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【12-002】知財の正当な権利を認めた中国・雲南省の裁判~裁判には勝ったが実質的な効力はまだこれから~

馬場錬成(JST中国総合研究センター特任フェロー、東京理科大学知財専門職大学院客員教授、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官)
2012年 3月30日

日本企業の正義の主張を裁判所が認めた画期的判決

 中国・雲南省に進出した日本企業、昆明バイオジェニック社は、現地で採用した中国人技術者が製造技術のノウハウを盗用して実用新案を登録したのは不法行為であるとして実用新案の権利は自社にあるとの訴えを雲南省昆明市中級人民法院に起こした。

 2011年6月、同法院は日本企業の主張を認め、中国人技術者が発明したと主張して登録した実用新案の権利は日本企業にあるとの判決を出した。中国人技術者らはこれを不服として雲南省高級人民法院に上告したが、2011年10月、同高級人民法院は一審を維持するとして日本企業が勝訴した。

 日本企業に勤務する中国人技術者らが、勤務中に技術を修得して日本企業を辞め、その後、技術を勝手に知的財産権として登録したり、盗んだ技術をもとに新しい企業を設立するケースが中国でいくつも出ている。 

 このため中国で活動する日本企業は、この雲南省の訴訟の判決を注目していた。結果として雲南省の裁判所は全面的に日本企業側の言い分を認める判決を出したもので、日本国内でも大きな反響を呼んでいる。 

 しかしその一方で、権利を取り戻したものの、その技術をもとに製造している工場は影響が出ていないため、全面勝訴の判決の実効性が出ていない。日本企業側は判決結果を公安に持ち込んでおり、当局は商業秘密侵害罪で立件すると予想している。

 事件の概略を整理して述べたい。

 2004年、日本のバイオジェニック社は、藻類を培養するプラントを中国で操業するため、雲南省昆明市に昆明バイオジェニック社を設立した。100パーセント日本企業の出資による独資企業だった。 

 昆明バイオジェニック社でも日本人技術者数人以外は現地採用とし、四川大学生物科学科卒などバイオ関係の専門技術者として中国人のPとその同級生で同郷のRの2人が秘密保持契約を結んで相次いで入社してきた。

 昆明バイオジェニック社がこの工場で製造している製品は、抗酸化作用があり最近、健康食品や化粧品への添加物として人気が出ているアスタキサンチンである。アスタキサンチンはカニ・エビなどの甲殻類の殻やサケの身の部分に見られる赤い色素で、自然界にも広く分布している。このアスタキサンチンを高濃度に蓄積しているヘマトコッカスという藻類を人工的に効率よく培養し、ヘマトコッカスで産生されたアスタキサンチンを抽出して製品にする。

 アスタキサンチンの人工培養は、日照時間が長くないと効率が悪い。そこで高地にあって気候もよく年間を通じて日照時間が長い中国雲南省の昆明市の郊外に培養工場を建設した。同市の外国企業誘致の施策とも合致したものであった。

写真

昆明バイオジェニック社の衛星写真である。写真で見る敷地は、横550メートル、奥行き110メートルで
総面積約6万平米の広大な土地に藻類のリアクターが整然と並んでいる。右端の白い建物が生産棟である。

 培養技術は、中国人技術者のPやRらが日本人技術者と協力して取り組み、試行錯誤を繰り返しながら独自に開発していった。プラントの機器類も、中国の設備企業の協力を得て開発し、効率のいい培養法を確立した。

 PとRは優秀な技術者であり、日本人技術者から開発手法を伝授され、たちまち一人前の技術スタッフとして成長していった。性格も明るく素直であり、日本人の幹部も自分の親族のように可愛がり、P の自宅にもたびたび訪問して家族同様の付き合いをした。

 日中の技術者が一体となって新しい培養技術と培養機材、プラント建設などを開発したが、中国で特許や実用新案として出願するといずれ公開されてしまう。公開されると真似される危険がある。そこで昆明バイオ社は、特許や実用新案には出願しないで、自社のノウハウとして秘匿する方針にした。

写真

昆明バイオ社で開発した藻類を効率よく培養するときに横型のガラスパイプ。
中に藻類の入った培養液があり循環している。太陽光によって培養が効率よく行われる。

 生産と販売は順調に行っていたが、2009年7月、突然Pが辞めると言い出した。理由は、高額報酬を出す広告代理店に転職したいというものだった。

これまで家族同様に付き合ってきた同社の幹部社員は、しきりに退社をとめたが、広告代理店という分野に挑戦したいという熱意を認めざるを得ず、盛大な送別会をして気持ち良く送り出した。

 翌2010年6月、昆明バイオ社は衝撃的な事実を日本の企業から知らされた。昆明市の郊外に昆明バイオ社とよく似た工場が操業しており、ヘマトコッカスを培養してアスタキサンチンを製造しているという。アスタキサンチンを日本の企業に販売しようとしているという情報だった。

 同社スタッフが、インターネットで調べて見ると、アスタキサンチンを製造する石林バイオテックという企業が操業を始めており、そこには誇らしげに実用新案4件を出願していることを公開していた。びっくりした昆明バイオ社のスタッフが近郊を調査してみると、外部からは見えにくい地形の場所に、自社のプラントとウリ二つの工場が建設されていた。

