【12-06】構造転換期の新成長戦略のあり方

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2012年 6月18日

 中国経済の景況感は、明らかに悪くなっている。2012年第1四半期(1~3月)の経済成長率は前年同期比8.1%増と鈍化し、8%を割る寸前となった。

 5月に中国の大手蒸気タービンメーカーを見学したが、その時、工場長から「今年の受注額は昨年より3割減っている」と聞いて驚いた。一般に、電機産業は景気に最も敏感、と言われている。タービンメーカーの受注額が3割減というのは、明らかに景気の雲行きが怪しいことを示している。景気悪化の要因は、欧州信用危機の長期化による外需の停滞と中国の内需不足にある。

 1997年7月に勃発したアジア通貨危機は、外需依存型の「外向型発展モデル」は持続不可能である、という教訓を残した。その後、朱鎔基首相(当時)は、持続可能な発展を目指すため、産業構造転換を目標に掲げ、経済発展モデルを「粗放型」(資源浪費型)から「集約型」(資源節約型)に改めようとした。しかし、発展モデルの転換は今も不十分だし、内需も十分に喚起できてはいない。

1.進まない発展モデルの転換

 今回の信用危機で、「外向型発展モデル」は持続不可能なことが改めて浮き彫りになった。中国にとって、単に外需が弱くなっただけでなく、国内の人件費が上昇し、人民元の対ドルレートが切り上がったことも、輸出減速の大きな要因だったのである。

 中国では労働者の人件費が抑えられてきた。しかし、賃金抑制を続ければ、労働者はいつまでも経済発展のメリットを十分享受できないことになる。合理的に考えて、労働者の賃金をいつまでも抑制することは不可能である。

 また、人民元の為替レートも、同様に、いつまでも抑えることはできない。中国政府は輸出促進のため、人民元の米ドルペッグ(ドル連動)制を採り、2005年までは事実上、固定相場制を実施していた。

 しかし、経済が成長を続けているのに、通貨の為替レートは固定のまま、というのでは、いつか合理性は主張できなくなる。

 固定相場制を続けた結果、中国は毎年、巨額の貿易黒字を生み出していった。中国の主要な貿易相手である欧州連合(EU)、米国の圧力によって、中国は05年、ついに人民元の為替レート切り上げに踏み切ることになる。

 中国に高成長をもたらした改革開放以来の発展モデルは、①信用危機をきっかけとした外需の停滞、②国内の人件費の上昇、③人民元の切り上げによって、終止符が打たれることになった。

 中国は新たな発展モデルを模索しているが、朱鎔基前首相が進めようとした内需主導型への転換は今も実現していない。発展モデルの転換は、なぜ遅々として進まないのだろうか。

 端的にいえば、中央政府と地方政府の間に認識のズレがあるためだ。中央政府レベルでは、「発展モデルの転換」の必要性が認識されていても、地方政府レベルでは依然として、経済成長が至上命題と位置付けられているのである。

 中国にとって重要なのは、いかに高成長を持続するかではなく、生態環境を含めて持続可能な新成長戦略を模索することである。環境に配慮し、内需と外需のバランスを取りながら、成長率の最適化を図ることが重要なのである。

2.新たな「華南モデル」と「蘇南モデル」の模索

 新成長戦略をめぐって、新たな動きも見られる。改革開放のフロンティアだった広東省では、「幸福広東」が新たなコンセプトとして打ち出された。また、国内総生産(GDP)が広東省に次いで2位の江蘇省は、「近代化の実現」を掲げ、2020年までに中進国レベルの社会となることを宣言している。

 産業構造の高度化と技術水準の向上は全国各地で模索されているが、広東省と江蘇省が特に注目されているのは、その政治的な背景が関係している。広東省のトップである共産党広東省委員会書記の汪洋氏は、中国共産主義青年団(共青団)出身で、胡錦濤チルドレンと言われている。今秋の共産党大会で、権力の中枢である政治局常務委員に選出され、次期政権の主力メンバーになるとの見方がある。

 元々、広東省は、「太子党」の牙城だった。太子党は、共産党高級幹部の子弟など特権的な地位にある人たちのことで、共青団とよく対比される支配層のグループである。

 広東省を代表する政治家といえば、故葉剣英氏の名前が挙がる。故鄧小平氏の盟友で、1976年の四人組逮捕の立役者の一人だった。葉氏の出身地である広東省は、葉一族の「領地」のような状態が続き、長男の葉選平氏も省長を務めた。広東省の省長人事は、葉一族の了解が必要だった、とも言われ、歴代省長は広東人が目立つ。

 2012年1月、共青団出身の朱小丹氏(浙江省温州籍)が新しい省長になった。この人事は、共青年団グループの大躍進といえる。同時に、広東省では「幸福広東」の理念が打ち出された。「幸福広東」はどういうものなのだろうか。

 2011年11月、広東省長経済顧問会議に参加した時に得られた印象によると、「幸福広東」は、低賃金を前提とした従来の発展モデルと決別し、賃金の上昇を受け入れ、技術水準を向上させる新たな発展モデルへの転換を目指す、ということのようだ。

 同時に、汪洋氏は民主的な政治改革に意欲を示しており、広東省でその試みを始めている。つまり、全ての人が経済発展のメリットを享受できる調和のとれた社会を作っていこう、ということらしい。そのためには、これまでタブーとされてきた政治改革にも、果敢に取り組む、ということだろう。

 一方、江蘇省の「近代化の実現」という新成長戦略は、胡錦濤総書記の指示によるものとされ、温家宝首相も同省を視察した際、同省幹部に指示した、と言われている。しかし、実際の推進役は、胡錦濤チルドレンで共産党中央組織部長の李源朝氏ではないか、と思われる。李氏は中央組織部長に就任するまで、江蘇省のトップ、共産党江蘇省委員会書記だった。新成長戦略の試みが、江蘇省というロケーションを考えると、意味深長と言えるだろう。

 広東省を中心とする「華南モデル」と江蘇省南部を中心とする「蘇南モデル」は改革開放後、中国の高成長を支えてきた二つの成功例である。少し遅れて、市場経済化の本格的な舞台となったのは上海であるが、新成長戦略の試みは、再び改革開放の原点に立ち返って、改めてスタートを切った形である。

 背景には、江沢民氏が率いる上海閥、上海閥と密接な関係にある「太子党」、それに共青団という三つどもえの権力争いがある。新成長戦略の構築において、誰が主導権を握るのか、関心を呼んでいる。

 権力争いの行方はともかく、新成長戦略が成功するかどうか、は戦略の中身にかかっている。この10年間は改革が大幅に後退したと言われ、国民は大胆な改革を熱望している。故鄧小平氏は「白猫だろうが、黒猫だろうが、ネズミのとれる猫がいい猫である」と言った。青年団だろうが、太子党だろうが、国民から見て、改革をきちんと進め、国民の幸せな生活を実現する指導者が、いい指導者である、と言ってよいだろう。


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