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【14-002】五本の矢の教え―ことばからみる中国社会

2014年 9月30日

河崎みゆき

河崎みゆき:上海交通大学日本語学科日本語教師、
応用言語学(文学)博士

略歴

國學院大學文学部大学院修士、華中科技大学中文系応用言語学博士学位取得
1989年、千葉県社会福祉協議会中国帰国者センターで日本語を教える。2005年2月より華中科技大学日本語学科で8年半日本語を教え、現在、上海交通大学日本語学科日本語教師。専 門は日本語教育および中国社会言語学。

 9月1日から3日までフフホトの内モンゴル大学で開かれた中国都市言語調査学会に参加した。今年で12回目となるこの学会は、南京大学社会言語学実験室が中心となり、オランダのユトレヒト大学や昨年は日本の県立広島大学でも開催された。主に都市の動態的なことば状況を調査研究する国際的なシンポジウムである。今年は、開催地がフフホトであっただけに内モンゴル大学モンゴル学院(学部)の先生方のモンゴル語保護のための発表が印象的だった。本稿ではフフホト市内、フフホトから「バスで3時間のところにある草原」で、肌で感じた内モンゴルや内モンゴル大学について報告したい。

写真1

写真1 内モンゴル大学正門

 フフホトはやはり私が今住む上海に比べ空気は澄み、全日程、美しい秋の青空が広がり、心も晴れやかになった。が、一方でラッシュ時の車の渋滞には驚いた。かつて馬が草原を疾走していた場所も地下鉄がない分、10分の路が40分もかかる渋滞道路と化し、タクシーは、儲け確保のため相乗りが基本で、その相乗りタクシーにさえ乗車拒否され、帰りの飛行場までの13キロの道のりを白タクに100元も払わなければならなかった。

写真2

写真2 フフホト市内のラッシュ時の渋滞

内モンゴル大学

 内モンゴル大学は1957年に創立された国家重点大学の一つで、現在は内モンゴル自治区人民政府と国家教育部が共同で運営している。哲学、経済学、法学、文学、歴史学、理学、工学、農学、管理学などから成る総合大学だ。今回、教授たちや大学院生に聞いてみると、やはり看板はモンゴル学院で、理系では生物学と情報工学が有名だそうである。2013年9月現在で学生33439人、蒙古族、ダフール族など少数民族の学生が3分の1を占めている。博士が444人、修士4419人と上海交通大学華中科技大学に比べると学生数もキャンパスもこぢんまりとしている。

  生物学が有名なのは、クローン山羊や羊を誕生させた研究者がいるからだということだった。今回の学会でモンゴル学部の確精扎布(チュエジンザーブ)教授がモンゴル文字の電子化作業についてのご苦労を報告[1]されたが、モンゴル文字で書かれた民族の情報を、この情報化時代に大量のデータとしてどう残していくかがこの学部の一つの重大な任務であり、おそらくこのことと情報工学の発展は無関係ではないだろう。

 最近ではモンゴル語の使える携帯電話もいくつかの会社が開発し販売されはじめたそうだが、院生たちに聞くと日常のモンゴル語による話しことばでの交流以外、ネットでの情報の交換はほぼ中国語で行い、他にモンゴル語をローマ字で表してチャットをすることもあるという。すでに日本語で日々SNSの利便性を謳歌している日本人にはにわかに実感がわかないことだが、確かに少数民族語の書記をどう電子化していくかということは言語保護にとって重要で切実な課題の一つである。

五本の矢の教え

 内モンゴル大学をより深く理解するために、キーワードとなりそうな新しいことばはないか、院生に聞いてみた。すると二人の院生がしばらく考えたすえ、流行語と言えそうなものは、韓国ドラマから来たと思える「シバラー」で、寮のある学生が初めて使ったのが受けて、同室の皆か嫌なことがあると「シバラー」と言って気晴らしすることが一時期流行ったそうだ。韓流が内モンゴルの大学院生の中にも入ってきていることは面白いが、これは小規模な一過性の流行りと言えるだろう。

