長崎に生まれた梅屋庄吉と現在の広東省中山市に生まれた孫文は、香港で出会った。そのとき梅屋庄吉27歳、孫文29歳。長崎という歴史的に中国と結びつきが強い場所で国際感覚を養っていた梅屋庄吉は、孫文が革命にかける情熱に感銘を受け、「君は兵を挙げたまえ、我は財を挙げて支援する」と盟約を結んで、生涯その誓いを貫き通した。

 今回は梅屋庄吉のひ孫にあたり、積極的に梅屋庄吉と孫文生涯の友情を伝える活動を行われている小坂文乃さんにお話を伺った。

小坂文乃

小坂文乃: 日比谷松本楼 代表取締役

梅屋庄吉・トク夫妻曾孫
立教大学社会科学部観光学科卒業

要職

中国宋慶齢基金会理事、孫文と梅屋庄吉研究センター(上海)顧問、
長崎近代交流史と孫文、梅屋庄吉ミュージアム顧問、壱岐市観光大使

受賞

「長崎県民表彰特別賞」(2011年受賞)
「上海市政府白玉蘭賞」(2012年受賞)

著書

『革命をプロデュースした日本人 評伝 梅屋庄吉』 (2009 年)
『ナガサキ人 梅屋庄吉の生涯』 (2012 年)

梅屋庄吉さんはなぜ孫文を援助することになったのでしょうか。それは梅屋庄吉さんの人生観や価値観の現れだと思いますが、いかがでしょうか。

 14歳で上海に行った梅屋庄吉は、当時憧れの中国で中国人が西洋人からひどい扱いを受けていることにショックを受け、西洋の力に屈せずにアジア人同士で協力してアジアの平和を作らなければならないと固く決心しました。そして孫文に出会ったとき、同じ志を持っていることに感銘を受け、援助することを決めたのです。

 梅屋庄吉は、人としての尊さは財産の多寡や立派な家や車を持っていることではなく、どれだけ志が高く、人のために尽くせるかという人としての生き方にあると考えていました。ビジネスの才能もあったので一時は革命の援助ができるほど大金持ちだったわけですが、資産に甘んじて遊んで暮らすのではなく、そのとき一番困っている人に使うべきだと考えました。それが巡り巡って別の形で子孫のためになると信じていたのです。

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写真1 梅屋庄吉と孫文 1913年、東京浅草勅使河原 花屋敷にて
鉄路総弁として孫文が日本を公式訪問した際の写真(梅屋44歳、孫文46歳) 所蔵:小坂文乃氏

日本では梅屋庄吉さんと孫文の話は以前封じ込められていましたが、この歴史の公開を決めたきっかけは何だったのでしょうか。

 梅屋庄吉自身が孫文と2人だけの約束だから口外はしないようにと遺言に残していました。当時の状況を考えると、日本と中国が戦争することは明らかで、梅屋自身も日本軍(憲兵隊)に捕まっていますので、周りに迷惑をかけたくないということがあったのでしょう。また自分のしたことについて表立ってあれこれ話す人間ではありませんでしたので、まさしく誰も知らない歴史であり、一部の中国の歴史家や政治家しか知らない事実でした。

 日中国交回復後、私の祖母(梅屋の娘)がこの重要な歴史をお伝えした方がよいのではないかと考え、初めて学者や新聞記者に紹介を始めましたが、なかなか話題にはなりませんでした。2008年に胡錦濤前国家主席が10年ぶりに訪日した際、初めて松本楼で資料を見せてほしいと言われました。それが多くのマスコミに注目され報道されたことで、ようやくこの歴史は多くの方々に知られるところとなりました。

小坂さんは幼い頃から孫文と梅屋庄吉さんの話を聞いて育てられたと思いますが、それはご自身の価値観にどのような影響を与えましたか?

