【15-02】戦後70年目の中国に対する心構えとは何か

2015年 8月19日

服部健治

服部 健治:中央大学大学院戦略経営研究科 教授

略歴

1972年 大阪外国語大学(現大阪大学)中国語学科卒業
1978年 南カリフォルニア大学大学院修士課程修了
1979年 一般財団法人日中経済協会入会
1984年 同北京事務所副所長
1995年 日中投資促進機構北京事務所首席代表
2001年 愛知大学現代中国学部教授
2004年 中国商務部国際貿易経済合作研究院訪問研究員
2005年 コロンビア大学東アジア研究所客員研究員
2008年より現職

 今年は戦後70年の節目の年であり、安倍総理も総理談話を発した。ロシアでは5月に反ファシズム・「大祖国戦争」勝利70周年記念の軍事パレードが挙行され、9月3日には中国では中国人民抗日戦争勝利70周年記念の軍事パレードも実施される。

 長らく日中経済交流の実務に携わり、現在も日本の企業家群・ビジネス界と学術界との接点にいる筆者にとっては、節目の年であるがゆえに近年の厭わしい日中関係の変貌を顧みて、これから中国をどう見て、どう考え、日中経済関係はどうあるべきなのか、といったことを真摯に考察せざるをえない。その心情は日中経済関係、中国ビジネスに従事する多くの日本の企業家と同じだと思う。単なる思いでなく実践的認識=心構えが求められる。

 2012年9月の大規模な反日暴動以降、多くの日本の企業は悩んでいる。一群の人々は、中国ビジネスにあっては「君子危うきに近寄らず」という格言に従うべきか、はたまた、ある一団では「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という故事を活かすべきか、行動の基点がぶれている。筆者は生き馬の目を抜く中国市場において、馬を牛に乗り換える経営戦略は落馬に等しいと説き、「人間万事塞翁が馬」と訓示がましくのたまっているが、説得性があるか疑問だ。

 また、実務の最前線で頑張る日本の企業人にとっては、直接現場で接触する中国企業との「小状況での協力」と他方、両国政府が張り合う「大状況での対立」といった矛盾の中で、思考と感情の妥協点を適当に見つける処理を自身でせざるをえない。

 日本企業の悩みと企業人の妥協的処理は、いつに中国市場をどうとらえるか、といった中国ビジネスの戦略的転換に係ってくる。巨大な成長市場、膨大な消費市場に対する期待はチャンスである。同時に断続して発生する日中間の政治的対立はリスクである。チャンスとリスクがあざなえる縄のごとく絡まっていることを認識できても、中国に対する基本の見方が定まらない。

 戦後70年が経過し、日中国交正常化から40数年、更に中国の改革・開放が実行されてすでに40年近くが経つ。日中経済関係、中国ビジネスに係る企業人もあらためて中国、そして日中関係に対する見識、或は心構えを総括する時が迫られているのではないか。

 まずチャンスを考える際に、今後の中国経済は期待できるのかという設問を考えてみたい。本稿は中国経済のマクロ分析を論述するものでないが、中国経済の見通しを了解し把握することは企業人にとって、「チャンス」を認識する上で不可欠だと考える。

 巷はやりの中国経済は崩壊するといったくだらない論調には付き合う必要はない。とはいっても、現下において中国政府は過剰生産を抑制しているので成長の減速局面、景気退潮の踊場に入っていることは間違いない。一般論としても巨大化した中国経済は“規模の経済”からして成長の減速はありうる。

 さらに中国政府も提示している「新常態」(ニューノーマル)のもとでは、三つの時期が重なっているという意味の「三期叠加」の時代に直面している。一つは経済成長のギアチェンジ(速度の変速)期というもので、高度経済成長路線の終焉と安定成長路線の確立、或は改革・開放時期を支えた外資依存型発展戦略から内需依存型発展戦略への方向転換である。二つ目は構造改革の陣痛期と称せられ、第2次産業よりも第3次産業(サービス産業)の拡大、「自主創新」(イノベーション)による高付加価値産業の育成といったことが課題となる。三番目はリーマンショック後の2008年11月実施した4兆元の景気刺激策のつけを清算、消化する趨勢である。当時はGDPの実質成長率を8%以上保持するという意味の「保八」政策の下、インフラ関連事業に多額の財政資金が投入された。それが過剰生産能力、余剰在庫、余剰人員となって残り、目下適正化が迫られている。

 とはいっても、中国経済の持続発展の諸要因は消滅していない。確かに開放政策の基軸であった外資依存のファクターは弱くなるとしても、これまでの成長の継続を支えてきた発展因子は健在である。具体的には、依然として巨大な労働力、大型公共投資の遂行、購買力層の拡大につながる階層分化、農村の都市化、2000年から始まっている内陸開発などである。

