【08-002】電車の内外から日本の変化を読もう

平 力群(南開大学日本研究所世界経済博士後期課程)  2008年5月20日

 08年1月21日、国際交流基金の平成19年度「大学院生訪日研修」支援プログラムにより、私は日本で1ヶ月間研修するために来日した。日本を訪問したの は本当に久しぶりだ。私は、97年5月に私費留学生として日本へ渡って、5年間勉強した。02年3月、武蔵大学大学院経営・金融専攻修士号を取得し、4月 に帰国した。02年から08年の間に、出張で一週間だけ日本に行ったことがあるが、その時、仕事の関係で、昔お世話になった先生や友達と会えなかったし、 周りのことをゆっくり見る時間もなかった。それで、今度の訪日で、先生や友達と再会を果たした。

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 先生方や友達と会う時、「日本に何か変化がありますか」とよく聞かれるが、いつもどう答えたらよいか分らず、考え込んでしまう。そうだ、97年5月から 08年1月まで十年以上も経ったのだ。十年前初めて日本へ着いた時のことは、昨日のようだ。97年5月17日、埼玉県、小雨、狭い街、小さな建物、空に架 かっている電線は低く入り乱れている。スーパーへ行った。トマトは4個で500円、キュウリは3本で120円だった。人民元に換算したら、トマトは1個約 6元、キュウリは1本約2.4元だ。当時の6元なら中国でトマトは優に10個以上買える。日本へ行く前に、日本の物価が高いと聞いたもので、心構えができ ていた積りだったが、やっぱり驚いた。しかし、スーパーに並んでいる品物がとても綺麗で、美味しそうに見えたので、自分の国にもこのような店があったらい いなと考えた。少しショッピングした後、姉と一緒に姉の家へ戻った。雨なのに、靴は汚れない。日本は小さくて、狭いし、物価が高いが、綺麗で、静かで、手 で作られた国だというのは10年前の日本に対する私の初印象だった。その印象は今でも私の心に鮮明に残っている。

 十年後にまた日本に来た。南越谷、池袋、水道橋、飯田橋、江古田等の駅を出てみたら、何も変わらず、同じビル、同じ橋、同じ商店街、ジュースの自動販売機 も同じ場所で静かに私を待っているらしい。今の日本と私の心に残っている昔の日本とは変わっていない。でも本当に何も変わっていないか。それとも、私の観 察力が弱いためか、はたまた日本も成熟しているためか。その答えがまだ見つからないため、「日本に何か変化がありますか」と聞かれる時、私はいつも沈黙し てしまうのだ。しかし、やっぱり日本は変わった。というのは、電車の内外を見ればこそ日本の変化が読める。技術の進歩が続き、日本社会が情報時代を迎える ようになってきた。これからますます成熟していく日本は隅から隅まで技術による影響が一層深くなり、中身がどんどん変わっていくと信じている。

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一、 ICカード乗車券の普及

 十年前、日本で初めて自動券売機で乗車券を買い、初めて乗車券を自動改札機の投入口に挿入する体験をした。日本の電車の速さ、駅に着く時間の正確 さに感心しないではいられなかった。日本の電車は日本の交通の生命線と考えられる。この生命線を支えるものは技術だ。日本では毎日のラッシュアワーという 時間帯で自動改札機を利用する頻度の高さは想像するだけで分かると思う。

 自動改札機が機械である以上、故障やトラブルは付き物だ。改札機の種類によって内部の構造は若干異なるが、投入口から放出部までは、切符(パンチあり) の場合約0.7秒前後であるという。しかし、私が日本にいる間は自動改札機のトラブルに一度も逢ったことがない。私の運がよかったのかもしれないが、やっ ぱり日本の技術の素晴らしさを感じさせられた。日本はなぜ世界第2の経済大国になれたのかというと、私の考えでは日本が先進技術に対する基礎研究を重視す るだけでなく、先進技術を社会生活の隅々まで行き渡らせる努力をしてきたことに負うところが大きかったのではないか。

 私は97年5月17日に日本に来て、19日から学校に通い始めた。月曜日から金曜日まで毎日通うので、通学定期券を買った。最初は、慣れていないことも あり、急いでいる時や他のことを考えて注意を怠ったこともあるため、何度も定期券を自動改札機の投入口に挿入して取らないまま改札を出たり入ったりした。

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 今回日本へ来て、駅は前の駅とあまり変わってないが、ある改札口に新しい改札機が登場しているのに気づいた。挿入式定期券に代わってICカード式 定期券や乗車券が使われ始めている。ICカードを使うので、挿入せずにかざすだけで良いため、通過のスピードが速くなり、乗車券を忘れることも無くなっ た。