 梅屋庄吉の行動にいつも感動しています。梅屋の志は本当に尊いことで、誰にでもできることではありません。この無形の財産をベースに次世代に残したこと、そして中国の胡錦濤前国家主席と福田康夫元首相に日中交流のシンボルとしてこの歴史をお伝え出来たこと、これはお金には代えられない非常に大きなことだと思います。

 私は中学・高校はイギリスにおりましたし、幼い頃は特に中国に強い関心があったわけではありませんでした。でもいまは祖母から母、そして私に語り継がれた梅屋庄吉について、一所懸命調べて勉強し、世の中に伝える努力をしております。

小坂さんご自身は、なぜ梅屋庄吉さんと孫文の歴史について伝える活動を始めようと思われたのですか。

 中国での反日デモの報道などを見ていると、若い中国人学生たちが梅屋庄吉と孫文の歴史を知っていたら、日本に対してそれほどまでに悪感情を持つことはないだろうなと思ったのです。そしてある時、中国の若者たちに梅屋庄吉の歴史を伝えたいと思いました。

 その矢先の2008年に胡錦濤前国家主席が松本楼にご来店され、その後、福田康夫元首相が自宅に資料を見にいらしたときに「このような貴重な資料をなぜ放っておいたのですか、あなた自身が本に書けばよい」とおっしゃいました。そこからもう一度勉強し直して、本を書きました(『革命をプロデュースした日本人』講談社、2009年)。その後、上海万博があり、2011年には「辛亥革命から100年」とタイミングが重なり、展示会や講演会、テレビ番組などでこの歴史を伝えて参りました。

梅屋庄吉さんと孫文が出会った100年以上前の日中関係と現在の日中関係はどう違うと思われますか。

 100年以上前は文化や価値観が西洋と東洋でくっきり分かれていました。日本人は儒教の教えなどを中国の書物で勉強していたため、考え方のベースが中国と近いものがあったと考えられます。日本人と中国人はともに東洋の意識を持って、アジアの平和のために頑張るという同じ目標や夢を見ることが出来ました。それもあって孫文と梅屋が意気投合をすることが出来たと思います。

 しかし、現代の日本と中国ではまったく状況が違います。第二次世界大戦後、日本はアメリカ的教育を受け、経済的にも日米関係は強固なものとなりました。かたや中国は国内の文化大革命などを経て、昔の中国とは違っていきます。そこで日本と中国は大きく乖離していったと思います。教育背景も全然違うため、お互い強く主張なければ価値観を共有することが難しくなっているのでは、と感じます。100年以上前と同じ状態に戻すことは難しいでしょうけれども、双方が勉強して価値観を共有することで相互理解を深めることはできると思います。ただ歴史について批判するだけではなく、さまざまな交流の歴史も併せてトータルで勉強することが大切だと思います。

梅屋さんと孫文は27歳と29歳で出会い、小坂さん自身も若いときに中国に行かれました。日中交流を担うこれからの若者に何かメッセージはありますか。

 そうですね、私自身18歳のときが初めての訪中でした。当時の日本はバブルで経済的には好調でしたがお金のことばかりという雰囲気でした。一方中国で会ったのは人民服を着て素朴で目がキラキラしていて、一所懸命な人たちでした。30年も前のことですから、まだ公害も少なく、印象はとてもよかったです。その後、2010年上海万博には中学生の息子を連れていきました。友人たちも中国に関心を抱き、いつか上海に留学したいと言っています。

 いまの若い人たちには、マスコミ情報だけでなく自分の目で見て、交流して、確かめてほしい。嫌な話を聞けば嫌な気持ちになるのは当然です。中国の方にも日本にたくさん来ていただきたいですし、日本の若者にもどんどん行ってほしいと思います。実際の往来が増えるとよいと願っています。

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写真2 孫文と梅屋トク夫妻三人像(長崎市、松が枝国際観光ふ頭緑地)2011年10月、
辛亥革命100周年を記念して、中国政府から長崎県へ日中友好のシンボルとして寄贈された。 写真/川田大介


※出典:「梅屋庄吉と孫文の盟約 —松本楼 副社長 小坂文乃さんに聞く—」『和華』第11号(2016年7月),pp.106-110,アジア太平洋観光社。


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