【11-02】中国人は幸せか、幸せでないのか

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2011年 2月23日

 中国人に今の生活が幸せかどうかを尋ねると、おそらく多くの中国人は幸せでないと答えるだろう。なぜならば、幸せかどうかについてある客観的な基準があるわけではなく、たとえ裕福な生活を送っていても、忙しすぎて幸せと感じないかもしれないからだ。それゆえ、EUのあるアンケート調査によれば、中国人の幸福度(HPI)は調査対象の150か国中、128番目だったといわれている。

 この調査結果について中国政府は是認するわけにはいかない。中国が独自に行った「2010年中国都市住民幸福感調査」によれば、75%の中国人が今の生活について幸せと感じているといわれている。同調査の結果によれば、60代の中国人は今の生活について「非常に幸せ」と感じており、70代以上の世代では、「不幸せ」と答える者は一人もいないという。幸福度がもっとも低いのは30歳以下の若年層で、30代と40代の世代では、「非常に幸福」と答える割合は比較的に低い。

◆重い生活負担

 EUのアンケート調査と中国が行った調査とは母集団が異なるため、その結果によってどっちが実態に近いかを比較するのは難しい。中国のアンケート調査は人口の6割を占める農民を含んでいない。中国では、農民の多くが負け組であり、経済成長の果実を十分に享受していない。したがって、「75%」の幸せと感じている「住民」は都市部住民の75%であり、全国民の75%ではない。それに対して、EUの調査では、全中国人を対象にして行ったものである。

 どれぐらいの中国人が現在の生活に満足し幸せと感じているかは別として、現状の生活では重い負担を感じているものは少なくないはずである。10代の若年層は大学受験に奔走し、忙しい受験勉強でまったく余裕のない生活を送っている。20代の若者は大学を卒業しても就職難に遭い、男性の場合、恋愛しようとしても、マンションや車を持っていないと、女性が結婚してくれないケースが多いといわれている。30代と40代の年齢層は仕事と生活の負担がもっとも重いかもしれない。彼ら自身が一人っ子政策の産物であり、一人で親の面倒を見ないといけない。同時に、仕事では、厳しい競争に曝されている。50代の年齢層は、自らが定年間際でいつレイオフされるか分からない。同時に、一人っ子の子供がマンションなどを買う場合、資金面の援助が求められる。60代とそれ以上の高齢者は定年を迎え、わずかな年金で生活を送るが、高成長と高いインフレによって生活はますます困窮する。

 こうしたなかで、生活負担増をいっそう助長しているのは重い租税負担率である。世界でもっとも租税負担率(租税÷国民所得)が重いのは北欧諸国であり、たとえば、スウェーデンの租税負担率は47.7%(2007年)に上る。先進国のなかでアメリカと日本の租税負担率は比較的軽く、アメリカは26.4%(同)であり、日本は24.6%(同)である。それに対して、中国の租税負担率は20.3%(2009年)と決して高いとはいえない。問題は、中国の家計にとり租税負担に加え、種々の付加的な費用も加算され、両者を合わせると、国民所得の4割に上るとみられる。にもかかわらず、社会保障などの公共サービスがほとんど整備されていない。

◆国民の不満を助長する格差の拡大

 一般的に、どの国の人にとっても絶対的な貧しさよりも相対的な不公平さのほうが耐え難い。論語では、「貧しきを憂えず、等しからずを憂える」というのはこのことである。中国は社会主義体制を維持しているにもかかわらず、所得分配の不公平性は資本主義以上酷い状況にある。最近の推計では、中国のジニ係数は0.47に達しとっくに危険水域に突入している。

 日本では、上位1%の富裕層は8.7%の富を支配しているといわれている。アメリカでは、上位5%の富裕層は7割の富を握っている。それに対して、中国の富の7割は上位0.4%の富裕層によって支配されている。しかも、富の集中はますます深刻化するものと思われる。

 実は、現状において低所得層は不幸せを感じるだけでなく、富裕層もそれほど現在の生活に満足していない。なぜならば、富裕層はお金に困らないが、「安全感」(安心感)がそれほど得られていない。中国社会では、「讐富」(富裕層を恨む)という心理が強く、出る杭が打たれるといわれるように、毎年フォーブスのランキング入りする富豪の何人かが贈収賄などの罪に追われ、逮捕される。それゆえ、フォーブスランキングはブラックリストと揶揄されている。

 富裕層は将来起こりうる身の危険を回避するために、その多くが外国の国籍を手に入れる。また、その子供の多くはカナダやオーストラリアなど海外に移住している。富裕層は中国社会の勝ち組であるにもかかわらず、「安全感」が得られていない。おそらく富裕層はお金について満足感が得られているが、生活が幸せかどうかは別問題である。

◆生活環境の悪化

 これまでの経済改革は国民の生活を幸せにするのが目標というよりも、経済規模の拡大を目指してきた。確かに、都市部では、摩天楼が聳え立つようになった。自転車社会は今や車社会に変わった。

 しかし、平屋生活がマンション生活に変わったことで従来のコミュニティが崩壊し、家族の絆も薄れている。社会の価値判断がすべてお金によってなされる現状では、人情が薄れ、思いやりの精神が失われている。企業は利益を追求するあまり、社会貢献の精神を忘れ、時には犯罪に走る。もっとも深刻な企業犯罪は食品に化学物質を混入させ、食品の安全性が脅かされていることである。

 市場経済が効率よく運営される前提は、明確なルールとその順守を担保する政治・行政システムである。たとえば、国民にとって税金を払ったあと、政府がその税金をどのように支出しているかを国民が監督する権利がある。しかし、現状において政府の情報開示が十分とはいえない。企業が犯罪を起こした場合、政府は社会の安定を維持する口実でその情報を開示しようとしない。

 中国人の多くがもっとも多く口にするのは「今、何を信じればよいのか」ということである。官制のマスコミでは良いニュースしか放送しない。しかし、社会の暗部は政府が目をそらすなかで急速に広がっている。調査機関の調査結果はともかく、中国社会が抱える問題は一目瞭然であり、それを少しずつ取り除かなければ、国民の大多数が生活を幸せと感じる日は来ない。


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