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【14-001】技術宅(ジシュジャイ)、脳洞大(ナオトンダ)―ことばからみる中国社会

2014年 7月18日

河崎みゆき

河崎みゆき:上海交通大学日本語学科日本語教師、
応用言語学(文学)博士

略歴

國學院大學文学部大学院修士、華中科技大学中文系応用言語学博士学位取得
1989年、千葉県社会福祉協議会中国帰国者センターで日本語を教える。2005年2月より華中科技大学日本語学科で8年半日本語を教え、現在、上海交通大学日本語学科日本語教師。専 門は日本語教育および中国社会言語学。

上海交通大学vs華中科技大学

図1

図1 上海交通大学ミンハンキャンパス正門

 私が8年半勤めた湖北省武漢市の華中科技大学を去って、上海交通大学で教え始めて前期、後期の学期が終了した。上 海交通大学と華中科技大学はどちらも理系大学を母体とした総合大学で中国トップテンにランクインする名門大学という共通点がある(上海交通大学はほぼ全国4位、華中科技大学は5~11位の間を上下)。ど ちらも名門大学であるため、そこにある日本語学科にも共通点もある一方で、やはり知名度や地域差などにより、学生気質を始めさまざまな違いがある。

図2

図2 夜の上海交通大学正門

 華中大学生数68413*人、交大(学生数16099人、研究生27921人で)合計44020人(2013年)*。創立は1953年の華中大に比べ、交大は1896年歴史が60年近く古い。じっさい日本語学科に勤務するとその違いは肌で感じるものがある。そ のことを両校で聞かれる流行語とともに紹介したい。以下華中科技大学を華中大(ホアチョンダ)、上海交通大学を中国の略称により交大(チャオダ)と呼ぶ。

図3

図3 華中科技大学正門

図4

図4 華中科技大学の毛沢東像

1.流行語から見る2つの大学

「技術宅(ジシュジャイ)」、「脳洞大(ナオトンダ)」

 上海交通大生に交通大生を表すことばはあるかと尋ねたところ、この2つの答えが返って来た。「技術宅(ジシュジャイ)」は技術オタクのこと。ネット上ではすでに2010年にある新語で、「宅」は 日本語のオタクから来ているため、褒めことばにもけなしことばにも使われている。交大ではパソコンなど理工系の驚くべき知識と技術でプログラムや果ては例えば爆弾でも?できてしまう能力を指すようだ。一方、「 脳洞大(ナオトンダ)」あるいは「脳洞略大」は、元来はマンガや小説をかく想像力の豊かさから来た言葉だが、交大では、一つことが秀でているとその応用でまた別の分野も恐ろしく高い水準・高 能率でできてしまうことを指すと言う。いずれにしても天才肌の人間がいることを表している。

「関山口男子職業技術学院」

 中国のLINEである「微信(ウェイシン)」(英語名:WeChat)はいまやユーザー4億人といわれるほどの普及率で周りの学生たちも成人ともに使わない人はいない。そ の微信の開発者は華中大の卒業生張小龍(1994年卒業)である。そこからみれば、華中科技大学も技術宅の揺りかごのはずだ。華中大の学生にきいてみると、確かにそういう言われる人もいるが、い ま流行っているのは「関山口男子職業技術学院」という呼び方だそうだ。

 関山口は華中大の正門のある地名。理系が母体の学校で男子が多いため「男子」がつき、「職業技術学院」は職業教育を行う学校があり、それを利用しているわけだ。確かに、華 科大関係者なら聞けばふっと吹き出すニックネームだ。こうした言い換えは、全国の大学にもあるようだ。ちなみに交大では聞かない。

2.学生の出身地

地元度の高い交大

 北京や上海では戸籍があるかどうかで大学入試の足切り点が違い、入学がしやすくなると言われるが、交大の日本語学科クラスの上海人人口は平均すれば、おそらく70%前後に達するだろう(全体では30%と 聞く)。一方、華中大では湖北省を中心に全国から学生が集まり、遠くは黒竜江省、河北、広州、広西など各地の学生が集まるが、クラスの武漢人は1-2人で、農村出身者の割合も高かった。

 上海っ子はおしゃれで、お金持ち、ほとんどが海外旅行経験者だ。華中大も海外旅行経験者は増えているが、2005年に赴任した頃には、国内旅行さえ行ったことのない学生が多かった。

 また地元度の高さは、圧倒的な違いを生む。それは何かと言うと、全寮制の中国の大学では、長期休暇となってやっと学生たちは帰省できるのだが、交大の学生の多くは、週末ごとに親元に帰り、親 子3人の幸せで豊かな週末を過ごしてくる。

