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【19-002】中国政府による日本若手科学技術関係者招聘プログラムに参加して

2019年2月5日

石井佑美

石井 佑美: 川崎市環境局総務部環境調整課

千葉県出身。神戸大学を卒業し、市役所に入庁。
川崎区役所、経済労働局、経済産業省派遣、環境局の各課室を経て、平成29年4月から現職。
川崎市環境基本計画、環境に係る施策の総合計画及び調整を担当。

1 本プログラムの目的と経緯

 私は平成30年10月22日から27日まで、中国政府による日本の若手科学技術関係者の招聘プログラムに参加し、中国の北京と合肥を訪問した。

 このプログラムは、科学技術振興機構(JST)の事業「日本・アジア青少年サイエンス交流事業(さくらサイエンスプラン)」の実績を高く評価した中国科学技術部により立ち上げられたものであり、日本の若手科学技術関係者を中国の一流大学・研究機関や企業に招き、中国のイノベーションの現状を知ると同時に、科学技術分野における両国の人文交流を更に深め、日中交流と科学技術分野における両国の発展に貢献することを目的としている。

 平成28年度からこのプログラムは実施されてきたが、川崎市としては今回初めて職員3名が参加させていただくことになった。その経緯としては、川崎市の名誉市民でもあり、光触媒の第一人者である藤嶋昭先生から本プログラムを川崎市に御紹介いただき、応募した結果による。

2 中国訪問(北京・合肥)

 今回の訪中では、73名の科学技術に従事する中央省庁、地方自治体、大学や研究機関の職員等が参加した。参加者は北京で、清華大学北京大学、中国のイノベーションコミュニティの中心である中関村国家自主イノベーション模範区の訪問や中国政府関係者との座談会等のプログラムを終えたのち、武漢、合肥の2グループに分かれて移動した。私は合肥グループのため、合肥訪問プログラムについて紹介していきたい。

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 合肥では、合肥ハイテク区管理委員会、株式会社科大訊飛(iFLYTEK社)、合肥汎用機械研究院、中国有数の大学である中国科学技術大学先進技術研究院を訪問した。

 「合肥」と聞いても、多くの日本人にとって、なじみのない都市だと思われる。私もこの研修を通じて初めて知った都市であったが、この研修に参加していた研究者から、合肥は中国がこれから覇権を目指す量子コンピューターの研究開発のために、世界最大の研究施設の建設や、優秀な研究者を中国各地から招聘しており、中国の研究者にとって非常にホットな都市であることを伺った。

 実際、合肥市中心部は沢山の高層マンションがそびえ立ち、大学、研究機関、産業グループが集積している国家級ハイテク開発区であった。

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合肥市の街並み

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iFLYTEK社を訪問

 合肥訪問で特に驚いたことは3つある。

 第一に、合肥ハイテク区管理委員会を訪問した際に、説明者から、2050年までにエネルギー(核融合)による電力の無償化を目指しているという目標を説明されたことである。実現されるかわからないが、国家、合肥市共同のもと、明確な目標を掲げ、科学技術を進展させていくという中国の強い意志を感じた。

 第二は、世界のスマート音声や人工知能産業をリードするiFLYTEK社の技術である。リアルタイム、またオフラインでも可能な翻訳機器(日本語認識率85%!)やAIを活用した教育システムなど最先端の技術について、説明をいただいた。実用英語技能検定では、平成31年度からこの技術を利用したAI自動採点を取り入れていくとのことであったが、日本を代表する英語検定でも、中国の技術を認めるなど、着実に中国の技術は日本に導入されていくことに驚いた。

 この中国のAIの強さはビッグデータの蓄積に他ならない。中国では、例えば屋台でもQR決済が行われるなどキャッシュレス化が進んでいる。このスマホを通じて収集された大量のデータが、中国のIT、AIの基礎にあり、今後、世界をリードしていくことを痛感するとともに、日本としてこれらの技術に対して、どのように対応していくべきなのかを考えさせられた。

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屋台でもQR決済

 第三は量子コンピューターの研究開発である。今回の訪問では特に中国から説明はされなかったが、量子コンピューターの研究開発に向け、中国が力を入れていることを建設中の施設などから見受けられた。量子コンピューターの開発により従来のコンピューターではなしえなかった計算を行うことができ、さらなる科学技術の進展が見込まれるが、まだまだ未知数の分野である。それらの技術に対しても中国が積極的に戦略をもって推進していることに、中国の科学技術(または国富)の強さを感じた。

 今回の訪中で感じたことは、科学技術の進展に向けた中国の勢いである。「世界科学技術強国」の建設が国家あげての最重要政策であり、企業、研究者も失敗を恐れず、貪欲に取り組んでいた。

3 川崎市と中国瀋陽市

 このように驚くべきスピードで進化している中国と、川崎市は深い関わりがある。

 川崎市は、全国的に人口が減少に転じる中、首都圏に位置する立地優位性や交通利便性に加え、豊富な文化芸術資源などといった魅力が、若い世代をはじめ多くの人々に選ばれ、全国7位となる、人口151万人を突破している。多国籍、多様な住人が共生している都市でもあり、中国の方は外国籍の中で最も多く、1万5千人が住んでいる。

