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【10-12】中国経済の発展と新たな日中関係のあり方(上)

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2010年12月13日

 中国経済、否、中国社会全体にとって今は重要な節目に差し掛かっていである。さる10月中旬に開かれた共産党中央五中全会では、胡錦濤の後継者とみられる習近平国家副主席が中央軍事委員会の副主席に選出され、2年以上に亘る政権委譲が本格に始まった。

 一方、今回の尖閣諸島(中国名:釣魚島)の事件をきっかけに、中国の権力構造がどのようになるかがこれまで以上に注目を集めている。とりわけ、習近平は胡錦濤から政権を引きついだ場合、どのような政権運営を行うか、についてほとんど未知数である。すなわち、中国はもうすこし開かれた社会になるか、それとも共産党一党独裁ゆえの秘密性がさらに濃厚になるか、である。

 こうしたなかで、日中経済の相互依存関係が予想以上に強化されている。これまでの30年間、日本企業の対中直接投資はおおよそ2万5000社にのぼるといわれている。日本にとり、中国は最大の貿易相手国である。逆に、中国にとっても日本が重要な経済パートナーであるにほかならない。日本企業の対中直接投資は中国に先進技術をもたらすだけでなく、雇用の創出にも貢献している。

 世界経済が不況にあるなかで、中国経済だけは一人勝ちの様相を呈している。先般、中国国家統計局が発表した第3四半期の経済成長率は9.6%であり、1-9月期の成長率は10.6%に上る(いずれも前年同期比)。同時に、10月の物価上昇率は4.4%とインフレに振れているが、統計的にハイパーインフレの可能性がほとんどなく、いわば、教科書通りの経済成長が続いているといえる。

1.中国経済をウォッチする二つの視点

 実は、中国経済の中身を語るのはそれほど簡単なことではない。今年で日本を抜いて世界二番目の経済になる中国経済(ドル建て名目GDP)はその多面性と多様性から全体像がつかみにくい。中国の名目GDPはドル建てでみた場合、第2四半期ですでに日本を追い抜いているが、一人当たりGDPは依然4000ドル未満である。この現実から中国経済が大きい経済か、弱い経済か、について簡単には答えられない。

 一般的に、一人当たりのGDPが4000ドルの経済はここまで影響力が大きくならないはずである。なぜ中国経済はここまで強気のパフォーマンスを続けているのだろうか。

 これには二つの背景がある。一つは、一人当たりのGDPは確かに4000ドル程度だが、労働分配率はわずか40%しかなく、政府がコントロールできる財源、すなわち、資本分配率は60%にのぼるからである。最近、中国研究者の間で流行っていることを引用すれば、現在の中国は「国富民窮」、すなわち、国として豊かになっているが、一般の民は一部の富裕層を除けば、依然貧しいということである。

 そして、もう一つの背景は名目GDPでは日本とほぼ同じぐらいの規模だが、物価の安さから考えれば、すなわち、購買力平価(PPP)で中国のGDPを再計算すれば、ほぼアメリカと同じぐらいか、すこし上回る規模になっている。PPPの考え方はそのときに使う物価のバスケットによって恣意的になりがちだが、この半ばバーチャル的な考え方はまったく無意味ではない。

 ここで、中国経済の今後の方向性を見間違いように二つの視点を提示したい。

 一つは足元の中国経済をきちんとみる短期的な視点である。短期的な視点から中国経済をみると、予想以上のよいパフォーマンスをみせているといえる。この点は中国の政策運用がリアリズムに基づいているからである。すなわち、将来の経済成長がどうなるかを心配するよりも、とりあえず足元の成長を追求するという基本姿勢が一貫して変わっていない。

 もう一つの視点は時間軸を少し長めに伸ばしてみた場合、中国経済の方向性と構造問題を明らかにする長期的な視点である。足元の成長は確かに顕著だが、長期的、すなわち、10年、20年のタームでみた場合、中国経済を取り巻く構造問題を明らかにすることも重要である。たとえば、格差の問題、社会保障制度の未整備、環境公害問題などの解決が不可欠であるが、それに取り組む姿勢が必ずしも十分とはいえない。これらの諸点はチャイナリスクとしてカウントされる。

2.成長一辺倒の限界

 1972年ローマクラブが発表した報告書「成長の限界」は世界に警鐘を鳴らしたが、皮肉にはその後の40年間近くは世界がそれまでない高成長を実現した。そのなかでG7の先進国は成長段階を終え、成熟段階に入っている。それに対して、中国をはじめとする新興国経済はさらなる経済成長に向けてまっしぐらである。

 近年、地球温暖化の進行を受けて、世界各国は改めて成長の限界を意識しはじめた。すなわち、GDPの規模の拡大には限界があるということである。しかし、環境にもっと配慮すべきと感じる先進国と経済成長をもっと推進したい新興国は対立している。地球温暖化対策を議論するCOP15などのグローバルの場でみられるように、新興国はGDPやエネルギー消費などの指標について一人当たりでみた場合、依然小規模ゆえに、成長を続けていくことを主張する。これまでのところ、先進国と新興国の意見は平行線のままであるが、環境公害の問題が深刻化した結果、先進国と新興国のいずれも被害を受ける。

 中国について、過去30年間にわたる経済成長のなかで、環境に対する配慮が不十分だったため、大気汚染、水質汚染とゴミの問題は著しく深刻化している。極論的に考えれば、いくら経済成長をつづけても、環境に配慮しなければ、人々の生活は幸せになれない。

 現在、中国全土を走る車はおおよそ6500万台に上る。中国は車の生産台数でいえば、すでに世界一になっている。今後も車の保有台数は急増するものと思われる。しかし、それは無限に増えるはずない。すでに主要都市では、交通渋滞が慢性化し、昼間の交通はほぼマヒ状態になっている。それでも中国政府系のエコノミストは成長を続けるには、自動車経済を推進すると強調する(国家発展改革委員会マクロ経済研究院)。

 それに加え、中国経済をブレークダウンする最大の要因は水不足の可能性が高い。現在、全国3分の2の都市では、慢性的な水不足に陥っていると推計されている。

 一方、環境公害の問題が日々深刻化するなかで、所得格差が拡大し、社会不安要因になり、経済成長の邪魔になっている。今年5月末に温家宝首相は日本を訪問したとき、記者団に対して、中国で所得格差が拡大しており、これを縮小しなければならないと問題の深刻さを率直に認めた。しかし、現在のところ、所得格差縮小の有効策が示されていない。

 比べてみれば、社会主義の致命傷は人々の努力にインセンティヴを与えない悪平等である。それに対して、市場メカニズムに任せた所得分配は富裕層と貧困層の格差がますます拡大してしまう。現在となって社会主義に逆戻りできなくなっているが、資本主義の市場経済の短所を補うために、政府の役割も必要不可欠である。

 しかし、現在の中国では富の分配は権力を軸に行われており、そのプロセスも必ずしも透明とはいえない。端的にいえば、権力の中心との距離で富の分配における有利と不利が分かれる。最近、中国国内のエコノミスト許小年氏は次のように警鐘を鳴らしている。「このままいけば、中国はマルコス政権下のフィリピンやスハルト政権下のインドネシアになる可能性がある」と指摘されている。決して杞憂ではない。