中国実感
トップ  > コラム&リポート 中国実感 >  【20-022】北京の色 赤と黄色か灰色か

【20-022】北京の色 赤と黄色か灰色か

2020年09月02日

斎藤淳子(さいとう じゅんこ):ライター

米国で修士号取得後、 北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に、共同通信、時事通信のほか、中国の雑誌『 瞭望週刊』など、幅広いメディアに寄稿している。

 色彩にはその土地の歴史や風土、時代性がでるものだが、北京の色は何色だろうか?

 私にとって北京は何といっても灰色だ。灰色は北京の古い城下町の胡同の壁の色だし、旧市街の真ん中に立つ鼓楼から古い街並みを見下ろせば灰色の瓦が広がる。1年の約5カ月を占める長い冬場は緑もなく、古い街は本当に凛として、水墨画の世界のように灰色一色になる。

 また、北京は砂漠の淵にある街だから、年間を通して乾燥し大地の埃がものすごい。そのため、どこも自然と埃っぽく灰色になる。白い服も北京の石灰の多い硬水で洗ううちに、北京カラーの灰色に染め上げられる。北京は万物を灰色にする力があるのかもしれない。

 そして、そんな灰色と抜群の相性なのが、故宮やお寺、廟の壁を飾る渋い小豆色だ。粉を吹いた灰色と小豆色。この二つは古都の北京を象徴する代表的な色ではないだろうか。

 しかし、北京の金融関係の友人に歴史都市への愛情を込めてそう話したら、「それは観光客の目に映る北京の色だなあ」と一蹴されてしまった。なるほど、これは「憧れ」の北京の色にすぎず、日常の色彩感覚は随分違う。街には原色が溢れ、中でも赤と黄色は絶大な人気だ。赤は消火器の赤、黄色は小学生のスクール帽の黄色という原色の合わせ技だ。

 この2色の人気には長い歴史と伝統が関係している。黄色は金の代用で、光り輝くものに使い、古代王朝から清王朝まで一貫して「天子」だけが使える高貴な色だった。また、中国で赤は「紅」と書くが、順調や幸運、利益、もてはやされることを意味する。「網紅」はネット界の人気者、「紅包」は御祝儀だ。一方、興味深いのは、幸運な赤の反対色は白とされ、「何もない」白はお葬式の色として嫌われてきた。

 しかし、赤と黄色の組み合わせは、自然に馴染む色を良しとする日本人の好みとは随分異質だ。さらに、中国の運動会などで賑やかさを演出するためにいつも登場するカラーの旗は常にピンクに黄緑、水色、黄色、赤の5色と決まっている。どうしたら、こんなハチャメチャな色合わせになるのか、長いこと気になっていた。

 こうした派手な色合いが中国で人気なのはなぜだろうか? 中国で活動する日本人版画作家の丁未堂さんは「北京が隣接する黄土高原など砂が舞う大地は埃が多く太陽の照りつけも激しいため全ての色はすぐに褪せてしまい、アースカラーになる」と指摘する。つまり、日本のように湿度が高く、光沢のある鮮明な色彩と違い、乾燥しきっている中国北方では、生活環境は粉っぽく、マットな色に包まれる。だからこそ、そこでは中間色ではなく、パッと目が覚めるような赤や黄色の原色が好まれるというのだ。これには膝を打った。

 また、穏やかな風土の日本では、自然と一体化する色彩が好まれる。しかし、強い風や埃、太陽に「負けまい」とする中国の大地では、人工的な派手な色彩が人間を元気づけ、生きている証の色として尊ばれてきたのかもしれない。

 一方で、世界一の速さで変化するのも中国だ。2022年北京冬季五輪の5つのメインカラーには、以前はタブーだった白や中間色の灰色が選ばれた。また残りの赤、黄色、青もデザイン性を感じさせる微妙な色合いで、消火器のけばけばしさはない。北京の若者のセンスは急速に洗練され、原色の黄色に赤は主に高齢者世代を狙った無難な色になりつつある。北京の色は、静かに確かな変化を遂げている。

image

「憧れ」の北京の色と言えば、灰色と小豆色。古都北京の胡同の壁や瓦はどれもこの色だ。写真/筆者

image

一方、日常の色彩感覚は随分違い、街には原色が溢れ、中でも赤と黄色は絶大な人気だ。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年8月号(Vol.102)より転載したものである。