【12-001】日中国民感情の変化をどう見るか

張 平(日本エネルギー経済研究所 主任研究員)   2012年9月5日

一、国民感情の変化

 今年は日中国交正常化40周年である。この40年間、両国の経済関係はますます緊密化してきたが、政治と外交関係ではさまざまな摩擦が起こり、問題が深刻化する傾向が見られる。特に近年は、マスコミの影響もあって、両国民の感情は激しく変化してきた。

 内閣府の「外交に関する世論調査」によると(下図参照)、中国に対して「親しみを感じる」と答えた日本人の割合は、1980年代前半では概ね7割を超えて非常に高かったが、8 5年に中曽根首相が靖国神社に公式参拝した問題で低下し、さらに89年の天安門事件をきっかけに、20ポイント近くも下がった。その後、92年の天皇皇后訪中でも大きな改善が見られず、魚釣島(尖閣諸島)問題や小泉首相の靖国参拝をめぐる歴史認識問題を背景に、2005年には中国で反日デモが発生し、一部で暴動に発展。さらに2010年には、尖閣諸島付近で中国漁船と日本の海上保安庁の船が衝突、船員逮捕にまで深刻化し、マスコミの過熱気味な報道が加わり、国民のナショナリズムが高揚して、中国に親しみを感じない日本人は8割近くまで増えてきた。

中国に対する親近感調査結果

中国に対する親近感調査結果

出典:内閣府「外交に関する世論調査」2012年1月30日
http://www8.cao.go.jp/survey/index-gai.htmlより筆者作成

 2005年より言論NPOが実施してきた日中共同世論調査の2011年8月の調査結果によると、2011年には、中国に好感(「良い印象を持っている」と「どちらかといえば良い印象を持っている」の合計、以下同様)を持つ日本人はわずか20.8%、一方、日本に好感を持つ中国人のほうは28.6%と、どちらでも調査実施以来最低の結果だった(下図参照)。

両国に対する印象(2011年調査結果)

両国に対する印象(2011年調査結果)

出典:言論NPO「2011年・第7回日中共同世論調査比較結果」(調査協力 日本:世論総合研究所、中国:零点研究コンサルティンググループ・北京大学

二、国民感情悪化の原因

 言論NPOの日中共同世論調査によると、日本人が中国にマイナスの印象を持つ(「良くない印象を持っている」と「どちらかといえば良くない印象を持っている」の合計、以下同様)と回答した日本人に、その理由を尋ねたところ、64.6%が「漁船衝突事故に対する中国政府の対応に疑問があるから」、61.8%が「食品問題等の中国政府の対応に疑問があるから」、52.4%が「資源やエネルギーの確保で自己中心的にみえるから」と高い比率を挙げ、次いでに、「歴史問題などで日本を批判するから」が37.8%、「政治・社会体制が違うから」29.8%、「中国の行動が覇権的に見えることがあるから」29.6%などで、近年発生した現実問題に集中する傾向がある。また、中国の政治・社会体制への不信感が根強いこともわかる。

 中国の政治・社会体制に関しては日本人の約7割が「社会主義・共産主義」と認識し、3割強が「全体主義(一党独裁)」や「軍国主義」、2割強が「大国主義」とそれぞれ認識している。

 一方、日本にマイナスの印象を持つと回答した中国人に、その理由を尋ねたところ、「過去に戦争をしたことがあるから」が74.2%、「侵略した歴史を正しく認識していないから」46.3%、「日本政府の震災後の原発対応に問題があるから」40.9%、「日本政府が尖閣諸島での強硬な態度を取っているから」39.4%、「日本が親米国で台湾問題に干渉するから」31.9%などで、主に歴史に関連する問題に集中し、日本政府の緊急事態への対応能力問題も疑問視している。

 表面的には、突発事件が両国民の相互不信感を引き起こす直接原因のようにも見えるが、実は、両国民間に根強く存在する偏見と誤解こそが、相互不信の本当の原因ではないか、と筆者は思う。具体的には、両国民の間には次のような偏見や誤解がある、と考える。以下、列挙する。

a.イデオロギーに対する偏見

 まず、日本人の意識の中に、共産党への違和感が根強く存在しているのではないか、と考える。

 中国共産党は一党独裁政権であり、大躍進運動や、文化大革命、天安門事件など過去の歴史を巡って、マイナスの印象がある、と思われる。日本人の中には、中国を絶対君主国家と見做し、民主主義的な価値観から見れば、共産党政権の正統性に疑問があると考える人がいてもおかしくない。