 さらに新しい発展因子が現れてきた。第一は内需喚起政策に伴う個人消費の拡大であり、その前提は賃金の上昇である。近年中国における労賃の高騰はその反映である。同時に産業構造の調整に伴うサービス産業の振興をうたい雇用創出を目指している。第二は2011年からの第12次5か年計画と連動して打ち出された「戦略的新興産業」の育成である。付加価値の高い先端技術の開発と産業化を狙っている。それには省エネ・環境保護、次世代情報技術、バイオ、ハイエンド設備製造、新エネ、新素材、新エネ自動車の7分野があり、2015年にはこの7大産業でGDPに占める比率を8%まで高めようと意気込んでいる。第三は中国語で「走出去」と言われる海外戦略の本格化である。具体的には中国企業の対外進出、海外の資源と市場の確保、FTA攻勢、人民元の国際化などがあげられる。

 このように見てくると、今後10数年ほどのスパンで経済成長率は6%台に下降するも、消費の堅調、投資の拡充は続くと判断する。その意味で「チャンス」は持続する。

 確かに現下においても中国経済を脅かす“抵抗勢力”は存在する。一つは国有企業であり、配当、収益の内部留保が認められ、まさに国家独占である。国富の75%は国有資産と言われ、官民格差の温床となっている。あと一つは地方政府である。“融資平台”といわれる資金調達機関を通じて、農地の開発利益、土地取引に依存し、巨額債務の温床を形作っている。さらに中長期的には総人口の減少、生産年齢人口の高齢化と少子化といった「人口オーナス」、一人当たりGDPが1万ドルに近づくも、先進国の生活水準に到達できない現象といわれる「中所得国の罠」、そして一党独裁の陋弊からくる共産党の利権集団化といった深刻な課題に直面すると予測される。

 しかし、中国は目下大衆消費社会に向かっており、経済運営に従事するテクノクラートも優秀である。中国市場はあくまで“買い”であり、「チャンス」と判断してよい。

 では「リスク」はどうか。いうまでもなく最大の問題はカントリーリスクであり、「領土」問題と「歴史認識」問題に集約される。大きな関心はこうした「リスク」が逓減されるのかということだ。

 まず「領土」問題を見てみたい。いうまでもなく尖閣諸島領有問題であるが、中国側の動静を俯瞰すると、明確に「毛沢東戦略」ともいうべき方針で日中国交正常化以降動いている。ここで言う「毛沢東戦略」とは、抗日戦争の初期、1938年6月にまとめられた『持久戦論』のことで、その原理を踏襲しているようだ。

 第1段階は1972年の国交正常化からの1970年代、80年代で、中国にとって戦略的後退ともいうべき時代である。「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)という言葉に象徴されるごとく、貧しい中国が豊かな日本を利用する時代である。そこでは「棚上げ」論が吹聴された。

 第2段階は1990年代から2020年頃までで、戦略的対峙の時代である。現在はこの時代に属する。中国は1992年に領海法を制定し尖閣諸島を自国領と明記した。これを契機に香港、台湾などの抗議船、中国の漁船が頻繁に尖閣諸島に接近し領海侵犯を引き起こし、日本へ揺さぶりをかけてきた。2012年9月には日本政府の国有化を口実に全国で大規模な反日暴動を組織した。

 第3段階は2020年以降と推測する時期で、戦略的攻勢の時代である。日本経済の衰退、日米関係の動向、国際情勢等を勘案しながら、本格的な占拠に向かうと考えられる。軍事的な占領といった形でなく、漁民に化けた大量の民兵の上陸ということがありうる。

 ただ、「領土」問題は、ある意味では国際紛争において普遍的にみられる現象であり、スペイン、イギリス間においてはジブラルタルをめぐり400年近くも係争している事例もある。中国にとっては日本のみならずインドはじめ周辺国と今日も領土問題を引きずっている(スプラトリー諸島領有はホットイシューである)。

 ただ、日本との関係では、中国は尖閣諸島領有問題を単なる「領土」問題に終わらせないといった意図をもって、2012年の反日暴動以降、「歴史認識」問題を絡めてきた。尖閣諸島は台湾の付属の島であり、日本は日清戦争という侵略戦争の結果、尖閣を領有した。しかるに、日本の敗戦後、サンフランシスコ講和条約で台湾放棄を認めたにも係らず、依然尖閣諸島を領有するのは国際法違反、日本は戦後秩序を破壊しているという主張である。

 そこでカギとなるのは「歴史認識」問題である。これは2つ目の大きなカントリーリスクである。日本にとってより深刻な問題は、「領土」問題以上に「歴史認識」問題といっても過言ではない。「歴史」問題とは単純化すると、70年以上も前に起こった日中戦争、太平洋戦争をどう考えるか、もっと広げて日清戦争以来の歴史をどう見るか、その過程で発生した諸事件にどう対応するかという事である。

