知財現場 躍進する中国、どうする日本
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【19-01】「中国は知財強国実現のため知財保護を加速」―世界初の最高裁レベルの知財法廷が発足―

2019年3月6日

荒井寿光氏

荒井 寿光:
知財評論家、元内閣官房知財推進事務局長

略歴

通商産業省入省、ハーバード大学大学院修了、特許庁長官、通商産業審議官、経済産業省顧問、独立行政法人日本貿易保険理事長、知的財産国家戦略フォーラム代表、内閣官房知的財産戦略推進事務局長、東京中小企業投資育成株式会社代表取締役社長、世界知的所有権機関(WIPO)政策委員、東京理科大学客員教授などを歴任。 現在、公益財団法人中曽根平和研究所副理事長、知財評論家。著書に「知的財産立国を目指して - 「2010年」へのアプローチ」、「知財立国への道」、「世界知財戦略―日本と世界の知財リーダーが描くロードマップ」(WIPO事務局長と共著)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞出版社)など多数。

1 中国はすでに世界一の知財大国

(1)日本の4倍の特許出願件数

 中国の特許出願件数は138万件に達し、米国の61万件、日本の32万件を引き離し、米国の2倍、日本の4倍になった。(2017年)

五大特許庁の特許出願件数の推移

出典 特許行政年次報告書 2018年版

(2)科学技術の振興

 ①特許出願増加の第1の要因は、国策による科学技術水準の向上だ。中国は建国以来、科学技術に力を入れており、科学技術費は、アメリカに近づいている。その結果、国際的な優秀論文数が米国と肩を並べるようになっている。優秀な研究は優秀な特許になる。

 民間企業は外国技術依存から自主技術開発に移行しており、大量の特許出願につながっている。政府は大学や研究機関に特許出願を奨励している。

 ②2019年2月には、中国共産党と国務院は、2035年に「教育強国」になるための新たな指針「中国教育現代化2035」を発表した。指針によると、優秀な人材を育て技術革新力を高めるため、大学を世界一流の水準にして基礎研究の応用を強化し、産学共同研究を推進する。大学の水準が世界一流になれば、世界一流の特許が生まれるであろう。

出典 科学技術指標 2018

(3)出願奨励策の成果

 第2の要因として、中央政府と地方政府が競って、奨励金や減税措置を作り、中小企業や個人の発明と特許を奨励したことが挙げられる。その結果、中小企業や個人の特許出願割合は、中国70%、米国26%、日本15%と、中国が飛び抜けて高い。この結果、中国全土に特許の実践知識が普及し、ベンチャーが生まれる基盤が出来上がっている。

 日本の中小企業への特許奨励は、特許料金の減免や、特許制度に関するセミナーや講演会などの間接的な方法が中心であり、中国のように実際に出願させる直接的な方法にはかなわない。

主要国の中小企業の特許出願割合

(4)中国の国際出願は日本の脅威(?)

①国際出願でも間もなく1位になる見込み

 中国は、最近国際出願に力を入れており、WIPO(世界知的所有権機関)のPCT(特許協力条約)に基づく国際出願件数は2017年に4.88万件に増加し、日本を抜いて世界2位になった。(1位は米国5.7万件、日本は僅差で3位の4.82万件。)今のペースで行けば、数年以内に米国を抜いて、1位中国、2位米国、3位日本となると見込まれている。

 また、中小企業に対しても国際出願を奨励しており、中央政府は1件あたり50万元を上限に助成している。地方政府では、外国で特許を取得すると1ヶ国あたり1万元を支給するところもある。これも日本よりはるかに手厚い助成だ。

②中国の国際出願が、第3国市場で日本の手ごわい相手になりつつある。

PCT国別出願ランキング(2017年、WIPO発表資料)
順位 出願件数 比率
1 アメリカ 56,624 23.3%
2 中国 48,882 20.1%
3 日本 48,208 19.8%
4 ドイツ 18,982 7.8%
5 韓国 15,763 6.5%