 領土を巡る紛争や食品安全問題、歴史認識問題などを巡る中国政府の対応は、すべて共産党政権を維持するためのものと見なし、中国に対する好悪の判断も左右されているのではないか、と思われる。

 中国は孫文の辛亥革命によって、絶対君主国家から国民国家に転換した。1949年に樹立された社会主義中国は、本質的に国民国家であり、建国後の60余年の間に民主的な制度を取り入れつつ、共産党一党独裁政権の形態こそが変わっていないが、その中身は大きく変化してきた。

 簡単に説明すると、1949年以前の中国共産党は、革命党として主に階級闘争と政権奪取を党の中心目的としていた。

 新中国成立後、「党の仕事の重心は社会主義建設に変わる」と毛沢東は宣言した。復興建設のために、米国とソ連のどちらの援助を求めるかを選択する際、革命的イデオロギーが強く残っている当時の共産党はソ連を選んだ。ソ連の「集団農場」建設モデルに刺激された毛沢東は、革命的な手法で国家建設に応用して大躍進政策を推進したが、失敗。その後、「継続革命論」を打ち出し、文化大革命を引き起こし、国内は混乱状態に陥った。

 党の方針が本当に経済建設に転換したのは、1978年、鄧小平が打ち出した改革開放政策である。この政策の特徴は、GDP成長率最優先であり、経済の高度成長とともに環境破壊、拝金主義と官僚の腐敗の横行、貧富の格差が拡大した。こうした経済・社会問題に加え、言論の自由に対する干渉などが国民の不満を招き、政治改革を要求する学生たちによる民主化運動が起き、天安門事件につながった。

 2007年10月の中国共産党の第17回全国代表大会で、胡錦濤総書記の「科学的発展観」が党規約に加わるとともに、「調和社会の構築」が党の重要な目標に位置づけられた。

 一党独裁の政治体制は変わらないが、共産党は「執政党」(政権党)としての責任を認識し、如何に長期的に政権が維持できるかを真剣に考え、環境問題、貧富の格差、腐敗の取り締まり、国民の福祉、社会の安定を重視するように変貌してきた。

 筆者は二十数年前、日本に来た当初、日本の民主主義制度は何と素晴らしいのかと思い、祖国の中国もいつか民主化してほしいと切望していたが、二十数年住んでいるうちに日本の民主制度の欠点も見えるようになってきた。

 民主的な多党制そのものはいい制度と思う。しかし、日本の政治家の現状を見ると、国家と国民の利益を最優先にせず、所属する党や派閥と私利ばかりを考えているように見える人が少なくない。総理大臣が頻繁に替わり、国家の長期的な戦略が立てにくい。官僚不信と政治不信が深刻で、国家の運営効率が極端に悪く、しかも汚職腐敗が蔓延しているように見える。さらに、これらの問題は改善するところか、深刻化する一方である。日本のみならず、欧米先進国を含めて民主主義制度の行き詰まりを感じることもある。

 それと比べれば、中国共産党と中国政府は、日本以上に沢山の問題を抱えているかもしれない。だが、年を追うごとに目に見えるような改善を示している。

 特に近年、法整備と政治制度に関して、知る権利、参加権、表現の自由、監督権を保障する民主的な政治制度を段階的に導入し、党と政府の分離、全国人民代表大会(立法権)の独立的な地位を守る法整備など、いわゆる中国式の民主制度(一党独裁下での民主制度)の構築が模索され、静かな政治改革が行われている。

 米国のPew Research Centerが行った調査報告(2012年7月12日付)によると、「自国に対する満足度」は、スペイン、イタリア、日本、米国、フランスといった先進諸国が10~20%台にとどまるのに対して、中国は82%と、調査21カ国中、断トツの1位だった。しかも、2006年から2010年にかけて中国は80%台を維持し続けている。

 中国には、人権侵害、民族問題、各種の腐敗、貧富格差の拡大などの問題に絡んで、住民の抗議活動や暴動が度々報道され、国民の政府への不満がかなり高まっているように見えるが、現実にはその抗議の対象は殆ど地方政府に集中しているように見える。ある調査によると、国民の行政に対する満足度は郷、県、市、省、中央政府の順に、それぞれ2割、4割、6割、8割、9割となっており、中央に近いほど高い数字が出ている[1]