 華中大では広大な敷地内に、市場、小さいスーパー、銀行、郵便局、市場、病院、小学校から大学まであって、所謂、職住接近の「単位」として数万人の学生と教職員が住む町であるのに対して、同 様に日本の大学の10倍近い面積があろうかと思われる交大には市場さえなく、「単位」や「町」としての機能は失われている。教師たちは上海市内のマンションに住み、車やシャトルバスでやってくる。( 交大は外国語学部を含め多くの学部があるのは郊外の閔行(ミンハン)キャンパスである。)私も華中大時代は8年半、キャンパス内ゲストハウスに住んでいたが、今 は旧フランス租界にあるメインキャンパスの近くのアパートに住み、キャンパス間の高速シャトルバスで通っている。朝6時40分のバスに乗れば7時半に着く。それからカフェテリアで朝食をとったり、す でにコーヒー文化が根付いるキャンパス内のコーヒーショップでコーヒーを買って、教師休憩室で授業開始まで休んでいる。自転車でキャンパスを走り回った華中時代とは生活様式の変化が起きたと言える。

音楽を愛す都会っ子

 交大日本語学科の上海人学生の何人かは、何かの楽器ができて大学内外のオーケストラなどに属している。大学のオーケストラに所属すると、台湾などへも演奏会に行き、その後、大 学院進学にも優先されるそうだ。

 華中大の学生の印象は土日もひたすら副専攻などで勉強のスケジュールがびっしり埋まり、楽器を習った経験がある学生はクラスに1-2人といったところだ。

 どちらの学生たちも優秀だが、交通大生の方がなにかと余裕が感じられる。ただし、戸籍がある上海人が有利とはいえ、能力が劣るということはありえない。上海内で、すでに熾烈な競争があるのでやはり、日 本における大都市圏の高校の進学率や偏差値が高い原理と同じであろう。

卒業後

 華中大では学問の追求と言うより、就職に有利なようにと年々大学院進学率が増え20数名中7-8人いたが、交大では学部卒業で就職する学生が多い。外資系や一流銀行、商社、日本への就職、ま た親元で暮らすことをとりあえず望むようである。留学組の行き先は日本だけでなく、アメリカ、イギリスなどで別の専門を学ぶ学生もいる。

3.韓国人留学生数

 日本語学科は両校一クラスしかないため、学科内の学生数(学部生約100名)にはさほど違いはないが、交大には韓国人留学生が多い。2012年の留学生数は交大が1674人、華 科大が1692人とさほど変わらないが、交大では例えば3年生16人中5人が韓国人留学生だ。以前は韓国人留学生だけで、別に1クラスあったという。彼らは4年間中国人の学生に交じって日本語を専門として学び、中 韓日+英語を駆使して活躍することを夢見ている。知名度、近さ、国際都市という条件や大学側の受け入れ態勢などと関係しているのであろう。

4.共通する点

 いちばん大きな共通点は理系が両校母体の大学だけに、両校とも日本語学科に入る理由として大学からの「分配」が高いということがある。つまり、理工系学部や別の学部を希望しながら、試 験成績が振るわなかったために日本語学科にまわった学生がいるということだ。2005年に華中大に赴任した時は90%以上がそのようだった。

 「90後(チューリンホウ)」(1990年代生まれ)と呼ばれる学生たちが増えてくるに従い、日本のアニメや漫画・文化に興味をもって志望してくる学生が増えた。

 ここで紹介したいのが、交大日本語学科の学生が行った「日本語を学ぶ理由」アンケート調査結果だ。

 調査は2012年12月から13年3月にかけて、上海交通大学日本語学科および副専攻、華東師範大学日本語第二専攻、上海外国語大学日本語専攻、上 海師範大学日本語専攻の学生計274人を対象に行われている。

 その結果によれば、上海のこの4つの大学の日本語専攻32%の学生が大学の「分配」による選択だ(表1)。交大に限っていればおそらくもっと高いだろう。

日本語学科の学生が日本語を学ぶ理由を趣味(好きで)と答えた学生は40%なのに対して(表1)、副専攻の学生は80%と高い(表2)。またいずれの学生たちも日系企業への就職の希望率は8%と 同じぐらいである。

図5

図5 日本語を学ぶ理由―日本語専門(2013年上海交通大学日本語学科2年、林、儲、王、施作成)

図6

図6 日本語を学ぶ理由―副専攻(2013年上海交通大学日本語学科2年、林、儲、王、施作成)

 実際の就職先や留学先をみてもそうだが、日本語学科の学生は卒業後必ずしも日系企業や日本への留学を目指していない。反対に、副専攻が日本語の学生は、好きで日本語を学び、同 時に理系や別の文系学部の技術と知識を持っている学生たちがいることは注目してもよいだろう。一種、不思議な現象だが、もちろん副専攻の学生がすべて日本語学科の学生のようにできるわけという訳ではないが、た しかに交大の私の授業に聴講にくる理系の学生には日本語力が大変高い学生がいる。華中大でも見かけた。

 また逆をいえば、日本語専攻の学生が副専攻として情報工学などの理系分野や金融、経済、法律など別の文系分野を学んで、その方向を極めている例も見てきた。

 つまり、このようにして、名門大学にはこれもできるあれもできる「脳洞略大」の学生ができあがるというわけなのだろう。


※学生数は下記のサイトによる