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【11-09】中国自動車産業の行方

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2011年 9月 6日

 中国市場が閉鎖的かどうかについては、一概にはいえないが、自動車市場をみれば、その市場の開放はむしろ行き過ぎていると判断される。中国の街中を走る車をみると、世界のモーターショー並みに多様化している。そのなかに、直接輸入された外国の高級車もあれば、中国で組み立てられた外国ブランドの車も少なくない。さらに、ローエンドの安い車をみると、国産メーカーも健闘している。

 中国自動車市場の特性は主として中国社会の所得構造によって決められている。実際の自動車市場をみると、ミドルエンド以上の高級車市場は直接または間接的に外国メーカーによって支配されている。バブル気味の中国経済を反映して、一握りの超富裕層はベントレーやベンツとBMWといった高級車を自らのステータスシンボルとして保有する。ミドルクラスの富裕層は中国で作られる外国メーカーの大型セダンやSUVを運転する。ほんとうの意味の中間所得層は排気量の少ない小型車を運転する。

 2008年以降、金融危機の影響により、アメリカ市場は急速に委縮している。それを受けて中国市場は一気に世界最大の市場に躍り出た。

群雄割拠の自動車市場

 かつて中国政府は明確な自動車産業発展戦略を打ち出していた。すなわち、大型車、中型車と小型車について、それぞれ国産メーカーの育成と外国メーカーの受け入れの青写真が描かれていた。2000年以降、従来描かれていた青写真は一気にほとんど崩れてしまった。なぜならば、世界すべてのメーカーは中国に進出するようになったからだ。

 今でも、中国は外国自動車メーカーによる「独資」(100%外資)の会社の設立を認めていないが、自動車産業の主導権がもはや中国にないことは明明白白である。民族系の自動車メーカーといえば、安徽省に本拠地を置く奇瑞、浙江省の吉利と広東省深センに本社を置くBYDの3社はその代表といえる。

 これまでの10年間、アメリカとヨーロッパ勢は中国市場を支配してきた。日本の自動車メーカーは明らかに乗り遅れているが、ホンダとトヨタと日産は最近猛追している。

 しかし、今、中国にいったいどれぐらいの自動車メーカーがあるかについて、おそらくそれを所管する中国政府の関係省庁でさえ調べないと分からない状況にある。当初、自動車産業の育成は中央政府の自動車産業育成戦略に基づいて展開されていたが、2000年以降、各々の地方政府はその主役となり、各地の民族系自動車メーカーと外国メーカーとのジョイント・ベンチャーが設立され、まさに群雄割拠の市場に発展してしまったのである。

 自動車メーカーの乱立は自ずと供給過剰をもたらすことになる。2008年ごろ、サプライサイドの調整が行われる予定だったが、金融危機の影響を心配した温家宝首相は景気刺激策を発表し、その柱の一つは「汽車下郷」である。すなわち、農村住民に自動車の購入を奨励する政策として、農民が自動車を購入した場合、その代金の1割強は政府が補助金として支給されるようになった。この政策により、自動車産業の「産能過剰」(オーバーキャパシティ)の問題解決が先送りされてしまった。

価格競争で淘汰始まる

 自動車産業は一国の産業技術力の象徴といえる。それゆえ、世界で自動車市場を完全に外国メーカーに開放する国はほとんどない。そのなかで、中国は自動車産業のキャッチアップを急ぐあまり、結果的に自動車市場はほぼ完全に外国メーカーに開放された。

 中国人にとって自動車は単なる交通の手段だけではなく、ステータスシンボルでもある。しかも、できるだけ人よりもいい車を保有しようとする傾向が強い。このような「見栄っ張り」の心理は自動車市場の高級化に拍車をかけている。

 民族系の自動車メーカーにとってできることならば、ハイエンドの市場に進出したいはずだが、その技術力の低さからローエンド市場に安住しているのは現状である。上で述べた民族系メーカー三社「吉利」、「奇瑞」とBYDはいずれも低価格戦略を徹底し、ローエンド車の生産に終始している。その戦略の特徴はいわば薄利多売である。

 民族系メーカーが業績を大きく伸ばしたきっかけは温家宝首相が進めた「汽車下郷」の景気刺激策である。農村住民は外国産のハイエンド車を買うほどの財力はほとんどなく、民族系メーカーの安い車は農民の購買力にちょうど適している。

 しかし2011年に入り、国内の自動車市場の様子が急変したのである。インフレが高騰したのを受けて政策のトレンドは景気刺激から金融引締に変わり、「汽車下郷」の補助金支給も廃止された。それを受けて、民族系メーカーの業績は急速に悪化するようになった。そして、日本で大震災が起きた。それをきっかけに、自動車部品のサプライチェーンが寸断され、世界の自動車市場が深刻な影響を受けている。さらに、アメリカとユーロ圏の経済は深刻な信用危機に陥っている。中国の富裕層も財布の紐を締めるようになっている。

 こうした流れのなかで、民族系自動車メーカー各社は相次いでリストラ計画を発表している。とくに、民族系メーカー三社は経営業績の悪化を受け、雇用の削減を示唆している。中国市場はこのまま縮小するとは考えにくいが、世界各国のメーカーが参入しているため、各社のマーケットシェアは必ずしも伸びない。今後、乱立する自動車メーカーは吸収・合併(M&A)による合従連衡が始まる可能性が高い。

主要都市から二級三級都市にシフトする主戦場

 これまでの自動車市場の主戦場は一級都市と呼ばれる北京や上海などの主要都市だった。しかし、これらの主要都市では、交通渋滞が酷くなり深刻な社会問題に発展しつつある。11年に入ってから、主要都市では、新車登録制限が始まっている。それを受け、主要自動車メーカーの販売台数は伸び悩んでいる。

 中国では、おおよそ5年前からモータリゼーションが本格化し、北米市場は金融危機の影響により伸び悩み、それに対して中国市場は急拡大し一気に世界一に躍り出た。しかし、中国市場はこのまま右肩上がりに拡大していくとは思えない。一つは、格差の大きい中国社会にとって中間所得層の厚みを拡大させなければ、中国市場は順調に拡大することはない。もう一つは、道路インフラの整備も課題である。都市部では、ラッシュアワーにおいて道路の渋滞は深刻な社会問題になっている。車を保有する社会ニーズがあるが、これ以上車が増えると、道路は恒常的に駐車場のようになっていく可能性が高い。

 結果的に、自動車メーカー各社の競争は徐々に主要都市から二級三級の中小都市に主戦場が変わっていくものと思われる。主要都市の一人当たりGDPに比べ、中小都市の家計の購買力はそれほど強くない。そこで売れ筋となる車種はミドルエンド以下の車が中心になると考えられる。

 現在の予測では、1台あたり100万円前後のファミリーカーは中小都市の主力車種となる。この価格帯の車種について外資と民族系はいずれもそれを作る技術を持っている。今後の見通しについて、中国の自動車市場において中国内外の自動車メーカーの間でし烈な競争が繰り広げられると予想される。

 最後に、日本の自動車メーカーは中国市場への進出が遅れたが、現在、各社は主力車種を投入することによって遅れを取り戻そうとしている。今後、日本メーカーにとり中国市場で勝ち抜くために、その優れた技術を生かしつつ、これまであまり重視してこなかった営業戦略を強化する必要がある。