 多様化する世界で、民主化の歩みは一様ではないはずである。中国の政治体制は、北朝鮮のような世襲制は採っていない。

 改革開放後の鄧小平の時代から、共産党中央は集団指導体制が定着し、党と政府の指導者の終身制もなくなった。先進諸国のような国民による直接選挙が実施されていないとはいえ、最高指導者に就く人は、党・政府内で長期間にわたる激しい競争を経て、品格、能力、実績などに関して厳しい審査を経て選抜任用されている。

 中国はまだまだ不透明な点と非民主的なところが多いと国際社会から指摘されているが、着実に改善の方向に向かっているようだ。最大の人口を持つ中国では、香港などの効率の高い行政経験を参考にしながら独自に民主化の道を模索することは賢明だ、と思う。

 冷戦思考的に、共産党政権を全否定するのは偏見だと思う。政権の正統性は、政権党のイデオロギー傾向からではなく、国民の満足度や信頼度で判断するべきではないか、と思う。中国では易姓革命が度々行われてきた。選挙による他党への政権交代システムが存在しない現在の中国では、国民の不満が直接、国家の崩壊に結びつく可能性がある。そうなれば、社会の混乱や、長期にわたる経済衰退の危険性があることは、共産党と中国政府がよく知っている。その意味で、中国の最高指導者の執政姿勢は、頻繁に交代する日本の総理大臣たちよりは真剣だろう、と思う。

b.歴史認識の違い

 言論NPOの日中共同世論調査の結果によると、中国人が日本に悪い印象を持つ理由は、近代史における日本の侵略戦争の記憶が最も多く、これは対日感情の改善の大きな障害となっている。

 中国人にとって、歴史とは、史実や祖先の歩みの記録としてだけではなく、次世代以降への教育に欠かせない重要な教科書だと認識されている。歴史の勉強によって、民族の教養や知恵、価値観が継承されると考え、歴代の支配者は歴史の編纂と学習を重視してきた。

 民族の価値観を維持するために、歴史上の人物について、善悪を過大評価したり、或いは絶対化したり、英雄化、悪魔化する傾向があることは否定できない。そして、中国の歴史は、勝者となった側の都合で記録されるため、史実と違うことがある、と度々指摘されているのも事実である。この点、中国は歴史の解釈と教育のあり方について、反省する余地があると思う。

 中国人は自国の歴史に特別の思いがある。人類に貢献した絢爛たる古代中華文明史に誇りを持つ一方、侵略されたり、半植民地化されたり、不平等条約を押し付けられたりした近代史に屈辱の記憶も持つ。辛亥革命以来、中国人は自己反省を繰り返し、「東亜病夫」や「劣等民族」という西洋列強の蔑視から、民族の自尊心を取り戻す壮絶な戦いを続けてきた[2]

 日本は1945年の敗戦後、軍国主義と決別し、平和憲法を堅持してきており、もしかすると、日本人から見れば、侵略の歴史はすで過去のものと考えているかもしれない。

 だが、中国人にとって、屈辱の近代史に区切りをつけるには、中華文明を復興し、過去の輝きを取り戻す偉業を完成させること(東洋は西洋に負けないことを証明し、人類の文明発展に再び貢献する)をもって、初めて雪辱を果たせる、と考えている。つまり、あの戦争の歴史は、日本人にとっては、過ぎ去った近代史の一部かもしれないが、中国人にとっては、現在進行中の現代史の一部と認識しており、日中間で大きな食い違いが生じる原因の一つだと思う[3]

 ここ100年余り、中国人は常に日本を中国の近代化の先導役と見なし、中国はなぜ近代化が日本より遅れ、甲午戦争(日清戦争)に敗れたのか、なぜ日本の侵略戦争を阻止できなかったか、戦後もなぜ経済発展が日本より立ち遅れたのか、などについて自己反省を続けてきた。また、日本敗戦の教訓から、覇権主義と侵略戦争は必ず失敗し、後世に負の遺産を残し、国民に長期的な負担と損失をもたらすことを学んだ。

