【17-10】年齢を重ねてなお輝く青年の志―中国工程院院士 瀋陽薬科大学元学長 曁南大学薬学院名誉院長 姚新生教授

2017年12月28日

楊保志

楊保志(風生水起);広東省科技庁科技交流合作処副調研員

河南省潢川県出身。入学試験に合格し軍事学校に入学。26年間、軍務に就き大江南北を転戦し、その足跡は祖国の大好河山に広くおよび、新彊、甘粛、広東、広西、海南などの地域で銃を操作し弾を投擲した。メディア、組織、宣伝、人事などに関する業務に長年従事し、2013年末、広東省の業務に転じた。発表した作品は『人民日報』『光明日報』『中国青年報』『検査日報』『紀検監察報』『法制日報』『解放軍報』『中国民航報』などの中央メディアの文芸・学術欄に、また各地方紙、各軍関連紙軍兵種報紙にも掲載され、『新華文摘』『西部文学』『朔方』などの雑誌や、ラジオ、文学雑誌にも採用され、“中国新聞賞”文芸・学術欄銀賞、銅賞をそれぞれ受賞し、作品数は500篇に迫る。かつては発表を目的に筆を執っていたが、現在は純粋に「自分の楽しみ」のためとしている。

 姚新生は1934年、上海に生まれた。1950年、16歳だった姚新生は、「米国に抗戦して朝鮮を支援し、祖国を防衛せよ」との呼びかけに応えて従軍し、紅軍が1931年に創設した当時の東北薬学院、現在の瀋陽薬科大学の第23期軍薬学員班に加わった。1955年に卒業後、学内に留まり、生薬教学研究室で教職に就いた。姚新生と日本の同業者さらには中国国内の業界との漢方薬(中医薬)研究分野での半世紀余りにわたる強いつながりはこの時から始まった。

日本にわたって頭角現す

 姚新生は小さい頃から漢方薬を熱愛していた。1976年まで中国では文革が続いたが、文革の10年間のうち、姚新生は7年もの歳月を遼寧省の農村で過ごした。こうした状況にもかかわらず、姚新生は、漢方薬の学習と研究を諦めることなく、農村で草薬の採取と研究を続け、病人を救った。姚新生はこの間、朝鮮人参や線麻葉、淫羊藿、板蘭根、鶴草芽などの漢方薬の研究に従事し、腸閉塞の治療に用いる線麻葉注射液や心血管疾患と女性の更年期障害の治療に用いる淫羊藿の錠剤(心神寧片)、肝炎の治療に用いる板蘭根注射液(201注射液)、サナダムシの駆除に用いる鶴草芽カプセル剤などを開発した。そのうち多くの研究成果が衛生行政部門の生産認可を受け、線麻葉注射液はさらに、1978年の全国科学大会賞を獲得した。これは後に日本に留学して医薬研究に従事するのに良好な土台を築いた。

 1976年に文革が終わると、中国は、改革開放政策を実施し始めた。関連部門は、海外への留学生の選抜に着手した。20年以上にわたって助手を務めた姚新生は当時、ちょうど講師に昇進したばかりで、天然薬物化学教学研究室の室長に就任していた。姚新生は、中国は漢方薬の伝統的な大国であり、日本の漢方薬は中国を由来としたものだが、日本のこの分野での研究と認識はすでに中国をリードしていると感じていた。日本の進んだ経験と技術を学び、祖国の漢方薬事業の建設と発展をさらに推進するため、1979年、すでに45歳だった姚新生は、日本語を学習することを決意した。1981年、当時の瀋陽薬学院の指導者の推薦を受け、教育部の試験による選抜を経て、47歳の姚新生は「外国人特別研究員」として東京大学薬学部生薬学教室に留学することとなった。

写真1

東京大学留学時代(左から2番目)

