【12-05】中国の食品は、いつ安全になるのか

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2012年 5月17日

 数年前、中国から輸入された冷凍ギョウザに毒が混入し、日中間で大きな問題となった。その後、中国の警察当局の調べで事件と認定されたが、犯人は見つかっておらず、真相は闇のままである。製造元(河北省)の工場長の記者会見などによると、毒を盛ったのは、同業者の可能性もある、ともいわれている。

 毒ギョウザ事件が、仮に「敵」による犯罪だとすれば、「三鹿乳業」(河北省)の牛乳にメラミンが混入した問題は、「敵」によるものではなく、自らの手によるものであった。

「三鹿乳業」は中国の大手乳飲料メーカーだったが、粉ミルクにメラミンが混入した結果、それを飲んだ多数の乳児が尿管結石となり、犠牲者まで出した。その後の調べで、粉ミルクなどを製造する地場の乳飲料業者の多くは、牛乳にメラミンを混入していたことも分かってきた。

 以前、出張先の北京で、乳飲料メーカーに関するブラックジョークを聞いたことがある。それは、三鹿事件について他の乳飲料業者が、「我々は牛乳にメラミンを混入していたが、問題は見つからなかった。しかし、三鹿はメラミンに牛乳を混入したから、ばれた。三鹿は、いくらなんでもやり過ぎだった」と言った、というものである。

1.法整備だけでは不十分

 中国で起きている食の安全を巡る事件や事故は、珍しい話ではなく、むしろ日常茶飯事になっている。

例えば、人気食材であるモヤシは、その白さを強調するために、業者が漂白剤で漂白してからマーケットに出すことが多いといい、養豚業者は、豚肉の質を良く見せるため、餌にホルモン剤を大量に混入する、と聞く。もし、オリンピック選手が、市販の豚肉を食べたら、ドーピング検査で間違いなく引っかかる、とまで言われる。

 3月下旬、中国有数のお茶の産地、浙江省杭州市に行ってみた。お茶農家が直接経営する中国茶の喫茶店「茶芸館」で、龍井(ロンジン)茶という有名な緑茶を飲んでみた。茶芸館の経営者は「5月以降に摘まれたお茶は、絶対に飲まないでください」と教えてくれた。お茶農家は5月から、殺虫剤や除草剤を大量に散布するためらしい。

 中国では、食品に対する不安が日々、深刻化している。だいぶ以前に北京へ出張した際、ホテルのビュッフェで食事をした。その時、ある中年の中国人宿泊客が、料理が入った鍋のふたを開けては確認していたが、一向に食べようとしない。

最後に、味噌汁が入った鍋のふたを開け、ホテルのスタッフに「何か添加剤を入れたのか」と尋ねていた。スタッフが「味噌は日本から直接輸入したもので、何も入れていない」と答えると、この宿泊客は味噌汁だけ飲んで帰っていった。ここまで神経質な客は、ごく少数と思われるが、食品に対する信頼が完全に崩れてしまった、と感じた。

 専門家の間では、食品の安全性を担保するために、きちんとした法整備を行う必要がある、と指摘されている。中国には「食品衛生法」(1995年施行)、「食品安全法」(2009年施行)などが、すでに施行されている。

これを交通問題に例えると、中国の道路の必要な個所には、すでに信号が設置されているが、問題は、人々がその信号を守らない、ということである。法律も重要だが、同時に、法律を守らせる司法制度を整備し、強化する必要がある。

2.いかに「透明性」を担保するか、がカギ

 食品の安全性を脅かす事件が相次いでいる。一つは、「地溝油」(下水溝の油の意味)事件である。中国では一部の地域で、煮え立たせた辛い油のスープに、羊の肉や野菜などをくぐらせ、タレにつけて食べる習慣がある。いわゆる「中国式しゃぶしゃぶ」の火鍋である。

問題は、油の原料にある。レストランなどの飲食業者が、しゃぶしゃぶ用の油を使い回す問題は以前から指摘されていたが、中国のテレビ局の潜入取材によって、業者が病死した豚の肉を煮込んで、しゃぶしゃぶ用の油を「精製」していたことが暴露された、という。

 もう一つの大きな事件は、薬用のカプセル問題である。一部の製薬会社は、古い革靴や革製の鞄などを煮込んで、それに含まれるゼラチン物質を取り出し、薬用のカプセルを作っていた。先日、中国に出張した時、薬を毎日服用する老人たちが苦笑いながら、「俺は昨年1年間に、古い革靴を二足分、飲んでしまった」と話してくれた。

 このように、食の安全を脅かす事件が多発し、しかも、ますます内容がエスカレートする様相を呈している。どのようにして事件を食い止めるか、が緊急の課題となっている。

現状では、政府の監督部門は、監督責任を十分に果たしていないように思われる。政府は、「人民の食卓の安全性を守らないといけない」と意気込むが、状況は改善するどころか、むしろますます悪化しているようだ。

 実は、政府部門がきちんと取り組もうとしない背景の一つに、政府の幹部たちに対する特別供給制度の存在がある。

政府の幹部たちが食べているのは、スーパーなど通常の小売ルートで流通する食品ではなく、特別な供給システムで届けられる安全・安心な食品(「特供食品」という)なのである。一般の国民と違うものを食べているから、国民が毎日食べている食品が安全なのかどうかには余り関心がない。それはある意味で、当たり前のことである。

政府の監督部門に監督責任をきちんと果たしてもらうためには、まず、特別供給制度を大幅に縮小し、政府の幹部は、原則として全員スーパーで食品を調達することにする、といった見直しが必要だ。

食の安全を担保するためには、食品の生産・供給過程に関する情報の透明性を拡大させる必要もある。

そのヒントは、日本の小さな居酒屋やラーメン店にある、と思う。

日本の小さな居酒屋やラーメン店は、客がカウンター越しに注文して、料理人が客の目の前で調理する。だから、どんな材料を使っているか、も一目瞭然である。中国のレストランの厨房も、ガラス張りにすることが必要かもしれない。

3.究極の対策は、消費者と生産者が同じ舟に乗ること

 中国の大河の河口地域では昔から、フグを食べる習慣がある。それは河フグの一種で、内臓に猛毒がある。肉質が良いと、金持ちの間で珍重されている。しかし、中国にはフグを調理する専門の資格制度がなかった。言ってみれば、金持ちの人たちは、毎回命懸けで、フグを食べに行くようなものだった。

 そこで、金持ちの人たちは、究極的な安全策を考えた。フグ料理が出ても、自分たちは食べず、それを調理した料理人に目の前で試食してもらう。安全が確認されてから、初めて自分たちは食べる、という方法だ。

 日本のラーメン店でも、店長が時々、店のラーメンを試食する店は、大抵おいしい店だ、といわれる。なぜなら、こういう店では、生産者と消費者が同じ舟に乗っているからである。

出張先の中国のレストランで料理を注文する際、店員に「この料理の味は?」と聞いても、「食べたことがない」と言われると、何となく心配になってくる。

 毎年3月15日は中国の消費者保護の日にあたり、大々的なキャンペーンが繰り広げられる。しかし、こうしたキャンペーンで、悪質業者がいくら摘発されても、モグラ叩きのように、次から次へと悪質業者が現れてくる。

ここで、考えられる究極的な食品安全対策は、監督者、生産者、消費者を、同じ舟に乗せることである。三者に本当の意味の接点がなければ、食品の安全性は確保されないだろう。


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