 孫文をはじめ、中国のエリート達は、社会制度の革命、民衆の覚醒と団結の喚起に奔走してきた。日本の侵略と残虐行為は、たびたび反面教師として中国民衆を目覚めさせ、民族の団結を促す役割を果たした。この観点から毛沢東は、「日本の侵略に感謝します」と、皮肉をこめて語ったことがある。

 しかし、断片的に毛沢東の話を持ち出し、日本の侵略行為を正当化する言説は、両国民の感情の改善に最も有害なものと思う。また、日中戦争は日本の侵略戦争ではなく、アメリカ、シナ(China)、ロシア(旧ソ連)等の国が、日本に対して仕掛けた「日本侵略滅亡戦争」だったという言説もあるが、それが真実であったとしても、日本は何故その罠にかかったのか、を反省すべきではないだろうか。罠や陰謀説は、自国の無策を他に責任転嫁する際の口実としてよく利用されるが、なぜその陰謀を見破れず、その罠にかかったのかという過去の誤りへの反省を軽視することになり、将来の国造りにも有害だと思う。

 時間は国民感情の傷を治す万能の妙薬である。だが、傷を早く治すには、お互いに考え方を変える必要があると思う。お互いに先入観を捨て、相手の立場をよく理解した上、相手の立場に立ってもう一度ものを考え直すことが良い方法かも知れない[4] 。少なくとも相手の傷口に塩を塗らない思いやりを持つのが関係改善の第一歩ではないかと思う。

 著名な評論家の亀井勝一郎氏が1960年5月、日本文学代表団の副団長として訪中し、中国政府高官に会見した時、戦前の日中関係について、当時の陳毅副首相兼外相から次の様な発言があった。「日本軍国主義の弾圧を受け投獄された亀井先生が、日本軍国主義が中国を侵略したことを永久に忘れないとおっしゃる。私たちは忘れたいと考えている。これは良いことです。逆に私達が忘れないと言い、日本側が忘れたいと言うことになれば、これは悲劇です」。半世紀の歳月がたった今でも先人の言葉は心に響く。

c.発展段階の問題

 中国は90年代初頭に鄧小平が定めた「韜光養晦、有所作為」という外交方針に従って、先頭に立たず、能力を隠して経済発展に専念してきた。その結果、国内総生産 は2010年に日本を追い越し、世界2位の経済大国となるまで成長してきた。

 世界のメディアは、これを中国の台頭として大きく取り上げた。13億の人口を持つ中国の発展は、世界の経済発展と貧困人口の減少に多大な貢献をしているとして、中国を称える論調がある一方、中国脅威論やG2論(米中二極論)、責任大国論などが喧伝されている。

 日本や西洋諸国は中国の発展スピードに驚く一方、国家主導の発展モデルに違和感を覚え、中国の台頭に伴う発言力の拡大は、今まで欧米が主導してきた国際秩序を変質させる、と心配し、恐怖を感じている。また、中国周辺各国も中国の国力の上昇に伴う軍事力の増強に脅威を感じている。

 中国人には中国脅威論は外国の嫉妬と悪意の攻撃と解釈する見方が多いが、最近自己反省の声も高くなってきた。

 「世界の工場」といわれる中国は、製造業の生産能力の急速な拡大と同時に、エネルギーと資源の最大消費国及び最大の二酸化炭素(CO2)排出国となった。中国は、人口が多いから、一人当たりにするとGDPは日本の1/9、エネルギー消費は米国の1/5、CO2排出量は米国の1/3であることを理由に、中国の発展権を主張してきたが、今後は、途上国の権利ばかりを主張することは通らなくなる日本国民から見れば、中国は自国の経済発展のために、世界中の資源を略奪的に輸入していると思われても仕方がないと思う。経済大国としての中国が、世界の環境保護と資源の有効利用に、もっと責任のある行動を要求されているのは当然と思う。中国政府も、すでに持続可能な経済発展戦略の一環として、省エネ、CO2排出削減に努力しているところだが、国際社会から見れば、環境破壊大国の印象を払拭するにはまだ時間がかかる。

 中国は、世界最大の外貨準備を持つ国である。その資金力を後ろ盾に海外進出する国営企業に対し、国際社会は懸念を持っている。また、各国は、中国政府が主導する挙国体制の経済発展モデルに疑問を持つ。さらに、中国の為替政策や輸出促進策、重点産業の育成策は、今まで高度成長を図る有効手段として活用されてきたが、たびたび国際摩擦を引き起こし、中国批判を呼ぶ背景にもなっている。