2 損害賠償額の引上げが国の方針

(1)知財の保護は知財強国の手段

 中国は米国と並び、そして米国を追い抜く「知財強国」を国家目標にしている。知財は取るだけでなく、活用することが大事だ。そのためには、知財が保護されなければいけないと考え、損害賠償額の引き上げと知財裁判制度の強化に力を入れている。

(2)損害賠償額の最高は日本の3倍

 中国では、知財の損害賠償額は知財の価値を示すバロメーターであり、賠償額が低ければ知財軽視(アンチパテント)であり、高ければ知財重視(プロパテント)だと受止められ、国策として知財賠償額の引上げが進められている。この考えは、日本とは異なるが、アメリカと同じだ。

 最近10年間(2007年~2017年)の特許侵害訴訟の損害賠償の最高額を見てみると、中国がシント社事件の57億円で日本の東ソー社事件の17億円の3倍以上だ。なお米国ではインデニクッス製薬社事件の2,844億円で、依然、飛び抜けて高い。

(3)法定賠償制度による判決が90%以上

 知財の侵害事件では、侵害による損害額の算定は難しいので、裁判官が心証で決める法定賠償制度が導入されており、判決の90%以上がこれによると言われている。法定賠償額は商標では300万元以下の範囲で、特許では100万元以下の範囲で決めているが、特許に関しては上限額を500万元に引き上げる法律改正案が審議されている。

(4)3倍ないし5倍賠償制度の導入

 鉄道の不正乗車が3倍料金を払わされるのと同じように、悪質な知財侵害に関しては米国では3倍の賠償を命ずる制度があり、中国でも商標に関しては既に導入している。特許については世界で一番高い5倍賠償制度を導入する法律改正案が審議されている。

 賠償額の引上げが国の方針であるため、司法は法律改正を待たずに、知財保護を促進する「司法実践」の考え方により、中国のIWNComm社がソニー中国社をスマートホンに関する侵害を訴えた事件では、北京知財法院はロイヤリテーの3倍の863万元の賠償を認めた。(2017年3月)

 なお、日本では、特許侵害を訴える原告が挙証責任を有しており、法定賠償制度も3倍賠償制度もない。特許侵害に関しては挙証することが実際上難しいため、知財を侵害されても適正な賠償額が認められないと言われている。

3 世界一の知財訴訟大国と知財裁判の強化

(1)知財訴訟件数は、日本の300倍

 最近の知財訴訟件数の増加には目を見張る。中国の地方人民法院が受理した知財第1審民事訴訟件数は、実に20万件だ。内訳は、著作権13.7万件、商標3.8万件、専利(特許、実用新案、意匠の総称)1.6万件、技術契約0.2万件などである。(2017年)

 日本は692件に過ぎず、中国の受理件数は日本の約300倍だ。(2017年、知財高裁ホームページより)

(2)知財裁判所の体制強化

 中国では裁判所が機能していないと思う人が多く、実際地方によって判決が違うとか色々な問題が言われている。しかし最近は知財裁判の改革を進めているため、問題が少なくなっており、知財裁判に関しては全体として日本より進んでいる。

(3)中国の裁判所(人民法院)の仕組み

 中国の裁判所は、4級2審制と言われ、最高人民法院(日本の最高裁判所に相当)が1ヶ所、高級人民法院(日本の高等裁判所に相当)が32ヶ所、中級人民法院(日本の地方裁判所に相当)が408ヶ所、基層人民法院(日本の簡易裁判所に相当)が3,115ヶ所設置されている。