 別の院生が、これが内モンゴル大学の学生らしいアピールのことばかもしれない、と教えてくれたのが、

跨越国際的蒙古族人
用五箭教団結
硬如鋼的軍訓
第五連永団

という、大学軍事訓練時の掛け声である。おりしも、9月の新学期、キャンパス内には迷彩服を着た新入生たちが手続きなどで元気に動き回っていた。中国の大学では新入生たちが2週間の軍事訓練が課され迷彩服を着た学生たちがキャンパス内を行進していくのが、新学期の風物詩の一つで、卒業生なども懐かしそうにその時の暑さや大変さを語ってくれるが、いまや大学受験勉強に没頭していた一人っ子たちの体力増強や、大学での団体生活への意識を高めることに目的があるように見える。

 上記の掛け声は本来モンゴル語でなされ、中国語に直そうとすると味わいが消えてうまく訳せないというところを中国語に直してもらったものだ。

 前述の院生の話によると、昔チンギスハンの部下にアロンカウワーという人物がいて、その5人のこどもたちが協力しあわないので、子どもの前で「一本の矢ではすぐ折れてしまうが、5本まとまると折れることはない」と教え諭した故事に倣っているそうだ[2]。まるで毛利元就の3本の矢であるが、草原の民にも同じ教えがあったのだ。

 日本語に訳すと、「国を越え世界を目指すモンゴル族 5本の矢の教えを用いて団結を教え諭す 硬きこと鋼のような軍事訓練 第五連隊は永遠に団結せよ」といった内容だ。

写真3

写真3 内モンゴル大学の迷彩服姿の1年生たち

草原の民

 学会が終了し4日目には、モンゴル学部の先生方に、フフホトから3時間貸し切りバスで北西へ走ったところにある草原へ連れて行ってもらい、オボーといういわば神道で言う神社にあたる丘の上の祭祀の場を見学、羊を中心とした内モンゴル料理をモンゴルパオ(ゲル)の中で食べた。偶然貸し切りバスでは「ことばと国家」の著者、モンゴル研究者としても著名な田中克彦一橋大学名誉教授と同席になり、いろいろ教えていただいた。その中で一番印象的だったのが、「遊牧民であるモンゴル人には草原が必要で、木を植えてはならない」ということばだ。草原までのみちのりは既に、フフホトから3時間のところへ遠のいている。途中には木が植えられ、小麦やヒマワリの畑が広がっていた。もちろんこれらの食品も彼らの生活の中にはなければならないが、植林がどこにおいても正しいと思うのは、農耕民族の生活と関係しているのだ。砂漠化を防ぐための植林はやはり必要だろう。だが、草原の民が草原を失っては、文化を保持していく生活は不可能になってしまう。

 学会発表でも内モンゴル大学のある教授が「大型データと言語の砂漠化」という話しをされ、文化の砂漠化を訴えられていた。

 草原に到着してバスから降りてきた内モンゴル大学の先生たちの嬉しそうな顔も印象的だった。みなさん草原が好きだと子どものような顔になり、だから夏休みなると調査を兼ねて学生たちを連れて必ず草原に何日も滞在するし、休みになるとすぐ草原にやって来られるそうだ。嬉しそうで確かな口調が、血肉の中に草原を愛する気持ちが注ぎ込まれでもしているように感じられた。

 フフホトの街の人たちはほとんどがモンゴル語と中国語ができるバイリンガルだそうだ。三輪車の伯父さんが話すのは近隣の方言だったが、ほとんどの看板には中国語の上や横、あるいは真ん中にモンゴル語が書かれているものの、多くは振り仮名のように小さい。モンゴル料理だと思って食べていたホテルのご飯もずいぶん中国料理化されたモンゴル料理だということで、老舗のお店や草原で食べたものが本当のモンゴル料理だそうだ。

 今学会でも、都市化は止められないというのが共通認識である[3]。都市化の便利を享受することを望む人たちもいるだろう。だが、今では草原のゲルの中でも太陽光発電で、テレビやパソコンが使えてインターネットができるそうだ。和諧社会。草原の民の文化や言語が草原とともに保たれていくことを青空の下で願った。

写真4

写真4 草原の丘の上に建てられた遊牧民たちの祭壇・オボー


関連サイト


[1] 確精扎布「関于蒙古文編碼的思考」第十二届城市語言調査国際学術研討会予稿集

[2] 『元朝秘史』のチンギスハンの先祖であるアランゴア(阿阑豁阿)という女性とその5人の息子に関する記述か? (参考)小沢重男『元朝秘史全釈 上』風間書房、1984年

[3] 国家統計局2013年の公布によると、都市化率53.7% http://www.cssn.cn/zx/shwx/shhnew/201403/t20140326_1043514.shtml


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