 現実には「歴史認識」問題は韓国とも存在するが、日中間に限ってみると、日本が発動した戦争に対する「侵略」の認定、A級戦犯が合祀されている靖国神社参拝、教科書の表記、強制労働を含めた民間賠償等々の諸問題である。いずれも中国人民にとっては感情の問題に直結し、中国共産党にとっては権力の正当性の問題につながる。日本にとっても国家の道義の問題に関連し、対応を誤れば将来の国民に悪影響を及ぼしてくる。

 中国にとって「歴史」問題は日本に対処する上でパワーゲームにおいて万能の武器である。一つには中国人民に日本の侵略の残虐性を訴え、恥辱を雪ぐためにナショナリズムを喚起できる。二つ目は日本国民に対して日本軍が犯した犯罪行為を顕示することによって道徳的、精神的な打撃を与えることができる。そして三つ目としてかつて日本と戦った旧連合国である米国、英国、ロシア(戦時中はソ連)とも連携が図れる。米国も「歴史」に関しては、中国に文句を言うことはできない。

 日本に対する武器であり、「領土」問題を絡めた今、「歴史」問題はパワーゲームの重要な手段となっている。そのうえ、抗日戦争は毛沢東率いる共産党が領導し勝利を収めたとする歴史観を喧伝し、共産党政権の正当性を主張する限り、「歴史」問題は政権の継続とともに引き継がれていく。ましてや近年共産党のもつ本来の理念や教義を放擲し、ナショナリズに依拠して権力を固持しようとする限り、「国恥」を晴らす政党としてやはり「歴史」問題は続いていく。

 このように見ていくと、「歴史」問題に具現されるカントリーリスクは消滅することはない。こうした認識を踏まえ、現場で頑張る日本の企業人が今後の日中関係に対して持つべき認識は以下にまとめられる。

① 中国政府(共産党政権)と中国人民は区別する。かつて中国は国交正常化の時に日本人民と日本軍国主義者を区分する「二分論」を提議し対処した。この判断は日中両国人民にとって有効な政策であった。今「逆二分論」を展開する時期に来ている。なぜなら中国人民の中にあっても次第に共産党政権の腐敗、愚策に不満を持つ人々が増えているからであり、また日本国民の反中感情を分散させることにも有効である。

② 中国政府を批判しても、中華民族を批判すべきでない。中華民族は悠久の歴史にあって、忍耐強く勤勉で優秀である。日本国内の一部ヘイトスピーチの輩は唾棄すべきである。

③ これまで築き上げてきた中国人個人との友情関係は大切にする。国家間の対決を即、個人レベルまで引き下げる非理性的な感情は持つべきでない。

④ 中国共産党にはその歴史からして「抗日・反日・嫌日・侮日」のDNAが宿していることを絶対に忘れてはならない。甘い幻想は持ってはいけない。

⑤ 中国共産党は常にマヌーバ―(策略)で動く。敵か味方か、強いか弱いか、損か得か。そこに誠と情はない。「孫子」「兵法三十六計」「毛沢東選集」を読めば十分理解できる。

⑥ 中国とは“好きか・嫌いか”でなく、“必要か・必要でないか”“大事か・大事でないか”で判断すべきである。特に経済交流では肝要な認識である。

⑦ 「戦略的互恵関係」とは、要するに“長期にわたる大事な顧客”ということである。顧客に対する礼儀は最低限自覚しておくべきである。その一つが日本国民は戦争の被害者であるとともに、加害者という覚醒である。

⑧ 中国において国際商務からみて業務上、行政上理不尽な行為には断固抵抗する勇気を持つべきである。

⑨ 中国は敵ではないが、味方でもない。知人であるが親友ではない。何か善意の行動を起こしても、賞賛、評価といった見返りを期待してはいけない。

 以上のような心構えを踏まえ、「チャンス」と「リスク」とがからむ中国市場に対する日本の企業人の基本的認識は次のように統括される。それは「中国ビジネス堅持の方針は不変。同時にリスクマネジメントはより一層重要視する」ということである。

 中国という発展する巨大な消費市場は魅力であり、30数年間で形成されたインフラ、産業集積は他のアジア諸国にはない。それゆえこれまで確立してきた商権や関係は放棄すべきでないし、蓄積された中国の行政機関や中国企業とのコネクションは大切である。また、自社における中国ビジネス経験者の増加と蓄積は今後も活用する必要がある。同時に領土問題が根本的に解決しない限り、今後も反日暴動は発生するし、民族的恥辱を雪ぐナショナリズムの高揚は反日が標的となる。中国政府は国内矛盾や国民の不満を反日行為でそらそうとするし、政治目的のために経済を使う懸念もありうるからである。


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