(4)知財裁判の仕組み

①特許等の専利権は中級人民法院が一審管轄権を有し、著作権や商標は基層人民法院が一審管轄権を有し、2審制で裁判が行われている。

②知識産権法院

 知財は専門知識が必要なため、2014年、北京・上海・広州に中級人民法院レベルで「知識産権法院」が設置されている。

③知識産権管轄法廷の設置

 2016年10月に、南京市、蘇州市、武漢市、成都市を始め16ヶ所の中級人民法院内に知識産権を専門審理する「知識産権審判廷」が設置された。知財法院に準ずるものであり、特許等の技術的に難しい案件の処理レベルが上がることが期待されている。

 日本では、1審は特許などを、東京地裁と大阪地裁が管轄し、2審は知財高裁が管轄している。

(5)裁判所のIT化

 中国では、経済社会全体でIT化が急速に進んでいるが、全国の裁判所も物すごい勢いでIT化に取り組んでいる。

 第1は、国民サービス向上のためITを使って裁判の情報開示を促進している。

①事件進捗情報の当事者への開示(節目にはショートメール等で自動送信)、

②公判の録画・中継(2016年の開始から累計200万件以上中継)、

③判決文の公開、

④執行状況の公開、

⑤納付、閲覧等のサービスをオンラインで提供、デジタル弱者向けホットライン設置。

⑥中国語・英語のウェブサイトで最高人民法院の施策や司法解釈等を内外に発信。

 第2は、裁判効率化のため、文書の自動作成、判例検索システム等を導入している。全国28,000ヶ所で、全音声をリアルタイムでテキスト化し発言者を特定して表示。証拠の名称を言うだけで証拠を表示。これにより裁判官と書記官の負担が減り、審理時間20~30%短縮する効果を上げている。

 第3は、司法データ管理のため、デジタル図書館を整備している。毎日自動で司法統計を作成している。

(6)インターネット裁判所の設置

 2017年8月、浙江省杭州市で世界でも珍しいインターネット裁判所が設立され、2018年9月には、北京と広州にも設立された。インターネット裁判所では、オンラインにおける取引詐欺や債務契約、インターネット著作権侵害をめぐるトラブルを審理する。

 司法手続きの全ては、当事者が裁判所に出廷せずにインターネットの動画中継を使用して行われる。なお、浙江省杭州市はネット通販最大手のアリババなどが本社を置いている。

(7)インターネット中継による裁判公開

 中国では、知財裁判は口頭審理が中心でありインターネットで中継されていて、誰もがインターネットで見ることが出来る。透明性の向上により裁判に対する国民の信頼を高める狙いであるが、同時に裁判官も国民の批判に耐える裁判をする必要があり、裁判の質が向上してゆくことも期待されている。

 日本には、インターネット裁判所、インターネット中継のいずれもない。IT化に関しては、中国は日本よりはるかに進んでおり、米国よりも進んでいる模様だ。

中国最高人民法院(中国最高人民法院HPより)

4 世界で最初に最高裁レベルの知財法廷を設置

(1)最高人民法院に一元化

 2019年1月から、最高人民法院(日本の最高裁に相当)に知財法廷を設置した。特許等の技術専門性が高い分野の民事事件・行政事件の二審が最高人民法院に一元化された。30以上ある高級人民法院の判断基準を統一する常設の裁判機関である。知財法廷は、第1審判室、第2審判室、訴訟サービスセンター、総合弁公室の4室体制、裁判官は27名で発足(近い将来100名に増員予定)。場所は北京市内。

 日本の知財高裁の裁判官は18名である。

(2)最高裁レベルの知財法廷は世界で最初

①日本や米国の知財裁判所は高等裁判所レベルであり、最高裁レベルに設置したのは、中国が初めてだ。

②最高人民法院に特許等の2審を一元化したことは、全国32ヶ所の高級人民法院でバラバラと裁判をするのではなく、1ヶ所の最高人民法院で裁判をすると言う大きな意味を持っている。(日本で言えば、地裁の次は最高裁に行くことだ。)

③日本の最高裁は裁判官が15名で、法律審理のみを行っている。これに対し中国の最高人民法院は、裁判官が約400名いる大きな組織で、法律審理のほか事実審理も行うが、最上位の裁判所であることに変わりはない。