 ICT(Information and Communications Technology)技術の進歩と共に、古い定期券の代わりにPASMOというICカードを使う人の数が増えて来た。私の友達もPASMOを使っている そうだ。「PASSNET」の「PAS」と、「もっと」の意味を表す「MORE」の頭文字「MO」をとって名づけられたそうだ。さらに、「パスモ」の 「モ」は、パスネットとバスが合体した「&」を表す助詞の役割を果たし、「電車も、バスも、あれも、これも」利用できるようになるといい、拡張性を表す 「モ」の意味も込められているという。

 PASMOの特徴は以下の通りである。1、改札の利用はタッチするだけで。2、のりこしも、改札機の自動精算でスムーズに。3、カードをくり返し使うか ら、環境にもやさしい。4、記名PASMOを紛失した場合、再発行できるので、紛失の際も心配ない。5、バスの利用もタッチするだけで。6、財布代わりに 使えて、買い物も便利。

 ICT技術の進歩によって、これから、便利な乗車券といろいろな機能が付いているカードがどんどん開発されていくと思う。これこそ技術進歩が人類にもたらす恵みだ。

参考)PASMOってなに?(PASMO公式サイト)

二、 全駅でエスカレーターの整備

 日本は電車や地下鉄によって、人々に交通の便利さを提供しているが、今でもホームまでの階段のことを考えると、辛かったことを忘れられない。私がよく利用する乗り換え駅は武蔵浦和駅だった。埼京線のホームまでの階段は大変きつい印象を残してくれた。

若者の私でさえ大変な思いをしたので、お年寄りの方にはもっと大変だろうと思った。 

しかし、今回日本に来てから、先ずエスカレーターが増設されたことに気がついた。最初、武蔵野線の南越谷駅にだけエスカレーターが出来たと思ったが、後か ら殆どの駅でホーム階から地上までエレベーターまたはエスカレーターで移動が可能になったことが分った。ターミナル駅や乗り換え駅での乗降の利便性向上を 図るためのエスカレーター、エレベーター増設工事も行なわれている。

実際日本では平成12年5月に公共交通機関を利用する高齢者や障害者等の移動の利便性及び安全性の向上を目的とした「交通バリアフリー法」が成立した。そのお陰で全駅でエスカレーターの整備が行われている。平成18年3月31日現在の整備状況の概要は下表1の通りである。

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参考)鉄軌道駅のエレベーター・エスカレーター整備状況 詳細

(表1は上記サイトからの抜粋)

三、 情報時代に入った日本社会

 電車内の乗客が居眠りしたり、漫画、新聞、雑誌、本等を読んだりしていることがよくある。これは日本の独特の風景だと思う。今回も電車に乗って周 りを観察してみたら、手に携帯を持って、指を動かし、目を凝らして液晶画面をじっと見つめる乗客たちを見かけた。性別、年齢を問わず、1車両の約4分の1 の乗客が静かに携帯電話を操作している。携帯に精神が集中しているシーンは日本独特の風景ではないだろうか。皆が携帯に夢中になっているのは、携帯の普及 だけが原因でなく、携帯は通話機能を超えて、いろいろな情報通信サービス機能が付加されたことに原因があると考えられる。

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 私は自分の推測を証明するために、インターネットに答えを探してみた。結局私の推測が当たった。中村功、福田充、三上俊治の「携帯メディア利用調査」 によると、携帯電話の利用者は次の行動をとっている。「携帯メールの受信」(91.1%)、「携帯メール文章の作成・発信」(88.9%)、「アドレス帳 の登録」(90.2%)などの行動は9割前後の利用者が行っていることがわかる。携帯電話で「写真を撮る」行為も78.0%の利用者が行っており、「携帯 ウェブで情報を見る」行為は68.5%の利用者が、「携帯ウェブで音楽をダウンロードする」行為も55.9%の利用者が行っているように、これらの行為は 利用者の過半数が行っている一般的な利用行動となっていることがわかる。(調査対象 人数:800人、年齢:12歳以上79歳未満、地域:関東圏50地点 (層化2段無作為抽出)、調査方法: 訪問面接法、有効回収数: 621、 回収率:77.6%、調査期間: 2005年3月12日〜2週間)

 新しいデータはないが、稲葉直也、糸賀雅児が実施した電車内の乗客の行動に関する調査から貴重な資料を見つけた(表2、表3参照)。携帯(電子メディア)利用の普及、電車内の乗客の行動の変化が今回来日した私の一番の印象だ。

