服部健治の追跡!中国動向
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【15-04】中国の「大衆消費社会」と食品産業

2016年 2月10日

服部健治

服部 健治:中央大学大学院戦略経営研究科 教授

略歴

1972年 大阪外国語大学(現大阪大学)中国語学科卒業
1978年 南カリフォルニア大学大学院修士課程修了
1979年 一般財団法人日中経済協会入会
1984年 同北京事務所副所長
1995年 日中投資促進機構北京事務所首席代表
2001年 愛知大学現代中国学部教授
2004年 中国商務部国際貿易経済合作研究院訪問研究員
2005年 コロンビア大学東アジア研究所客員研究員
2008年より現職

 上海の地下鉄2号線の静安寺駅を降りると地下で繋がっているのがショッピングモールの久光百貨。2004年6月に開店した香港そごうと中国企業の合弁会社だが、地下の店内は日本式のデパ地下と見まちがうほどの雰囲気。広いスーパーと並列して様々な食品店と飲食店がひしめき、たこ焼きもあり、日本式の食パンも売っている。スーパーで売られている商品には日本からの輸入品が多く、日本人にはなじみの深い商品名が並ぶ。むろん客の多くは地元の上海人で、中国の富裕層、中間所得層(ボリュームゾーン)の膨張を間近に感取でき、日本製消費財の普及ぶりも体得できる。

  このように東部沿海の諸都市はかつて日本が経験した「大衆消費社会」の到来を迎えている。「大衆消費社会」では国民の消費支出の増大が基軸になる。中国の家計消費支出の伸びは2000年から12年まで毎年15.5%増、2015年の全国消費支出総額は8兆ドルと予測され、日本の4倍近い。都市部では家庭用耐久消費財の普及は一巡した。さらに一人当たりGDP1万ドル超えの都市は2015年末までに50近くに上ると推計されており、約3億人の人口をカバーする。

 中国の「大衆消費社会」を構造的に支えているのが都市化であり、またGDPの産業構成では2012年に第3次産業が第2次産業を抜き、日本の1960年代初めの現象が起きている。

 「大衆消費社会」では消費ニーズの多様性が増し、流通、小売業、ネット通販が発達してくる。メディア、広告による購買意欲誘導が進み、高級品志向、個性的商品の購買が高まる。こうした中で安心・安全・良質の信頼を博している日本製消費財への評価が高まっており、優れたデザインと機能性、素材・部品の強さということでさらに拍車がかかっている。日本の食料品は「安全・安心」のシンボルだ。

 「大衆消費社会」を一番早く迎えるのが食品製造業であり、中国での売上は2014年2.02兆元(約40兆円)と2010年の2倍に達した。食品産業を大きく牽引しているが外食産業であり、売上高は2001年の4,369億元から14年には2.78兆元(約55兆円)へと急激に成長した。日本の外食産業の約2.3倍である。拡大の要因は、食の外部化・多様化・高級化といった食文化の変化、外資系を含めた飲食チェーン店の増加、大型連休による余暇時間の拡大などが指摘できる。最近ではスマホによるオンライン注文が急増している。

 他方、日本の食品産業は国内需要が減少する中、中国をはじめアジア諸国へ進出を加速させている。競争の激しい中国食品市場で、輸出主体でない日系食品メーカーでは黒字達成が増えてきた。苦節10年間、売れるまで我慢した後に、急速に売上、利益が増加した企業が多い。

 頑張っているのはヤクルトで、大人が子や孫に飲ませたい、手ごろな価格の栄養ドリンクとしてのブランドが浸透。ヤクルトレディーも販売に活躍している。工場見学を広く受け付けているのも魅力だ。グリコも利益を上げており、ポッキーが大ブランドで安くてうまくて持ちやすいと好評。スーパーでは年間の場所買いをして消費者のニーズに合わせ、ご当地ポッキー、お土産ポッキーと頻繁に新製品を提供している。明治製菓も頑張っている。

  キューピーは当初マヨネーズに特化し欧米勢に苦戦したが、ドレッシング開発とファーストフードの業務用製品で高いシェアを獲得し挽回している。日清食品も最初は「日清焼そばU.F.O.」と袋ラーメンでは台湾系に価格で圧倒され、日本仕立ての細型カップヌードルにシフトさせた。「シーフード塩味」が売れ筋でおしゃれに食べたい中国女性のニーズにマッチした。

 特記すべきは、カレー味を知らない中国で成功したハウス食品だ。2005年にカレールウを販売開始後、2012年に黒字化した。「カレーを人民食に」といった理念のもと「家庭」「子供」「健康」をキーワードに市場展開をしてきた。主力製品である「バーモントカレー」(中国語で百夢多)に中国人の味覚にあった八角などの香辛料を加え、徹底した現地化した商品戦略が功を奏した。さらに販促の試食マネキンの養成、スーパー、イベント会場等での店頭活動、カレー料理教室、企業・工場の食堂、学校給食とひたすら食べさせ、認知度を高めるプロモーション戦略は我慢に尽きる。全国15,000店舗のスーパー・小売店でカレールウが広まった。食品産業成功のキーポイントは、市場開拓ではいろいろな手を打ち、利益が出るまで長い目で見て我慢できるかにある。

 「かっぱえびせん」で有名なカルビーが昨年11月に中国市場から撤退した。その根本原因は合弁相手の康師傅の営業力、流通力を過信したことにある。また「新製品を安く売ってはいけない」という価格戦略を間違えた。康師傅と合弁した日系企業で成功したのはサンヨーラーメンだけ。

 大連に進出した餃子の王将も2014年に撤退した。そもそも中国では「焼き餃子」は水餃子の残ったものを焼いて食べたのが最初で、つまり残り物。中国人は残りものを温めて食べることに抵抗感があり、コンビニ弁当も温めない。次にメニューが多すぎた。専門店で売れなくなるとメニューを増やし、何でもある店になったとたんつぶれる。なぜ焼き餃子で勝負するのかといったコンセプトを軸に、焼き餃子一筋でバラエティー開発をしていたら消費者の嗜好も変わっていた。

 外食産業では、すき家は100店舗を超え勝ち組といえる。昨年成都に進出し評判になっている。松屋は店舗数が伸びていないが、とんかつメニューに注力して新たな顧客獲得を図っている。全国展開の吉野家は最近武漢に出店し内陸を目指している。エリアFCを取っており、そのなかで北京は堅調だが上海はあまり元気がない。

 うどん店では丸亀製麺、はなまるうどんはともに20店舗前後。和風だし汁は中国人にとって薄いと感じられており、価格帯も高いのでもう一歩といった状況。「サイゼリヤ」は北京天津約50、上海約100、広州約100と順調に店舗数を伸ばしている。好調の要因は圧倒的に安い値段にある。今後は高級志向の中国人に合うかが問題。中国のココ壱番屋はハウス食品の傘下にあり、子供からビジネスパースンに人気である。ビーフカレー、カツカレーともに38元で日本と変わらない。スターバックスのコーヒーは日本より高い。

 中国の食品・外食産業で成功するためのポイントは、市場開拓でいろいろな手を打ち、利益が出るまで長い目で見て、我慢することにある。加えて、企業理念が強固で、マーケティングの基本である4P(Product、Price、Place、Promotion)にきちんと対応し、中国人に合った味作り、特色あるメニュー・サービスができている企業が勝ち組になると言える。