写真

昆明市郊外の石林地区に建設されていた石林バイオテック社のプラント。
横型のガラスパイプが整然と並び、昆明バイオ社のコピープラントだった。

 昆明バイオ社が4件の実用新案の内容を調べて見たところ、いずれも自社が開発した技術そのものであった。そのうちの1件の実用新案(登録番号:ZL200920130294.4)の発明者は、辞めて行ったPとRと四川大学の同級生でコンピュータ技術者のK、昆明バイオジェニック社に出入りしてプラント建設を請け負っていた業者のJの4人の名前になっていた。そして実用新案の権利者はJになっていた。 

 さらに驚いたことは、この実用新案を出願した日付は、Pが辞めて行った2009年7月より3カ月前の4月に出願されたものであり、会社に勤務している時期にこっそりと実用新案を出願していたことが判明した。

 もっと驚いたことは、石林バイオテック社が製造した加工製品の販売先の多くは、バイオジェニック社のお得意先になっていた。

 昆明バイオ社が、P、Rの在社中に使用したパソコンやメールの内容を精査したところ、驚くべきことが次々と出てきた。石林バイオテックを設立するとき、投資を呼びかける文書やその会社の役割分担を書いた詳細な企画書が発見された。

企画書にある製造技術やプラントは、昆明バイオ社が行っているそのものであり、アスタキサンチンの製造に関する各種の技術データやアスタキサンチンを製造している世界のライバル企業などのデータは、昆明バイオ社でファイルしているものをコピーしたものだった。

 怒り心頭に発した昆明バイオ社は、2011年1月、「登録番号:ZL200920130294.4」の実用新案は、社員が勤務中に職務発明して出願したものであり、権利は昆明バイオ社に帰属するものであるとして発明と出願に名前を連ねていたP、R、J、Kの4人を相手取り、雲南省中級人民法院(雲南地裁)にこの実用新案の権利は会社に帰属するとの訴えを起こした。

 同法院は訴えを受理し、審理に入った。この事実は日本人関係者の間でも注目されるようになっていた。しかし昆明バイオ社の正義を中国の地方裁判所が認めてくれるかどうか危惧する意見も多かった。

 しかし、2011年6月に出された一審の判決は、全面的に日本企業の主張を認め、実用新案の権利は昆明バイオジェニック社にあるとした。これを不服としたP、Jらは高級人民法院に上告したが、同法院は2011年10月、Pらの主張を退け、一審を維持する判決を下した。

 判決では、P、Rらが出願した実用新案の内容は、昆明バイオジェニック社で研究開発した成果そのものであり職務発明に属するものである。また、コンピュータ技術者のK、出入り業者のJらは、研究開発に参加しておらず、また開発する技術的な素養もなかったと厳しく判断した。

 雲南省の裁判所は、厳正な法理論を根拠にきわめて公正な判決をだした。これにより昆明バイオジェニック社の全面勝訴となり、石林バイオテック社が操業している技術は、コピーであることが明らかになった。 

 この事件は、日本国内の企業が注目していた事件である。その理由は、大きく分けて2つある。

第1の理由は、日本と中国の企業に勤務していた中国人社員が相次いで辞めて別の企業を興し、盗んだ技術で同じ製品を作るような行動が許されるかどうか注目していたからだ。

 もし、これが許されるようなら、日本企業は中国で活動することを差し控えることも考えなければならないし、中国での研究開発はとても安心してできないと思ったからだ。

 地方保護主義の色濃いと思われていた中国の地方裁判所は、日本企業の主張する正義を全面的に認めた画期的な判決を出したが、それに比べまったく反省の色がない中国人技術者らの行動に、中国国内でも批判の声があがっている。

中国全土に39箇所の拠点を持ち、2600人の弁護士を擁しいる大成律師事務所のパートナー弁護士で日本業務部に所属している方新弁護士は、次のように語っている。

 「最近、中国の知財侵害の事例に大きな変化が出ている。従来のように商標などのデッドコピーなどの単純なものではなく、技術を盗用して事業化するなど手口が高度化、悪質化している。

 雲南省の事例は、中国の有名大学の出身者がグループ化して技術を盗用したものであり、中国の技術者の不正を裁判所が認めたものだ。日本企業にとっては救われた判決である。しかしコピー工場が操業を続けている限り実効性がないので、これからも徹底的に相手側と闘うことが大事だ」

 このような見解は、日本の法曹関係者と企業の間でも広がっており、日本企業が中国での不正を徹底的に闘うべきという意見が相次いでいる。また、利益だけ考えて中国の不正企業と取引する日本企業がある場合は、社会正義のために徹底して糾弾するべきという声が大きくなってきている。

 方新弁護士は「このような不法行為がまかり通ることになると、他の社員や技術者もやってみようということになるので、非常に危険である。このようなことは許されないという厳しい対応を日本企業が取ることが大事だ。そのような対応は、結果的に中国の正常な技術の発展にも寄与することになる」と語っている。


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