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【11-10】正当性が認められていない民間金融の発展

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2011年10月12日

 中国出張で地方都市を視察したとき、高級レストランのトイレの壁に「民間借貸」のチラシが貼られているのをみた。そもそも、中国では、民間の貸金業が制度的に禁止されている。法定金利を大きく上回るこうした民間の貸金業は「地下金融」と呼ばれている。

 30年前、「改革・開放」政策以前の中国では、民間の貸金業は皆無の状況だった。「改革・開放」政策が始まり、経済が自由化するにつれ、個人経営の零細企業を中心とする民営企業は徐々に現れてきた。

 しかし、実体経済の自由化に比べ、金融の自由化が大幅に遅れ、正規の金融システムは基本的に国有企業に対応するものである。すなわち、大手銀行は国有銀行であり、国有企業にしか融資を行わない。現在、株式制の銀行も設立されているが、その株主構成をみると、政府機関や地方政府が軒をつられており、国有銀行となんら異なるところがない。

 その結果、民営企業は資金調達の道がなく、設備投資などの長期資金は親族や友人などからの借り入れに加え、工場の不動産や設備を担保にファイナンスするのが一般的なやり方である。しかし、従業員の給料やボーナスの支給および部品の仕入れに伴う支払といった短期的な資金需要に対応するような調達手段がないため、中小民営企業の多くは民間金融からの借り入れに頼っている。これは中国で民間の貸金業が繁盛する背景である。

急がれる非正規金融の正当化

 政府は民間貸金業の正当化を認めていない。それには大きく二つの背景がある。

 まず、金融政策の有効性を担保するために、正規金融の体外で流れる流動性の規模が膨張すればするほど、金利政策などの伝統的な金融政策の有効性が阻害されてしまう恐れがある。なぜならば、民間貸金業の金利は中央銀行が定める基準金利に連動せず、民営企業の資金需給によって決まるものである。その結果、中央銀行はある政策目標をもって金利を調整しても、市中の資金量は中央銀行の思う方向へ調整されない可能性が高くなる。

 そして、既存の正規の金融機関を保護するためである。仮に政府は民間の貸金業の正当化を認めれば、金融市場への参入規制が大幅に緩和され、既存の正規の金融機関の存在が脅かされることになる。中国政府は為替も国内の商業金融も資金の集中政策を取っている。すなわち、正規の金融システムの体外を流れる流動性を極力抑制し、体内に取り込もうとしている。その結果、非正規金融システムが抑制され、地下金融化している。

 中国経済発展の方向性を考えれば、非正規金融の抑制措置は明らかに間違っている。金融政策の有効性が十分に発揮されない原因は今も続いている金利規制である。したがって、金融政策の有効性を高めるためには、金利の「市場化」(「自由化」を進めることが先決である。また、国有銀行が政府によって保護されているため、その信用創造のビヘイビアは市中の資金需給に応じて変化せず硬直化している。何よりも、国有銀行体制では、不良債権が蓄積しても、倒産する心配がなく、市場からの圧力を受けない。これこそ既存金融システムの問題である。

 一方、既存の正規金融システムは国有企業など大手企業を中心に融資などの金融サービスを行っているが、中小企業金融を専門に行う金融機関は存在しない。中国経済は持続して成長していくために、中小企業を中心に裾野産業を広げていくことが重要である。しかし、中小企業金融システムが整備されなければ、裾野産業は思うように育たないと思われる。

問題の多い非正規金融

 民間金融の正当性が認められていないために、それが地下金融化している。地下に潜った民間金融は暴利を狙う高利貸しに変身しつつある。時系列でみれば、地下金融の繁盛ぶりと中央銀行の金融政策と負の相関性が考察される。すなわち、中央銀行が金融緩和政策を実施すると、地下金融の金利が低下し、融資規模も縮小する。逆に、中央銀行が金融引締政策を実施すると、地下金利の金利が上昇し、融資規模も急拡大する。

 また、地下金融は景気動向とも密接に連動している。景気が減速局面に転換すると、地下金融は逆に繁盛するようになる。景気が上向けば、かつ中央銀行の金融政策が中立的であれば、地下金融の融資規模が拡大しない。

 実際の例をあげてみよう。2008年アメリカのサブプライムローンの問題が表面化し、世界経済が金融危機に晒された。製品を輸出する中小企業から輸入業者からの貿易代金の支払いが滞るようになった。その影響を受けて、地下金融の金利は40%に跳ね上がった。その後、政府は金融緩和政策を実施した。それを受け、地下金融の金利は下落こそしていないが、それ以上上がらなかった。

 2011年に入り、インフレ再燃が深刻化し、国務院と人民銀行(中央銀行)は金融引締の姿勢を鮮明にした。半年以上も金融引締が続いた結果、中小企業を中心に資金繰りが難しくなっている。8月に行った調査では、地下金融の金利は平均して60%に達したといわれている。

 しかし、一週間以内の短期の借り入れとはいえ、60%の金利では、製造業の中小企業にとって地下金融での借り入れは命取りとなる。事実、浙江省や福建省などの沿海部で地下金融の高利貸しで資金を借りた中小企業の経営者は夜逃げや失踪の事件が多発しているといわれている。中国経済は高成長を続けているが、こうしたミクロの変化からみて、すでに変調が始まっているように思われる。

 民間金融が地下金融と呼ばれているように、正規の法律ではそれを規制することができない。何よりも中小企業の資金需要に正規の金融システムが対応していないため、地下金融が繁盛しているのである。現状を打破するために、上で述べた国有銀行と金融市場の改革に加え、非正規金融の正当性を認め、正規の金融システムに取り込むことが重要である。

急がれる中小企業金融システムの創設

 日本は世界で中小企業金融がもっとも整備されている国である。中小企業に融資する専門の金融機関が設立されているだけでなく、中小企業の信用力が弱いことを補うために、中小企業信用保証制度も創設され、中小企業に信用保証を提供している。また、中小企業に融資する金融機関を守るために、中小企業信用リスクをリサーチし、情報を提供する組織も設立されている。無論、それでも中小企業のファイナンスにハードルが高いのは実態である。

 それに対して、中国では、中小企業金融システムは皆無の状況にある。中小企業信用保証制度の設立を試みる実験が90年代に行われたが、失敗に終わった。その結果、国民貯蓄の多くは正規の金融システムを通じて大手企業、とりわけ国有企業に集中している。このような流れを変えなければ、中小企業の発展が望めず、中国の産業競争力も強化されない。

 実は、中国にとってやるべきことはすでに明明白白である。日本で成功したモデルを中国社会の実情に照らして再アレンジして構築していけばいいはずである。そのときの妨げはやはり国有銀行を保護しようとする政府の意識転換である。中国は真の市場経済体制を構築しようとすれば、官と民の所有制を区別せず、公正な市場環境の構築が求められている。