服部健治の追跡!中国動向
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【14-06】内側から見た中国市場

2014年12月 4日

服部健治

服部 健治:中央大学大学院戦略経営研究科 教授

略歴

1972年 大阪外国語大学(現大阪大学)中国語学科卒業
1978年 南カリフォルニア大学大学院修士課程修了
1979年 一般財団法人日中経済協会入会
1984年 同北京事務所副所長
1995年 日中投資促進機構北京事務所首席代表
2001年 愛知大学現代中国学部教授
2004年 中国商務部国際貿易経済合作研究院訪問研究員
2005年 コロンビア大学東アジア研究所客員研究員
2008年より現職

 本年4月から9月まで上海に滞在したが、その現場からみた中国市場の動向を再度回顧してみたい。

(1)中国経済の成長は鈍化しているか

 本年第3四半期(7~9月期)の中国のGDP伸び率は前年同期比7.3%と報じられ、5年半ぶりの低水準となった。多くのメディアは中国経済が減速と報じ、成長が止まったかのようなコメントが目立つ。

 こうした報道で気になる点が3つある。まず中国経済の規模の大きさを考慮に入れていないことである。先進国を含め、どの国でも経済規模が大きくなると、成長のスピードが鈍化する。中国も2003年~2007年は10%以上の高い成長率であった。そのあとリーマンショックもあり成長率が落ちてきたが、その間に経済規模自体が大きくなり、2010年にGDPで日本を抜いた。2014年上半期の米ドル建て名目GDPでは、日本が4.8兆ドルに対して中国は10.0兆ドルであり、ゆうに日本の2倍の規模にまで拡大してきた。こんなに大きな規模の経済が依然として7%台の成長率を維持していることの方が驚異といえる。もちろん過剰生産で需給バランスに相当ひずみがあることは間違いない。

 経済の全般的な成長と景気の動向は違う。景気そのものは決して悪くないといえる。購買担当者指数(PMI)は50を超えており、景気の動向はまだ堅調である。ただ、中国国内の需要が低下していることは事実であり、世界の原油価格下落の一因になっている。だが、あまり成長率にこだわる必要はないだろう。

 第2に、報道で気になることは、これまで成長と発展を支えてきたファクター(要素)がどうなったのかを解明していないことである。金融問題では不良債権の動向だけに目をやり、不動産投資ではバブル経済の様相のみに気を使っている。日本国内でよく言われている不動産バブルの崩壊ということはないといえる。確かにバブル的様相はあるが、中国の政策的、構造的要因により、崩壊は起こらないと考える。中国は国が経済を管理しており、都市化率もまだ低く、住宅購入の実需も高い。

 まず確認したいことは、中国経済がここまで発展させてきた成長の因子のいくつかは消滅していないということである。基本的な経済発展の戦略は、従来の外資依存型戦略から内需喚起型へ舵を切った。しかし、いくつかの発展因子はまだ継続して成長を支えている。その一つは膨大な労働力の存在。近年東部沿海地区は労働力不足が大きな問題になっており、「ルイスの転換点」に到達したという議論もある。しかし、中国全体で見た場合は、内陸にはまだ1億5千万の余剰人口があるといわれている。

 そうした労働力のほかに、政府は高速鉄道、高速道路のインフラ建設を依然進めており、超大型公共投資が目白押しである。これも経済の成長にプラスである。そのうえ従来から階層分化が進んでおり、そのことは購買力階層の拡大を意味している。さらに農村の都市化、内陸開発も引き続き実行されている。こう見てくると、これまでの改革・開放を支えた発展の因子は残っている。

 そうした条件のほかに、政府は新しい発展因子を政策的に押し進めようとしている。その一つが前述した内需喚起策であり、個人消費の拡大のために近年賃金上昇を強引に推進している。また雇用創出を目指す第三次産業の振興も新しい政策で、ひいてはこの政策によって産業構造の調整を余儀なくされる。また、第12次5カ年計画でうたわれた「戦略的新興産業」の7業種、具体的には環境、新素材、電気自動車、バイオなどの育成では、付加価値の高い製品・技術、イノベーションの向上を目指している。