 また、川崎市は、昭和56年に中国の東北部を代表する瀋陽市と友好都市として締結以来、環境・経済・文化など様々な分野で交流を深めている。環境の分野では、平成9年から「環境技術研修生の受入事業」を開始し、今年度で21回目、延べ49人の研修生を受入れ、瀋陽市の環境技術向上に協力するとともに、日中友好関係の醸成を図っている。

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 瀋陽市との連携した取組をさらに進め、環境省の「中国大気環境改善のための都市間連携協力事業」を活用し、平成26年度から瀋陽市と大気汚染に関する情報交換・協議を重ね、平成28年度から日中の都市間において全国初となる微小粒子状物質(PM2.5)に係る共同研究を実施している。共同研究は、PM2.5の発生源解析により主要発生源を把握し、対策を検討して政策に反映し、瀋陽市の大気環境の改善に貢献していくものである。

 共同研究のスケジュールは次のとおりである。

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訪日研究

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訪中研究

 本年1月17日に両市によるPM2.5共同研究成果報告会を川崎市で開催した。瀋陽市の研究成果については、瀋陽市環境保護局国際合作処趙虹処長から発表されたが、その中でも特筆すべき点が3つある。

 第一に、PM2.5の発生源解析を瀋陽市職員が自ら行えるようになったことである。瀋陽市においてもPM2.5対策が喫緊の課題であったが、PM2.5の発生源を解析する能力を有しておらず、これまでは市のデータを国の研究所に送り、解析を依頼していた。この共同研究により、PM2.5の発生源解析手法を習得したことで、職員の大気のモニタリング能力をはじめとした技術力がレベルアップするとともに、瀋陽市のPM2.5発生源解析ビッグデータベースを構築するための基盤を築くことができた。

 第二に、この共同研究により主要発生源を把握したことで、瀋陽市がこれまで実施してきた、ボイラー管理や自動車排ガス対策などの環境対策の有効性を検証することでき、「瀋陽市環境大気基準達成計画」「瀋陽市石炭焚ボイラー総合対策業務計画」などの新たな環境政策を打ち出すことができた。

 第三に、これらの政策の結果もあり、瀋陽市の大気の優良日数は平成26年の191日から平成30年の285日と大幅に改善されたことだ。

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PM2.5共同研究成果報告会(in川崎市)

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趙虹処長(瀋陽市)による発表

 この共同研究は、瀋陽市の大気環境改善のための協力事業であるが、日本にとっても重要なものである。中国国内で発生したPM2.5等の汚染物質は、強い偏西風に乗って日本にも降り注ぎ、試算では九州のPM2.5の6割程度、関東地方でも4割程度が中国から飛来したものと言われている。習近平国家主席の強いリーダーシップのもと、環境汚染対策が行われ、中国の大気環境は数年前と比較して大幅に改善されてきたといわれているが、私が今回、北京を訪問した初日は、灰色の空のうえ、喉に痛みも感じた。しかし、次の日の北京は青空で、空気も澄み、この変化に驚いていたところ、中国の方から、強風により大気状況が1日で改善したとの話があった。人為的な環境対策に勝る自然の力の強さを感じるとともに、この大気汚染の原因物質が、日本に流れてくることを実感し、国を超えた越境対策の必要性を感じた。

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天安門広場(訪中1日目)

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北京大学(訪中2日目)

 川崎市では、高度成長期に大気汚染や水質汚濁などの甚大な公害を経験し、その問題に取り組む過程で、環境技術などが蓄積され、PM2.5の発生源解析についても、他都市に率先して調査・研究を進めてきた結果、この技術が瀋陽市の大気環境の改善に貢献することができた。

 本市に集積する先端技術や、ものづくり産業、研究機関などの力を活かして、成長が続くアジアをはじめとした世界で、環境と産業が調和した、未来をひらくまちを今後とも目指していきたい。

4 本プログラムの参加を終えて

 今回の訪中を通じて、中国は2つの面をもっていると強く感じた。例えば、環境問題など、まだまだ発展の途上にある面と、国家主導のもと、圧倒的な国土と人口を活用し、進化し続ける科学技術などの進展面である。中国のイノベーションの現状は、数字でも顕著にあらわれ、中国の研究開発費、研究論文の被引用数は世界2位[1]になるとともに、大学の評価も躍進している。

 中国はすでに技術大国であり、新たな産業分野では日本の上に位置しているものもあることを我々日本人は理解し、中国ときちんとつきあっていくべきである。科学技術は経済発展の源でもあり、日中共同し取り組むことは、利害関係上難しいかもしれない。しかし、両国は環境、エネルギー、少子高齢化など共通の課題を有しており、限られた時間・資源の中で、日中が共創することで生まれる科学技術は少なくないのではないかと訪中を通じて感じた。


[1] 科学技術要覧 平成29年版