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【10-08】サービスを提供するサービス産業の在り方

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2010年 8月19日

1.全日空のサービス

 先日、北京出張帰りでいつもと同じように全日空の飛行機を利用した。北京出発は午後4時近くの予定だったが、空港上空には湿った空気が流れ込んで、大雨となり、視界が悪かった。その関係で飛行機が2時間半ぐらい遅れた。結局、夜9時ごろ羽田空港に着く全日空便は11時10分着陸した。

 羽田空港の国際ターミナルは臨時的なものでほかに到着便がなく、静かだった。飛行機の到着は2時間ほど遅れたが、天候の影響ゆえに乗客も飛行機を静かに降りようとした。そのときに、機内のアナウンスが流れた。「乗客の皆さま、本日北京空港周辺の天候不順で飛行機が遅れ、たいへんご迷惑をかけしました。これから到着ロビーにて乗客全員に交通費の補助として5000円をお支払いいたします」。

 一瞬、多くの乗客は信じられない表情だった。確かに飛行機が遅れたが、航空会社の不手際ではなく、天候不順が原因だった。また、どの航空会社も経営はそんなに余裕があるわけではない。そのなかで、乗客全員に5000円を支払うのは経営の決断として正しいことだが、それほど簡単なことではないはずだ。おそらく同じ便に搭乗した乗客全員は以降全日空のファンになっているに違いない。

2.中国国際航空(CA)のサービス

 全日空便とまったく逆の経験をしたのは今年の5月上旬中国国際航空(CA)に乗ったときのことだった。広東省の深センから北京に飛ぶ飛行機に乗る予定だった。午後5時ぐらい離陸し、同8時ぐらい北京に到着する予定だった。あとになって分かったことだが、ちょうどこの時刻に広東省南のほうに雨雲が接近し大雨となった。その関係で、深セン空港や広州空港など広東省主要都市の空港は大混乱に陥った。

 そのとき、CAのファーストクラスのラウンジで待機していたが、航空会社の地上係から飛行機遅延の原因について明確な説明がなく、いつボーディングできるかも分からないまま、時間が過ぎていく。

 日本からの同行出張者は一応辛抱強く飛行機の搭乗を待ち続けた。しかし、明確なアナウンスがないなか、これ以上待てない中国人乗客と欧米系の乗客は航空会社の地上係と口論になり、危うくファーストクラスのサービスカウンターを壊すところだった。後日、インターネットで分かったことだが、同じ日に広州空港のファーストクラスのラウンジで暴動が起き、コンピューターなどの資材が多数壊されたといわれている。

 結局、飛行機に搭乗したのは9時過ぎで、北京空港に着いたのは朝の2時半ごろだった。CAの客室乗務員は仕方のない表情で航空機の遅延について謝罪した。北京空港から市内への交通手段を考えれば、CAはいくらか乗客にお詫びのしるしとして交通費や弁当代を支払ってもいいのではないだろうか。乗客の多くはおそらく今後できることならば、CAの飛行機にのりたくないと考えているだろう。

3.上海ガーデンホテルのスポーツジム

 日本人はきめ細かなサービスを提供することで有名であり、サービス業に向いていると思われている。しかし、なぜか世界の有名ホテルチェーンには日本のホテルは一社も入っていない。その原因は明らかではないが、多少なりともヒントになるようなエピソードを述べておこう。

 上海に出張ないし旅行する日本人にとって人気のあるホテルといえば、花園飯店(ホテルオークラ)になる。おそらく日本人に人気がある理由はスタッフの多くが日本語ができるからと思われる。しかし、日本語ができるだけでは、グローバルの競争力強化にはならない。日本人に日本語のサービスを提供するだけでは、「日―日」モデルの範疇を超えていない。

 日本のホテルチェーンがなぜグローバル展開に成功しないのだろうか。

 同じ花園飯店の事例をあげて説明することにする。世界の五つ星ホテルのほとんどはスポーツジムなどの利用はアメニティサービスとして宿泊客に無料で提供する。しかし、花園飯店だけは宿泊客でも一回の利用につき、50人民元(約600円)の利用料を徴収する。五つ星のホテルに宿泊する客にとって、50元の利用料を負担するのはまったく痛くも痒くもないことと思われる。一泊の宿泊料はその20-30倍もするからである。

 問題はお客さんの気持ちである。正直に、スポーツジムやサウナを利用するたびに、50元ずつ徴収されるのは気持ちのいいものではない。サービス産業の王道はお客さんにアットホームのサービスを提供することである。たとえば、ホテルの宿泊費を1割値上げすることと、スポーツジムやサウナを利用する場合の利用料の徴収と比べ、明らかに後者のほうが利用者に悪い印象を与える。

 なぜ花園飯店はこのような愚策を実施しているのだろうか。その理由について直接聞いていないが、推察するしかない。

 おそらく花園飯店の内部管理は縦割りになっているからであろう。部門別の原価と売り上げを計算するからこのようにスポーツジムの利用料を徴収するようになった。ホテルなどのサービス産業はモノづくりの工場と異なり、縦割りの管理体制において利用客は製品として取り扱われる恐れがある。

 日本経済はモノづくりの経済である。しかし、モノづくりはこれ以上拡大することが難しく、すでに限界に来ている。これより先、日本経済が新たな活路を切り開くとすれば、サービス産業の可能性は一番高い。

 前述のように、本来ならば、日本人はきめ細かなサービスを提供する国民性からサービス産業を発展させることができる。これまで製造業の成功経験から抜け出せないことでサービス産業のマネジメントは工場内のモノづくりの原価管理と同じようにやろうとしてきたから、失敗した事例が多い。

 たとえば、同じ航空会社でも、日本航空は破たん状態に陥っているが、全日空は常に市場競争に直面し、日々の努力でサービスレベルを向上し、消費者から厚い信頼を得ている。日本は世界最高の製造業を育成できた。これから世界最高のサービス産業を育成していくことがポイントである。世界最高のホテルチェーンを構築し、世界最高のデパートを育成する。これこそ日本経済にとっての新たな活路ではないだろうか。