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【11-006】中国WTO加盟十周年の検証:知財権ビジネスの厚い壁

範 雲涛(亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科 教授)     2011年10月18日

 来たる2011年12月11日には、中国のWTOへの正式加盟十周年記念日を迎えることになる。きわめて意義深い十周年という節目の年になる今年において、中国の知財権ビジネス、と りわけ技術情報の機密防衛について、中国の投資環境整備が諸外国の企業ニーズに合致してきているだろうか?

 誠に残念ながら現状では欧米系企業や日本企業の満足できるところまでには到達していないのが事実のようだ。最近においては、企業の営業機密を侵害する犯罪事件が頻繁に発生している。「 中国の知的財産権司法保護網」統計データによれば、1998年から2003年の間に営業機密侵害にからむ犯罪に対する刑事訴追事件は500件を上回った。それが知的財産権全体を侵害する事件総数の約9%を 占めているという実態が分かった。 2000年から2003年にかけて、知的財産権を侵害する刑事事件は1369件を数えており、そのうち営業秘密を侵害する事件は118件、知 的財産権を侵害する事件全体の8.6%を占めている。2005年になると、知的財産権を侵害する事件総数の15%を占めるまでになり、少しずつ増加傾向を辿ってきている [1] 。中国の「最高人民裁判所網」のネット公開資料データによると、2009年度だけを見ても、全国地方裁判所において確定判決を下されている知的所有権の権利侵害に関連する刑事事件数が 3660件、昨 年と比べて、10.04%も伸びたことになる。次の図は営業機密侵害事件が、知的財産権全体を侵害する犯罪の43%を占めていること示している。

図

図 2009年度 知的財産権を侵害する刑事事件分類

出所:中国知的財産司法保護網 http:www.chinaiprlaw.cnより引用。

 この図を見ると知的財産権を侵害する犯罪のうち、営業機密侵害にかかわる犯罪事件の占める割合がもっとも大きいことが判かる。いかに営業機密侵害事件を減らすか?あるいは今後犯罪を撲滅し、抑 止する方法を見つけるかは大きな課題になってきている。それでは、侵害する側の問題点としてまずどのような人間が主犯になりやすいであろうか?

 企業の従業員が営業機密を侵害する主犯とされている。2010年12月31日時点で取れている全国営業機密侵害事件の統計によると、企 業の従業員の権利侵害行為をきっかけとする営業機密の権利侵害の訴訟が提起されている。それはすべての民事訴訟の受理件数では78.25%を占めている。企 業の外部の者が実施した営業機密に対する権利侵害関係の訴訟事例は21.75%を占めている。すなわち、企業の営業機密にとって最大の脅威は企業の内部にあることになる。

 内部の従業員が不法に営業機密を外部の者に漏洩してしまうことは、企業の営業機密保持にとりもっとも防ぎにくい難題となっていると言える。特 に企業間における従業員の人事異動が激しい労働雇用の現状に伴い、ライバル企業同士の熾烈な市場競争や技術開発イノベーション競争がオープンになればなるほど、すべての営業機密(トレードシークレッド)を 逐一完全なる武装や保護体制下に置かれることの難しさが高まりつつあるように思われる。

 企業の内部社員による営業機密侵害目的についての調査結果を見ると;

  • 社員自身が使う: 59.40%
  • 今後の為にストックする: 28.06%
  • 他社に譲渡する目的で盗んだ: 11.94%
  • 会社の上司や待遇不良等に対する復讐: 0.60%

 権利侵害の目的が"自分で使う"という割合が60%にも達している。企業の従業員が営業機密の権利侵害者に対して主に企業のキーパーソンであり、これらの社員が企業の商業秘密を調べ、把握し、技 術情報を含む商業秘密を盗み取った後に、自分の会社をベンチャー起業させて、同じ製品を生産し、商業秘密の権利者と不当競争を行うことを通じて、高額の利益を得る目論見がある。

 一方、営業機密の権利侵害事件の発生地に関する調査結果を調べると、次のようになる。

  • 北京市:17.41% 広東省:13.99%
  • 上海市:13.65% 江蘇省:12.97%
  • 浙江省: 7.85% その他 34.13%

 北京、広東、上海、江蘇、浙江省の5つの地区では営業機密の権利侵害事件の多発地区で、全国における権利侵害事件の65.87%を占めている。

 一方、 営業機密侵害事件が多発する業界についての調査分析では、次の結果が判かる。制造業66.89%、IT業界9.22%、サービス業に関しては8.53%、そ の他の業界は13.36%を占めるという結果である。

 中国の法律で言われる技術情報機密のカテゴリを詳しく説明すると: 技術の方案、工事の設計、技術レベル、技術潜在力、新技術の将来性が技術の予測、特許の動向、新技術の影響の予測などのはかに、資料、製 造の方法、回路設計、製品の調合指図書、技術の調合指図書、工程、製作の方法、試験結果と試験の記録、技術の指標、図面、見本の原型機、模型の鋳型、マニュアル、技術のファイル、データベース、コ ンピュータのプログラム等の設計図や設計上のファイル、文書などがある。

 経営情報:経営戦略、製品の市場シエアーと市場マーテイング戦略、製品の購買力情報、製品開発の見込みと成り行き、製品の価格ポリシー、労働報酬、生産と販売の策略、マ ーケティングにかかわる流通ルートと物流システムなど、ノウハウ秘訣、取引先や顧客先、会員の名簿リスト、資料、仕入れルート、決算書、財務諸表、入 札募集と入札の最低基準価格と入札申請書の内容などといったものがある。

 以上のように、対中投資ビジネス戦略の決めてとなるリーガル対策は、いよいよ無形資産の法的防衛が問われる時代に入ったと言わざるをえない。経営者をはじめ、中 国ビジネスにかかわる戦略実務家が共に真剣に取り組まなくてはならないのである。


[1]中国知的財産司法保護網 http:www.chinaiprlaw.cn/file/2004122213887.html


範雲涛

範雲涛(はん・うんとう):
亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科教授/弁護士

1963年、上海市生まれ。84年、上海 復旦大学外国語学部日本文学科卒業。85年、文部省招聘国費留学生として京都大学法学部に留学。9 2年、同大学大学院博士課程修了。その後、助手を経て同大学法学部より法学博士号を取得。東京あさひ法律事務所、ベーカー&マッケンジー東京青山法律事務所に国際弁護士として勤務後、上海に帰国、日 系企業の「駆け込み寺」となり、日中関係や日中経済論、国際ビジネス法務について、理論と現場の両方に精通した第一人者。著書に、『中国ビジネスの法務戦略』(2004年7月日本評論社)、『やっぱり危ない!中 国ビジネスの罠』(2008年3月講談社)、『中国ビジネス とんでも事件簿』(2008年9月 PHPビジネス新書)など。