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【17-002】刺激の絶えなかった、中国での研究生活

2017年 2月17日

安部健太郎

安部 健太郎:株式会社リアルワールド

略歴

2009-2013年 東京工業大学 工学部 電気電子工学科 学士
2013-2016年 東京工業大学大学院 電子物理工学専攻 修士
清華大学大学院 材料学院 修士
(ダブルディグリー制度)

 私は2013年8月から2015年7月まで、清華大学大学院材料学院に所属していました。東京工業大学大学院とのダブルディグリー制度を用いて留学をしたため、中国滞在は実質1年3ヶ月程です。清華大学での研究内容は、主に太陽電池の新材料の合成に関しての研究でした。

 清華大学で研究室に初めて行ったその日、まず驚いたことは実験室の匂いです。何とも形容し難い、体に悪そうな実験室の匂いを嗅ぎ、自分はこの環境で1年間過ごせるのだろうかと不安に感じたことから、私の清華大学での留学は始まりました。

 研究室のメンバーは15人程の中国人と、私1人でした。研究動向のキャッチアップに関しては、英語論文を読んでの勉強となるため大きな問題はありませんでしたが、中国人学生とのコミュニケーションには非常に苦労しました。実験器具の名前や薬品の名前など、当然ですが全て中国語です。日本では、薬品の名前などはある程度外来語を用いていますが、中国では全て漢字で表記され、発音も全く違うため、留学直後は専門用語の中国語の暗記を徹底的に行いました。留学当初は周りの中国人学生の会話も聞き取れず、非常に不安な日々でした。

 本格的に研究を始めるにあたり、まず頭を抱えたことが環境の悪さです。ある程度想定はしていましたが、空気の悪さ、埃の多さは想定外でした。半導体は不純物に敏感なため、外部環境の影響を大きく受けてしまいます。しかし、机や実験器具は、拭いても拭いてもすぐに埃が溜まってしまい、同じ実験を日本で行ったらもっと良い結果が出るのだろうかと思ったことも一度や二度ではありません。

 廃液タンクは有機・無機・重金属の3つに分かれていましたが、どれかが一杯になると、新しいタンクが来るまでは別のタンクに入れます。つまり、有機溶媒をのみを捨てるべきタンクに重金属が混ざっていたりします。廃液タンクのフタを開けるとものすごい異臭がするため、私は廃液を捨てる時は毎回息を止めて捨てていました。下水に流す液体と、廃液タンクに捨てる液体の分別は個人の判断で行われていました。判断基準は主に匂いです。時々水道の流し口からもすごい臭いがするので、どこに何が捨てられているのか、全くわかりません。

 もう一つ大きな衝撃を受けたのは、ゴミ箱です。毒薬を拭き取ったティッシュ、割れたガラス、壊れた実験器具、学生室で食べた果物のゴミなど、何でも捨てることができます。しばらく生活していると便利ささえ感じてしまい、慣れの怖さを実感しました。基本的に常に埃がひどく、お客さんが来る前は実験室をきれいに掃除するのですが、しばらくお客さんが来ないとすぐに汚くなってしまいます。

 かつての日本の大学の実験室もこのような環境であったと聞いたことがありますが、中国の大学も次第に良くなることを期待しています。

 私の研究室では、ビーカーやピペットなど、自分で買えるものは基本的に自分で買い、後日精算という形を取っていました。

 買う場所は基本的には二箇所です。一つはタオバオ(ショッピングWebサイト)、もう一つは学校近くの実験器具専門店です。タオバオでは全く同じものが様々な値段で売られています。「高い物は買えないし、安い物は偽物だから、ある程度の値段を買ったほうが良い」と、中国人学生からアドバイスを受けました。この閾値をどこに置くか、1年中国で生活をして、なんとなく身についた気がします。

 ただし、実際に実験器具専門店に行けば安心かというと、そうではありません。まず、店内が埃だらけです。また、このお店に限ったことではありませんが、中国では基本的に店員にあまりやる気がありません。「このガラス管に合うチューブがほしい」と言うと、明らかにサイズの合っていないチューブを持ってきて、力でガラスにはめ込み、「これでいい」と言われます。一度そう言われると、こちらが何と言おうと、なかなか再度動いてはくれません。ただ、このような場で交渉をすることが自分の中国語力向上にプラスに働いたのだと思うと、こんな環境にも今では感謝しています。器具の耐熱温度を聞いても店員やお店によって答えが違ったり、前回と同じものを買っているのに値段が変わっていたり、ある程度開き直らないとこの世界ではやっていけないのだと思いました。

 新たな実験器具を購入したら、まずは洗います。とにかく洗います。実験をやった後もそうですが、中国では、実験と同じくらい洗浄という作業に力を注いでいた気がします。合成をする際などは窒素雰囲気下で行うのですが、留学終了直前に窒素を通す管に穴が空いていることを発見した時に感じた絶望感は心の中にそっとしまっておきます。

 清華大学では、留学生も含めすべての学生が学内の寮に住みます。中国人学生は4人部屋や6人部屋なので、寮よりも研究室のほうが快適という学生もいるため、1日の殆どの時間を研究室ですごく学生も少なくありません。