 日本に留学した2年の間、姚新生は毎日16時間にわたって仕事をし、祝祭日も休まずに研究に取り組んだ。その勤勉な仕事ぶりは当時の東京大学薬学部の教員や学生の間で美談となり、中国のイメージを高めることともなった。留学期間中には、三川潮教授の指導の下、プロスタグランジンの生合成の抑制による活性スクリーニング体系を採用し、抗炎症作用のある漢方薬の軟紫草から活性のスクリーニングと追跡を通じてArnebinolやArnebinone、Arnebifuranoneなどの微量の抗炎症活性成分を分離取得した。この研究成果では日本の特許2件が出願された。1983年6月、49歳の姚新生は、研究活動で得られた成果が認められ、また基礎科目と専門基礎科目、外国語試験、博士学位論文の答弁を順調に通過し、東京大学創設百年以来で薬学博士学位を2年で取得した初の外国人となった。

帰国して研究と教育に没頭

 博士学位を取得した後、姚新生には、日本の医薬品メーカーから積極的な誘いがかかり、手厚い年俸と優れた仕事・生活条件が提示された。当時の日本は、研究条件でも研究水準でも中国を上回っており、日本での学習と仕事を続けることは魅力的な選択肢だった。だが姚新生は、留学に来た初心を忘れず、日本の友人の誘いをきっぱりと断り、祖国で医薬研究を展開するため、熱意にあふれたまま帰国した。

 日本から帰国した後、姚新生は、「教育によって人材を育て、後世につなげる」との精神で、数々の困難を克服し、仕事に没頭し、天然薬物化学の教育と研究にひたすら励んだ。編集主幹として前後して出版した『有機化合物波譜解析』(1981年、人民衛生出版社)と『超導核磁共振』(1991年、医薬衛生出版社)、『天然薬物化学』(1988年、医薬衛生出版社)の3部は、全国の薬学・漢方薬学の学部統一教材と大学院生用教材となり、中国における漢方薬化学成分構造鑑定技術の普及と推進に大きく貢献し、「質量分析・紫外分光・赤外分光・核磁気共鳴の総合」という現在幅広く採用されている構造研究のモデルと方法を確立した。これら4つの分析法は、漢方薬学分野の研究員の必修科目となり、基本的技能となっている。

 帰国直後、姚新生の仕事条件は非常に苦しいものだった。姚新生は、校舎の廊下の西側にベニヤ板で5平方メートルの部屋を作って事務室とし、学校から1万元の経費を借りて、苦難に満ちた研究活動を一から始めた。1993年に最初の博士課程の学生を受け入れてからこれまで、瀋陽薬科大学と清華大学曁南大学で合計84人の博士、100人以上の修士を育ててきた。姚新生の課題チームからは、1人が「国家優秀博士論文100本」、3人が「省優秀博士論文」、2人が「国家傑出青年」、3人が「教育部長江学者」、2人が「優秀青年」、3人が「広東省傑出青年」、1人が「珠江学者」に選ばれ、教授かそれに相当する称号の獲得者はすでに30人余りにのぼっている。際立った実績が認められ、姚新生は1996年、中国工程院医薬衛生学部院士に選出され、2001年には求是基金会の傑出科学技術成果団体賞を獲得した。2007年には、中国薬学会創設100年大会と世界薬学大会で、姚新生は、「天然薬物学者・薬学教育者」として、当時の全国人民代表大会副委員長の韓啓徳院士によって「中国薬学会突出貢献賞」を授与された。

写真2

学生を指導する姚新生院士

 姚新生はこのほか、国務院学位委員会薬学評議グループ召集者、国家自然科学基金委員会中医漢方薬学科審査グループ組長、国家ポストドクター管理委員会医学専門家グループ副組長、中国薬学会副理事長などの重要な職務を歴任し、「革新薬物研究」(中国科学院上海薬物研究所)、「植物化学・西部地区植物資源持続可能利用」(中国科学院昆明植物研究所)、「医薬生物技術」(南京大学)、「天然薬物活性物質・機能」(中国医学科学院北京薬物研究所)、「生命有機化学」(中国科学院上海有機化学研究所)、「天然薬物・生体模倣薬物」(北京大学)などの国家重点実験室の学術委員も長期にわたって担当してきた。

初心を忘れず中日間の架け橋に

 帰国から30年余りが過ぎても、姚新生は、国外の学術界と密切な学術上のつながりと交流を保ってきた。とりわけ日本の漢方薬の研究や生産、発展の状況については多くの立ち入った調査をしてきた。