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 技術の進歩とともに、日本は情報化社会に本格的に入ってきた。十年前に思いも寄らない光景が今や日常茶飯事になっている。日本政府が平成13年1月22日に打ち出したe-Japan戦略(要旨)は次のように述べている。

 「我 が国は、すべての国民が情報通信技術(IT)を積極的に活用し、その恩恵を最大限に享受できる知識創発型社会の実現に向け、早急に革命的かつ現実的な対応 を行わなければならない。市場原理に基づき民間が最大限に活力を発揮できる環境を整備し、5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」

 日本の総務省は「『e-Japan戦略』の今後の展開への貢献」 で、「日本では政府全体で進めてきた「e-Japan戦略」のもと2005年までに世界最先端のIT国家となるようブロードバンドの普及や安い料金設定な どの着実な成果をあげてきた」と述べている。なるほど、なぜ電車内の乗客が携帯電話の液晶画面に夢中になっているのかというと、それは日本国民が日本と一 緒に情報化社会に入ったからだ。

 e-Japan戦略の目標達成を踏まえて、総務省はユビキタスネット社会の実現に向けたu-Japan(2006年9月)政策を打ち出している。そのu-Japanの理念を次のように纏めている。u-Japanの「u」はユビキタスの「u」に加え、 ユニバーサル、ユーザー・オリエンテッド、ユニークの3つの成果の「u」を表している。

  1. Ubiquitous(ユビキタス)(あらゆる人や物が結びつく)
    「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」ネットワークに簡単につながる
    ICTが日常生活の隅々まで普及し、簡単に利用できる社会へ
    人—人に加え、人—モノ、モノ—モノが結ばれる
    あらゆる局面で、コミュニケーションがより重要な役割を担う時代に
  2. ユニバーサル(人に優しい心と心のふれあい)
  3. ユーザー・オリエンテッド(利用者の視点が溶け込む)
  4. ユニーク(個性ある活力が湧き上がる)

 私はふっと思いついた。u-Japanだけでない、u- the Universeにしてほしい、と。世界最先端のIT国家である日本はICT技術を活用し、人類の快適な生活を実現するべく国際貢献を果たしていってほしい。

 1ヶ月間の日本での研修を終えて、08年2月19日、早朝一番のバスに乗って、成田空港へ出発することにした。バスの出発を待つ2月の日本はまだ 寒い。新越谷駅で私を待っている自動販売機から暖かい缶ココアを買った。飲んで、とても美味しかった。昔より美味しかった。「日本に何か変化があります か」という質問を思い出した。やっと、答えが見つかった。同じ場所の自動販売機だが、飲み物は以前より美味しくなった。つまり、中身が改良された。これは 日本の変化と同じだ。同じ駅でも、同じ町でも一層整備されて便利になった。重いスーツケースを持って、成田空港へ行く時の辛さ、疲れた時のホームまでの階 段への恨み、定期券を改札機に忘れてしまった時の困惑、国の家族や友達と連絡する時の高い国際電話料金、などなどは、これから留学しに来る留学生たちは体 験できなくなるだろうと想像する。人々に困難を感じさせるようなことは技術の進歩によって少しずつ解決、解消され、快適、便利な生活環境が作り出されてい く。これが日本の成功の根本だと暖かいココアを飲みながら思った。寒い朝に、元気なバス会社の作業員たちが乗客の荷物を預かってくれた。バスはいつものよ うに、一分も早くなく、一分も遅くない、時間どおりに到着した。一ヶ月は短かったが、電車の内外から日本の変化が読めた気がする。


表2、3資料出所:稲葉直也、糸賀雅児著:「電車内における情報メディア利用の実態

平 力群

平 力群:南開大学日本研究所世界経済博士後期課程

略歴

69年8月、天津生まれ 
91年7月、天津工業大学紡績工程学科卒業 
91年7月〜97年5月、天津星火公司 
97年5月〜98年3月、東京国際大学別科 
98年4月〜00年3月、武蔵大学経済学科研修 
00年4月〜02年3月、武蔵大学大学院経営・金融専攻博士前期課程修了 
02年8月〜05年1月、天津三洋通信設備株式会社 
05年1月〜現在、天津社会学院日本研究所在職 
06年9月〜現在、南開大学日本研究所世界経済博士後期課程在籍
08年1月21日〜2月19日、国際交流基金07年度支援プログラム「大学院生訪日研修」


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