【11-12】消費者目線からみたインフレーションと住宅バブル

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2011年12月 7日

 経済学者やエコノミストはマクロ経済統計を駆使して経済成長とインフレなどを計算する。しかし、家計の主婦や定年退職者は限られた収入を上手に使うのが日常生活そのものである。そこで、政府や経済学者により経済成長率が10%に達したといわれても、中国の一般家計の所得がほとんど伸びていないのは実情である。したがって、感覚的に経済成長は一般家計の生活と直接関係しないと思われている。それよりも、物価の上昇、すなわち、インフレーションの再燃は家計に深刻なダメージを与える。しかも、家計にとってもっとも痛みを感じるインフレーションは政府が公表する消費者物価指数ではなく、食品価格指数である。

 考えてみれば、中国の消費者物価指数はおおよそ6%であり、デフレの日本にとり少々のインフレのほうがむしろ不良債権の償却などに有利といわれている。しかし、家計にとって消費者物価指数は6%前後でも、食品価格指数は二けたに達し、生活レベルはその分大きく低下している。

食品のインフレ

 政府と研究者は経済成長率などを実質化するために、物価指数、すなわち、物価の伸び率を計算することが多い。その作業自体は無意味ではないが、家計にとって物価指数よりも、物価の名目水準のほうが重要になる。なぜならば、インフレ率が大きく上昇したあと、落ち着いてこれば、政策当局にとって政策効果の現れになるが、家計にとって物価がインフレの上昇分だけ下落しなければ、そのまま高止まりした場合、生活難が解消されないからだ。

 今年の10月、上海へ出張に行った際、定点観測しているタイ資本の大型スーパーの食品売り場を覗いてみたが、びっくりした。というのは、上海人が大好きな魚の一種、マナカツオの値段はとんでもなく高かったからだ。せいぜい250グラムの小ぶりのマナカツオは1尾でなんと68元(約800円)もする。日本よりも高い。東京のアメ横の魚屋へいけば、350グラムのマナカツオは1000円3尾も買える。通りに、魚売りの前を主婦らはみんな素通りしていく。現在の上海でサラリーマン家計にとってマナカツオは高根の花になっているのかもしれない。

 魚のマナカツオはインフレ再燃の一斑であり、2010年から食品価格は全般的に高騰している。普通の消費財であれば、消費者はインフレ期待のマインドが高まれば、買いだめに走るようになる。しかし、食品の場合、いくらインフレ期待が高まるといっても、先生食品の場合、買いだめ効果が限られている。また、食品価格は需要増によって高騰する可能性が低い。すなわち、消費者は所得が増えたからといっても、食品の消費を大量に増やすことが考えにくい。

 では、なぜ食品価格が高騰するようになっているのだろうか。

 大きくいえば、二つの背景がある。一つは、農産物や水産物の生産にかかわる資材の価格が高騰していることである。農産物の場合、肥料、飼料、農薬とビニールなどの価格が高騰しているため、農民はそのコストを農産物価格に転嫁している。そして、水産物の場合、漁師にとってディーゼルの価格が高騰するだけでなく、養殖魚のエサ代も加算している。したがって、今回のインフレ再燃はcost pushによるところが大きい。

 一方、もう一つの背景は不透明な流通システムに起因するものである。生産者からエンドユーザーまでの流通経路が不透明で長いのは問題である。その間、流通コストがどんどん加算される。不合理な流通コストは生産者にとっても消費者にとっても百害あって一利ないものである。いかにして生産者から消費者までの流通経路を短縮させるかは緊急な課題である。

インフレと貨幣価値

 本来ならば、インフレーションはその国の通貨価値の下落を意味するものである。というのはインフレにより通貨の購買力が弱くなるからである。確かに、中国の一般家計の所得はインフレが再燃しているにもかかわらず、ほとんど伸びていない。その結果、家計の購買力が弱くなっている。もともと、中国の消費市場は弱く、民間部門の消費はGDPへの寄与度がわずか30%程度しかない。内需振興と叫ばれて久しいが、食品インフレ再燃により民間部門の消費はいっそう伸び悩むことになると思われる。

 しかし、不思議な現象が起きている。すなわち、インフレが高騰するなかで人民元は国内的に切り下げているはずだが、対外的にドルなどの主要通貨に対して切り上がっている。通貨の為替相場が内外の交易条件を反映して決まるといわれている。この考えからすれば、中国は毎年2000億ドル前後の貿易黒字を実現しているため、人民元が対外的に切り上がるのは当然と考えるのも無理はない。ただ、国内的にインフレが高騰していることから、人民元の切り上げは限りがあると考えるべきである。

 一つ重要な要因を考慮に入れなければならない。それはインフレが再燃するなかで、実質金利がマイナスになっている。投資家にとっての投資収益の期待は急速悪化している。これまで国際貿易の黒字と外国企業直接投資に伴う外貨の流入意外に、外国のファンドは投機・投資を目的に巨額のホットマネーを中国に持ち込んでいるが、2011年10月、外貨の流れははじめて逆転し、約300億ドルは海外へ逃げた。この動きが恒常的になるかどうかはこれからきちんと注目していく必要があるが、少なくとも、中国経済の先行きとインフレの再燃に対する懸念が高まっているのは事実であろう。

 忘れてはならないことだが、中国では今でも資本取引規制が実施されている。本来ならば、外貨を海外へ飛ばすのは簡単なことではないはずだが、ITの時代に古典的な資本取引規制はその効果を失いつつある。規制当局は外貨の流れを力で止めることができなくなっており、それを変えるならば、投資家のマインドを変えるしかない。すなわち、投資家の心配を払しょくすることである。

 最後に、明らかにしておきたい点がある。食品のインフレは生産者の利益になれば、問題はそれほど深刻ではないが、現在の食品インフレは悪質な問屋にメリットを与え、農民などの生産者にとってほとんど利益になっていない。このまま、インフレ再燃が長期化すると、農民は生産意欲が低下すると同時に、消費者の消費意欲も阻害されてしまう。これこそ中国経済が長期低迷の入り口に誘い込まれるカントリーリスクとなる。


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