 この点はオリンピックでも同様の姿勢が端的に現れている。中国は挙国体制で優秀なスポーツ選手を養成し、金メダルを量産している。中国国民の心情は、「東亜病夫」と呼ばれた屈辱から名誉を回復し、世界からの尊敬を勝ち取りたい、という願いが強く、何でも世界一を目指している。

 これは国民の団結、国威発揚と民族自尊心の回復に繋がるが、同時に国際社会からの反感をもたれる原因にもなる、と最近、中国人も自覚し始めている。

 中庸を重視する中国人は、論語の「過猶不及」[5] の道理はよく知っているはずである。オリンピックでの過度の金メダルの追求は、自信の欠如と小国心理を表し、その結果、名誉を失うこともありえる。同様に、世界2位の経済大国になった中国は、何でも世界一を目指す癖を直し、経済発展モデルの転換や、バランスの取れた調和世界の構築に、可能なことから貢献していく、いわゆる「有所作為」の段階に来ていると思う。

 中国は封建社会から植民地・半植民地、抗日戦争と内戦を経て、社会主義の悪平等を背景とした経済停滞、市場経済改革による高度成長と貧富の格差拡大といった道を歩み、豊富な経験と教訓を得た。中国の発展段階は、国家単位の民族の集団的台頭であり、次の段階では国民の民主と自由が保障された真の民族の台頭を目指している。そのとき初めて国際社会からの尊敬が得られるのではないかと思う。

三、国民感情と国家関係

 言論NPOの日中共同世論調査の結果では、現在の両国関係に関する認識について、日本の世論では良い(「非常に良い」、「どちらかといえば良い」の合計)との回答はわずか8.8%で、悪い(「非常に悪い」、「どちらといえば悪い」の合計)は51.7%である。同じ質問に対する中国の世論では、それぞれ良い54.5%、悪い32.3%となっており、両国間で大きな違いが見られる。

 更に今後の両国関係に関しては、日本世論では良くなっていく(「良くなっていく」、「どちらといえば良くなっていく」の合計)との回答が24%で、中国の世論では44.7%である。中国人は日中関係の現状と将来に対して相対的に楽観的だが、日本人は悲観的である。これは、国力の相対的変化による国民心理の変化に関係があると思う。

 日本国民は中国の台頭に切迫感と恐怖感を感じ、国内の政治経済状況にもいろいろ不満がある。現在進行中の尖閣諸島の国有化問題を巡っては、ナショナリズムの高揚が見られる。こうした動きは逆に、中国国民のナショナリズムを刺激し、両国民の感情が更に悪化する、という悪循環に陥る危険性がある。

 中国人は経済発展と国力の増強を背景に多少自信が増し、日本人のような切迫感が少ないとは言えるが、領土問題になると、どちらの国民も妥協できず、ますます対立が激しくなる。国民の感情の悪化は、マスコミの報道、右派、強硬派の挑発行為などいろいろな原因がある。

 両国政府間には日中戦略的互恵関係の強化、日中韓自由貿易協定の推進、日中高級事務レベル海洋協議、円と人民元との直接取引の開始などの動きがあり、両国の経済関係はますます緊密化している。2000年代は「政冷経熱」が続いたが、両国政府は友好関係改善の模索を止めたことはないが、今回の尖閣問題に関して日本政府の対応は、中国への挑発だと思う中国人が多い。また、一方で、日本政府はこの事件を通して日米関係の今後を模索する意図がある、と見る人もいる。一時的な世論の変化に左右されず、国民と国家の利益を最大化にする長期戦略を策定することは、政治家本来の仕事である。米国の相対的な影響力の低下、中国の台頭によるアジアにおける地殻変動の中、日中両国はどう付き合っていくのか。小さな摩擦を経験しながら相手の反応を観察し、互いに政策を調整し、両国の長期的な協力関係を築き、共同発展の道をどう探っていくのか、両国の政治家の力量が問われている。

終わりに

 激変する世界をどう理解するか、を巡ってさまざまの議論があるが、筆者は世界勢力の変化は自然の規律によるものと理解している。道教の陰陽思想によれば、世の中にあるものはすべて陰陽の対立統一体であり、陰と陽が調和して初めて自然の秩序が保たれる[6]

