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【12-01】問われる日本企業の対中投資戦略のあり方

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2012年 1月23日

 先進国のなかで日本企業はもっとも早く中国に進出し、家電などの生産を行った。おおよそ30年前、一部の香港企業は中国に工場を移転しはじめた。それとともに、日本の家電メーカーは香港企業、さらにその後、台湾企業と連携して中国の沿海部に進出した。最近の調査によれば、現在、中国に進出している日本企業は資本提携している「合作企業」を含めれば、おおよそ4万社に上るといわれている。

 しかし、日本企業の対中投資は決して順風満帆ではないようだ。否、約2、3割の日本企業は中国での経営が赤字に転落し本社からの「輸血」を受けながら、かろうじて存続している。なぜ日本企業の経営は必ずしも芳しくないのか。どのような戦略をとるべきか。その出口はどこにあるのだろうか。

1.トヨタとGM

 信用危機に見舞われているアメリカ経済だが、GMを含むビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)はいずれも倒産、また倒産寸前にまで陥った。GMの例をみれば、アメリカ政府から650億ドルの資金注入を受け、実質的に国有化されたあと、再び上場した。しかし、GMの再上場を支えているのはGM中国のビジネスの成功である。仮に、GMは中国部門を閉鎖すれば、再上場どころか、おそらく倒産または企業そのものを売却することになる。

 そうしたなかで、2011年の世界主要自動車メーカーの販売台数が発表され、トヨタは世界一の座を失い、GMは再びトヨタの実績を上回るようになった。先進国の需要が大きく落ち込むなか、今後、自動車を含む主要産業の命運を握るのは中国の市場動向と各社の中国戦略といえる。

 なぜGMの中国ビジネスが成功しているのだろうか。その背景は決して複雑なものではない。というのはGMは自らの心臓部である研究・開発部門まで中国にシフトしたからである。すなわち、GMにとって中国市場はアメリカ市場を補完的な存在でなく、GMの主戦場になっている。中国を攻略する戦略も本格的なものである。

 一方、トヨタを含む日本の自動車メーカーをみると、中国市場は主戦場ではなく、あくまでも先進国市場を補う補完的な存在にすぎない。その結果、日本メーカーの中国戦略も本格化しておらず、社内の最優秀な人材が中国ビジネスに投入されていない。グローバルの経営戦略と市場競争は端的にいえば、人材をめぐる競争である。すなわち、どれだけ優秀な人材を獲得し、それを生産的に生かすかは市場競争の行方を握る。

 たとえば、トヨタの中国市場の読み間違いについて一つの例をあげれば、中国の自動車市場は極端に二分化されており、トヨタにとってローエンドの市場に進出しても戦える余地がないにもかかわらず、ミドルエンド以上の車種の投入と販売戦略は依然中途半端である。具体的に、現在、中国の高所得層はセダンからSUVに乗り換える傾向が強い。韓国メーカーはその動向をリアルタイムで察知し、中型と大型のSUVを中国に適切に投入し、大成功を収めた。

 それに対して、トヨタが売り出しているSUVの名品はハリアであるが、なぜか中国での生産を行っていない。その代わり、日本からハリアをスペックアップしたレクサスのRXを日本から中国に輸出している。ただし、海外から完成車を中国に輸出すると、その値段は割高となり、価格競争力が著しく低下する。現在の中国人の所得分布を解析するまでもないが、レクサスの輸入車が中国で爆発的に売れることは考えにくい。でも、仮に、ハリアを中国で生産すれば、価格を低く抑えることができ、きっと爆発的に売れると期待される。

2.上海三菱エレベーター

 無論、日本企業の中国進出の成功例もある。その一つは三菱電機と上海電気と合弁して作った上海三菱エレベーターである。上海三菱エレベーターは上海電気が約7割、三菱電機が約3割出資して作った合弁会社である。2011年の生産台数は45000台であり、単一工場の生産台数として世界一といわれている。

 上海三菱の責任者に「三菱電機から経営への関与があるのか」と尋ねたら、「一切ない」といわれた。「では、親会社(三菱電機)の生産能力をはるかに上回ったので、いずれ親会社を凌駕すると思うのか」と聞いたら、「われわれは親会社との距離が縮んでいない。三菱電機は常にわれわれの先生である」と中国人にしては異例な低姿勢である。

 確かに、上海三菱と三菱電機の間にはよい補完関係が築き上げられている。三菱電機はハイエンドのエレベーターの研究開発と生産に専念しているのに対して、上海三菱はミドルエンドの製品がほとんどである。何よりも合弁双方は同床異夢ではなく、硬い信頼関係ができているようにみえる。従業員1600人のエレベーター工場だが、工場内で従業員同士はきちんと挨拶する。まるでファミリーのようだ。道理に、社長が提唱する会社のモットーは「大家・小家、和諧一家」(大きな家(会社)と小さい家(自分の家)はみんな調和のとれた家)である。

 上海市政府の幹部の引率で上海三菱を見学したが、昼ごろになって、いっしょにランチを食べようと勧められ、豪華な中華料理を期待していたが、社員食堂の個室で簡単な中華定食。社長も普通の従業員も見学の客も同じ定食。コーヒーはインスタンド。きわめてスマートの経営スタイル。帰りがけに、「御社の離職率はどれぐらい?」と聞いたら、「ほとんどない」といわれ、でもびっくりしなかった。そこから素晴らしい企業文化が見えているからである。

3.どうする?日本企業

 マスコミなどで、中国企業のイメージについて外国企業の技術や製品をコピーし偽物しか作れないようにミスリードするような報道が多い。確かに、知的財産権を侵害する中国企業はまだ多数存在するが、時系列的に振り返れば、中国企業のキャッチアップは一目瞭然である。何よりも、一人当たりGDPの拡大に伴い、中国市場も大きく変貌している。

 最近、中国では、「純粋外国製」を謳い文句にする高級ショッピングセンターが開設され、人気を集めている。日本企業にとり、中国経済の台頭と中国企業のキャッチアップは脅威ではなく、ビッグチャンスである。ここで、重要なのはこうしたチャンスをしっかり手にすることである。

 企業のグローバル経営の基本は、まず、進出先の従業員と客との信頼関係づくりである。そして、優秀な人材を獲得し、それを生かすことである。さらに、経営の持続性を強化するために、進出先の風土にぴったり合うような企業文化を再構築していかなければならない。

 二流・三流の人材しか集めることができない企業はそもそもハンディを背負うことになる。そのうえ、会社と従業員との関係はあくまでも労働契約のレベルにとどまるようだったら、従業員の愛社精神が生まれてこない。結論的にいえば、中国に進出している日本企業の経営者は現地の従業員に対してある種の愛情をもって接することが先決である。残念ながら、中国に進出しているが、日本の本社の社長が現地に行っても現地の日本人社長と上海蟹を食べにいくことがあっても、現地の従業員と懇親したことがない、という経営者はほとんどではないだろうか。