 姚新生はこの間、招きに応じて、東京大学分子細胞生物学研究所(元応用微生物研究所)と日本大学薬学部、神奈川大学薬学部、九州大学薬学部、名古屋市立大学薬学部、富山医科薬科大学和漢薬研究所の客員教授、日本漢方薬研究振興財団の評議員などの社会的職務を歴任した。また瀋陽薬科大学と東京大学、富山医科薬科大学、オーストラリアシドニー大学などの国外の著名大学との姉妹校関係の構築を推進・支援した。国家医薬局や瀋陽市代表団の日本やオーストラリアなどの国への視察に副団長として参加した。さらに瀋陽薬科大学などの大学の教員や学生70人近くを日本留学に推薦し、中日間の民間友好・学術交流の促進や青壮年科学者の育成や水準向上に積極的な役割を果たした。

 2015年には、自ら中心となってほかの数人の院士とともに、北里研究所所長で世界的に著名な微生物薬物化学者の大村智教授を中国工程院の外国籍院士に推薦し、入選させた。2015年、大村智教授は、寄生虫による感染症を治療する薬物の開発での貢献が認められ、キャンベル教授と屠呦呦教授とともにノーベル医学生理学賞を受賞し、国家の薬学分野での科学技術の進歩の推進に貢献した。

写真3

2015年ノーベル医学生理学賞受賞者の大村智氏が姚新生院士の実験室を参観

年齢を重ねてもさらに輝く

 2000年、すでに66歳だった姚新生は、瀋陽薬科大学の学長と書記の職務を自ら退き、自身が好む科学研究の仕事に専念するようになった。また九州大学の招きを受け、客員教授として同大学で4カ月にわたって教職に就いた。姚新生はこの時間を利用し、日本の漢方薬の発展状況と経験についてのさらなる調査研究を行った。帰国後、地域別の学校経営や地域別の研究活動という従来の観念を改めることを決意し、自らチームを率いて珠江デルタ(深圳)や長江デルタ(浦東)の調査を行い、社会資源を統合して薬物研究機構を共同設立するという新たな構想を検討した。さまざまな組織・調達活動を経て、深圳清華研究院と瀋陽薬科大学の双方の支援を受け、2001年、姚新生が設立の中心となった深圳中薬・天然薬物研究センターが発足した。薬物の根本からの革新と漢方薬の近代化をはかるこのハイテク研究プラットフォームは、瀋陽薬科大学に多くの優秀な大学院生を育成しているだけでなく、中日医薬研究の深化に積極的な貢献を果たしている。

 姚新生は2002年にはさらに、招きを受け、曁南大学中薬・天然薬物研究所を設立した。同研究所は近年、国家や広東省、広州市、曁南大学の力強い支持の下、分厚い実力を備え、革新の活力に満ちた研究チームを設立し、400MHzFT-NMRやLC-MS、UV、FT-IR、フローサイトメーター、電子スピン共鳴、行動薬理学測定機器など、漢方薬と天然薬物の活性成分の抽出分離や構造測定、活性評価に用いる基本的な機器設備を備えている。同研究所はさらに、973計画や863計画、傑出青年科学基金、長江学者計画などの国家プロジェクト、広東省や広州市の重大研究プロジェクトを相次いで担当し、対応する経費の支援を獲得している。研究員らは、基礎研究で新たなブレークスルーを実現しただけでなく、企業の委托による課題を担当することを通じて社会へのフィードバックも行っている。

 曁南大学中薬・天然薬物研究所は現在、姚新生の指導の下、中国内外の著名な企業や団体と相次いで産学研(産業・大学・研究所)連携のプラットフォームを構築し、多くの協力プロジェクトを展開している。このほか日本の北里大学などの著名な大学と協力し、漢方薬天然薬物の活性成分、とりわけ漢方薬複方製剤の作用物質の基礎と作用機序に対する詳細にわたる研究を展開し、華南地区での漢方薬の近代化と革新薬物の研究のためのハイテクプラットフォームを構築し、広東省における漢方薬産業技術の進歩とハイテク人材育成の推進のための重要な力を形成した。

写真4

「科学技術の革新と人材育成」の報告をする姚新生院士

 2017年、姚院士は84歳になる。姚院士が今後も健康であると同時に、中日間の科学技術の交流と協力のために活躍し続けることを祈っている。


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