 研究に対するプレッシャーは日本よりも格段に高く、また清華大学では学位取得には国際論文投稿が必須条件になっているため、学生は皆論文を投稿するために必死です。多くの教授は学生にインパクトファクター(IF)の低い雑誌には投稿させず、研究にもある程度のレベルが求められます。普段読む論文もまずはIFのチェック、自分が投稿する際も、IFを基準に投稿する雑誌を決定します。

 友人に論文を投稿したというと、分野の違う学生でも必ず「IFはいくつ?」と聞かれます。私は非常に大きな違和感を覚えましたが、中国では大学は就活のための実績作りの場であり、教授の価値も出した論文のIFで決まってしまうのだと感じました。そのため、時には無理をした研究を行ってしまうのかもしれません。私も研究のプレッシャーで何度も潰れそうになり、誰のために研究をやっているのかわからなくなってしまいましたが、最終的に修士の学位を取ることができたのも、周りの学生の協力があってのことでした。

 中国の研究に対しては、データの信憑性の低さがよく話題に上がります。1年の留学を終えた後も、正直それは感じます。私は太陽電池を作成していたので、毎日のようにソーラーシミュレータを使い、電池の効率の測定を行っていました。データ測定にあたり、当然ですがソーラーシミュレータの強度は太陽光と同じである、という前提があります。幸いにも私の研究室では光強度測定用の素子を使い、時々強度の調整を行っていたため、私もそこは安心していました。

 しかし、一度その素子が壊れたことがありました。外国からの輸入品であったため、すぐに取り寄せることはできず、しばらくの間はだれも何もなかったように測定を続けました。実験をやらない日が1日でもあるのがもったいないと思う気持ちは立派ですが、私はこれでいいのだろうか、という気持ちが抜けませんでした。

 ある大学の私の友人は、投稿論文を出す際、自分で書いた下書きを教授に提出した後、全く身に覚えの無いデータが追加され返却されて来ていました。私もそのデータを見たのですが、明らかに別の画像を加工して、あたかも素晴らしいデータのような書き方をしていました。この画像データに関しては教授も「ごめん間違えた」と認めたそうですが、別の見たこともないグラフについて聞くと、「生データは無くした」の一点張り。結局その友人は大喧嘩になることを恐れて最後は屈してしまい、その論文は世の中へと出版されてしまいました。その教授は過去にNatureやScienceなどに多くの論文を投稿していましたが、友人は教授のことが何一つ信じられないと肩を落としていました。

 論文を発表した後は、学会で発表する、というのは自然な流れだと思います。しかし、中国では、発表するということよりも、発表したという実績を作る、ということが重要です。私も1度中国の国内学会でポスター発表を行いました。その学会では、私の研究室からは、私ともう一人の学生がポスター発表予定でした。しかし、学会の前日、その学生からメールが来て「ポスターのデータを渡すから印刷して、明日貼ってきてほしい」と言われ、私は2つポスターを印刷し、当日朝会場まで貼りに行きました。日本と同様の学会を想像していた私にとって、会場を見た時は非常に驚きました。そもそも本来貼られるべきポスターの半分くらいしか貼られていなく、ポスターの前には発表者が誰も立っていません。見に来た人は興味あるポスターの写真を撮り、すぐに帰っていきました。

 口頭発表者の発表を聞きに行く人も、スライドを1枚1枚写真に撮っていました。学会前には指導教官から、カメラを持っていくのを忘れるなとも指示があり、アカデミックの世界でも、著作権に対する意識はかなり日本と異なるのだと感じました。

 データ解析や、グラフ作成、および論文管理のためのソフトなどは、日本の場合は研究室や学校単位でライセンスの購入をしていましたが、中国では基本全て無料です。どこの研究室でも誰かがソフトのコピーを持っており、ライセンス認証を突破するためのハッカーのような人が必ずいます。一見普通の女の子が、コマンドを叩いている姿には、ITリテラシーの高さというか、非常に複雑なものを感じました。

 中国の悪い点をいくつか書いてしまいましたが、中国人学生の勉強に対する必死さは圧倒されるものがあります。日曜日の朝に図書館でいい席を取るために、開館前に行列を作りながら勉強している姿や、朝から晩まで論文をかじるように読む姿は、日本では見たことがありませんでした。環境を言い訳にせず、自分の力で成果を出そうとする姿勢を見て、私も大きな刺激を受けました。多くの日本人留学生が中国人の勉強する姿を見て、日本の大学に危機感を抱いたことと思います。

 また、その他素晴らしいと思った点は、クラスメートの仲が非常に良いことです。研究以外でも付き合いが多く、研究で困った時にもすぐにお互いに助け合っており、私も多くの友人に助けてもらいました。それ以外に日中の大学で大きく異なると感じた点は、理系女子の割合の高さです。東工大では女性はわずか1割ですが、清華大では約3割が女性です。女性率の高さが研究にどのような影響を及ぼすかは不明ですが、日本もリケジョがさらに増えてほしいです。

 中国にはまだ環境やモラルに対する意識の低さが存在するものの、勉強に対する姿勢、知識吸収欲は素晴らしいものがあります。距離が近く、顔立ちも似た国ですが、それでも大きな違いがあるからこそ、日中間での留学は大きな意義があると思います。中国で留学をさせていただいた身として、私も将来の日中関係の発展に寄与していきたいです。


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