 ソ連の崩壊によって米ソ冷戦の状態が終わり、米国一極集中になったように見えるが、その反対勢力が決して消滅したわけではない。いわゆる「陰陽互根」である。

 強すぎた米国の一極支配は自然にその内部からの分裂が発生し、弱体方向に進む。これが、いわゆる「陰陽制約」である。そこに現れた中国の台頭は「陰陽消長」を表し、中国は将来、米国を凌駕するかもしれない。これが「陰陽転化」である。しかし、長期的にはこれも対立依存関係が消滅することなく、形を変えながら繰り返されていく。

 40年前、東西勢力の消長変化の中、中日両国の政治家は東洋の知恵といわれる「求大同、存小異」の精神で、いろいろな困難を克服し、国交正常化を実現させた。40年来、両国の経済関係はますます緊密化して、お互いの国民に大きな利益をもたらしたが、摩擦も絶えなかった。摩擦は中国と日本だけではなく、中国と米国、中国と欧州にも、形が違うが、様々起きている。摩擦への対応策はさまざまであるが、試練と挑戦を受けながら、経験を蓄積し、中国自身が変化し、世界も変化している。

 現在、尖閣問題などを巡り、両国関係は厳しい試練に直面しているが、「求大同、存小異」の精神であれば必ず乗り越えることができると思う。

 「求大同、存小異」の本来の意義は、「小異を捨てて大同につく」のではなく、「小異を残して、大同につく」のである。これは太極陰陽図から容易に読み取れる。陰と陽は相互に依存しながらの存在し、しかも陰の中に陽が、陽の中にも陰がそれぞれ存在する。これは、小異が自然の存在であり、捨てられるものではないことを意味する。

 両国民の考えと感情に違いがあるのは当然であり、この「小異」が共同発展の「大同」を阻害する力にするのではなく、「小異」で生じた摩擦を「大同」を実現するための動力に転化すべきである。

 日中両国は社会制度が違うが長い交流の歴史をもち、良くも悪くも近い隣国である。隣国との友好関係および平和的国際環境が、両国民にとって一番の願いである。戦争によって残された怨念が今の世代で消え、次世代に残さないようにするには、どうすればいいか、を皆で考える必要がある。両国政府の指導者や政治家、マスコミにも大きな責任があると思う。


[1] 菱田雅晴「不安定化下の安定-中国共産党九十周年の現況」、霞山会『東亜』No.535、2012、1月号

[2] 辛亥革命の当初の目標は「清朝打倒(満族駆逐)、中華回復…」であったが、その後中華回復の解釈は中華民族の自尊心の回復、近代史の屈辱を雪恥することに拡大解釈された。

[3] 民事裁判の場合に例えると、判例についての議論は終わったことなので、弁護士たちには客観冷静にすることは難しくないが、進行中の訴訟になると、原告側と被告側で利害対立し、冷静な議論は難しくなる、ということである。

[4] 2005年4月の日中外相会談において、町村外務大臣(当時)が日中歴史共同研究を提案し、2006年から実施された両国政府主催の共同研究がある。しかし、その成果は一般国民に知られていないのが残念である。外務省のWeb参照:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/rekishi_kk.html

[5] 【過ぎたるは猶及ばざるが如し】行き過ぎるのは行き足りないのと同じように良くない。どちらも正しい中庸の道ではない。

[6] 陰陽思想の特徴は、「陰陽互根」(陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ考え方。)、「陰陽制約」(提携律とも言い、陰陽が互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。「陰陽消長」(拮抗律とも言い、リズム変化である。陰陽の量的な変化である。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する。)「陰陽転化」(循環律とも言い、陰陽の質的な変化である。陰極まれば陽極まり、陽極まれば陰極まる。)「陰陽可分」(交錯律とも言い、陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽。)陰陽思想の解説に関して次のWeb サイト参照 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BD

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PROFILE

張 平(ちょう・へい):

日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット主任研究員。1986年来日。慶応義塾大学大学院経済学修士課程を経て96年3月同経済学博士課程修了。96年4月から日本エネルギー経済研究所勤務。日本、中国、世界のエネルギー経済に関する調査・研究・分析に従事。また、APECエネルギー統計の収集、出版に従事。APEC Energy Databaseの構築・管理を担当。

【付記】
論考の中で表明された意見等は執筆者の個人的見解であり、科学技術振興機構及び執筆者が所属する団体の見解ではありません。


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