 そうした新しい発展因子に加え、今世紀初めから提唱された中国企業の海外戦略・企業のグローバル化戦略も本格化してきた。それは「走出去」戦略と呼ばれ、中国製品の販路拡大、企業の対外進出、資源確保などを目的としている。その海外戦略と連動してFTA、EPAの拡大も活発化している。人民元の国際化は「走出去」戦略と相まって、車の両輪のような役割を担っている。

 前述の内需喚起への発展戦略の転換は、特にリーマンショック以降、産業集積論による地域開発を重視しているように思える。その背景にはもちろん農村の都市化政策があるが、地域格差の解消ももくろまれている。その表れが全国30数都市で一斉に実施されている地下鉄工事である。

 第3に中国経済の減速報道に関して気になることは、中国での実感と違う点である。その現象のひとつが、中国の地場企業が非常に活発に台頭して来ていることである。過去中国に住んでいた80年代、90年代は日本企業や外資系企業が圧倒的に強かった。しかし、今では大手の国営企業ともども、民間企業も大きくなっている。家電やIT、ビール、スーパー、不動産開発、建設機械、うまみ調味料をはじめとした食品分野など、多くの分野で中国企業が巨大化している。繊維関係でも原糸メーカーやアパレルで大きな企業が出てきている。B2Cのみならず、B2Bも含めて消費の規模が拡大しており、その中で日本企業も伸びているが、市場規模の拡大が速いのでシェアは小さくなっている。

(2)日本企業の中国国内販売に向けたポイント

 何よりも重要なのは、マーケティング戦略の練り直しである。日本企業はマーケティングが弱い。日本企業の多くは、巨大で変化の激しい中国国内市場にまだ習熟していないといえる。

 マーケティングで直面する一つの大きな問題が現地化である。現地化といっても中国人を現地企業のトップにするという問題だけではない。人だけでなく、物(商品)、金(資金)、経営システムまで含めた現地化が必要である。現地法人で働く日本人も異民族と付き合えるコミュニケーション能力が求められている。必要なのは外国語能力だけでなく、異文化に興味を持つことだと考える。

 そのうえで中国人幹部といかに信頼を築いていくかが重要である。日本人駐在員は中国人スタッフから見られているということを考えるべきである。経営のビジョンをしっかりと示すことができ、本社に対してもしっかりと発言できる人を中国人スタッフは尊敬する。

 現地化のほか、マーケティングの方策としてアライアンス戦略を上げることができる。中国企業はじめ、台湾や外国企業との合弁や連携も手段の一つである。

 現地化を進めるうえでは、日本企業とのコンプライアンス基準の違いも考慮しなければならない。この問題は本社が関与するのではなく、現地に任せるべきである。日本企業は本社が干渉しすぎていると思える。日本企業の多くは組織が縦割りで、80年代後半から90年代にかけて各事業本部が中国に進出し、個別に動いていた。2000年代半ばから投資公司(傘型企業)などを作り、中国での活動を統括する動きがでてきた。国内販路の拡大に対して、どう統括し機能させていくか多くの会社が悩んでいる。

 また、日本企業は今後どう中国企業と向き合うべきかといった問題にも直面している。この問題の処理は中国の中だけで考えるべきでない。中国企業は今後ますます台頭し、グローバル化を進めている。そうした側面を見つめながら、日本企業がどう対抗していくかという視点も重要である。今度は中国国内だけでなく、海外での競合もあり得る。現実に中国のオートバイ、家電メーカーなどの企業は大量に東南アジアに進出している。

 そこで問われるのが、日本企業がグローバル市場で勝つためのポイントとは何かということである。まずは経営者が意識転換すべきである。日本から世界を見るのでなく、世界から日本を見て経営を考えることが求められている。そのためにはリーダーが海外の現場をもっと回るべきであろう。さらに自社のポジション、強みを再確認することが必要である。

 世界へ出ても経営戦略とマーケティング戦略が重要である。中国市場を見ていると、中国企業はボリュームゾーンを押さえてから、上のゾーンを目指している。しかし、日本企業は富裕層のゾーンから中間層へ降りて行こうとして苦労している。中国市場のこのパターンは世界でも共通性がある。

 日本企業はボリュームゾーンでのマーケティング戦略を再構築する必要がある。欧米や日本は富裕層も多いが、世界全体をみると多くない。世界のボリュームゾーンに向けた戦略をまず中国で習熟すべきである。