(3)知財強国実現の有力な手段

 知財強国及び科学技術強国の建設に必要な司法による保護及び司法面でのサービスを提供することがねらいである。イノベーションで国を発展させると言う指導者の意向を反映している。

 現在、特許の上訴事件は年間約2,000件と多くなっており、審理の専門化、管轄の集中化、手続きの集約化及び人員のプロ化を目指している。

(4)知財事件の裁判基準の統一

 難しい事件を審議し、判例の体系化を進めるため、知財法廷では専門裁判官会議制度(一種の大法廷)を設けている。

(5)エリート裁判官を選抜

 裁判官は、北京市や地方の知財法院・知財法廷から若くて専門性の高い知財裁判官を選抜して27名を任命した。今後、約100名に増員するための2回目、3回目の選抜を行う。今回任命された裁判官はすべてマスター以上の学歴を持ち、半分はドクターで、3分の1は理工学バックグラウンドを有し、3分の1は海外留学経験を有する。平均年齢は42才と若く、40台が主力メンバーである。

(6)裁判のデジタル化を推進

 知財法廷としても、裁判のIT化を進め、電子訴訟プラットフォーム、裁判経過情報公開サイト、電子メール、オンデマンドビデオ、電子ファイルを活用する。これらの電子的手段により、訴訟書類、証拠資料及び裁判文書等の送付、証拠交換、開廷審理前の会議等を行う。また、ビッグデータを活用して事務的な負担の軽減を進める。

(7)実現のスピードが速い

 最高人民法院に知財法廷を設置することは、2018年10月の全人代で決めて、2ヶ月後に発足した。

 中国は米国からの知財保護要求の外圧を上手に使って、知財裁判の改革を進めている。中国自身の「知財強国」建設に役立てるのが、真の狙いだ。

このように全体として中国の知財裁判制度は日本を抜いた。

国家知識産権局を取材で訪れた筆者

5 知財力の日中比較

(1)中国はニセモノ大国

①中国は依然、世界一のニセモノ大国だ。米中経済紛争では知財侵害をしている国として非難されている。ニセモノ退治を求め続けることは必要だ。

②しかし、日本企業にとっては中国が知財大国になり、国際競争の相手国となっていることが深刻な問題だ。

(2)日中の知財出願と知財訴訟の比較

①中国の特許出願は日本より多い。中でも中小企業や個人発明家の出願が多い。

②中国の訴訟件数の増加や賠償額の上昇がすごいが、日本は横ばい。

③中国は知財の強い保護に向かっているが、日本は弱い保護のまま。

④中国では知財紛争処理のため裁判所が利用されているが、日本では裁判所に行かずに諦めているケースが多い。

⑤中国には損害賠償の法定賠償や3倍賠償制度があるが、日本では検討すら避けている。

⑥中国は裁判のIT化が進んでいるが、日本ではあまり進んでいない。裁判のデータの公開にも大きな差がある。

6 日本は何をすべきか。

 中国は裁判所が共産党の下にあり、日本のような司法の独立がないのは事実だ。しかし、知財に関しては、国際ビジネスのグローバル化や技術革新を反映した知財の法律や裁判制度を米国を参考に作っており、今や米国のシステムに近くなっている。日本は中国に学ぶことが多いのが現実だ。

 従って、中国の知財制度は日本とは国の思想が違うと決めつけるのではなく、早く中国の知財改革を研究し、良い点を取り入れないと、日本は国際競争に負けてゆくであろう。

早急に次の事項を実現すべきだ。

第1に、日本は外国の技術に頼ることなく、独自技術の開発に力を入れ、優れた特許の出願を奨励すること。

第2に、中小企業や個人の発明や特許出願を、啓蒙だけでなく直接的に助成すること。

第3に、日本は中国を参考に知財侵害の損害賠償額を引き上げること。

第4に、日本は知財裁判のIT化を進めること。