【12-10】新たな日中関係の展望-危機をチャンスに

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2012年10月26日

 一時帰国中の丹羽宇一郎駐中国大使は母校の名古屋大学での講演で、日中関係は国交正常化以来最悪の状況に陥っており、回復にはさらに40年かかるかもしれないと述べた。大使の発言として適切かどうか議論が残るが、新たな日中関係の展望についてやや悲観的過ぎるのではないかと思われる。

 なぜ日中関係はここまで悪化したのだろうか。その直接的な原因は尖閣諸島(中国名:釣魚島)の領有権を巡る両国の対立にある。しかし、日中間で懸案となっているのは尖閣問題だけではなく、歴史認識の問題、教科書問題、日本の政治家の靖国神社参拝、中国の台頭に伴う脅威論、中国の軍拡問題など多岐にわたる。

 実は、これら難題が山積する状況を両国が直視せず、解決を先送りしてきた姿勢が、今日、日中関係を悪化させた根本的な原因である。ここで再確認しておきたいことは、かつての戦争および戦争責任に関する清算は、残念ながら十分になされておらず、日本人と中国人の間で戦争責任に関する認識について大きなずれが存在していることだ。日本人の多くは、日本の首相が訪中するたびに、戦争を起こした責任について遺憾の意を表してきたのに、なぜ中国人は未だに許してくれないのだろうか、と思うかもしれない。それに対して中国人は8年に亘る抗日戦争について、日本の首相が遺憾の意を表すだけでは問題の解決にならないと思っているようだ。

 否、もっと深い怨恨があるのではないか、と最近思うようになった。日中双方には過激分子が存在する。日本の過激分子は、戦争で日本が中国に負けたわけではないとし、気分としては、中国からさんざん指摘されることに不満を感じている。それに対して、中国の過激分子もことあるたびに、過激な言葉づかいで日本を罵っている。かつて日中友好が日中関係のメインストリームを占めていたころは、こうした挑発的な過激分子の動きが抑制されていたが、近年、メインストリームの日中友好派が高齢化するにつれ、挑発的な過激分子の言動を抑制できなくなったのが実態であろう。

1.戦争の負の遺産

 日中関係を論ずるうえで避けて通れないのは、あの戦争の負の遺産である。日本人からすれば、いまだに中国人と韓国人が、日本は軍国主義を復活させようとしているとことあるたびに指摘するのは、なぜなのか、と感じるかもしれない。日本で生活する筆者は、ごく一部の日本人は軍国主義の復活を夢みているのかもしれないが、国としては軍国主義に戻らないだろう、と確信している。たとえば、日本の一部の論者は、日本政府が軍事費をもっと増額すべきだと主張するが、現実的に不可能である。

 いかなる側面からみても、日本は平和な国である。とはいえ、中韓両国の日本に対する国民感情は、なかなか改善しない。なぜならば、あの戦争の記憶は簡単には拭い去ることができないからだ。もし日本が外国の軍隊に8年間も占領され、自国の軍人と大衆が多数殺されていたら、70年前のことだから忘れてください、といわれても、忘れることはないはずである。

 24年前、筆者は名古屋に留学するため南京を出発する際、80歳の祖父に呼ばれ、「日本に行ったらしっかり勉強してきなさい」と激励された。そばにいた祖母は、「実は、戦争のとき、おじいさんは無錫で日本軍に捉えられ、20日間留置所に入れられた」と初めて教えてくれた。幸い、祖父は兵士でないことが証明され、その後、釈放された、ということだった。印象的だったのは、あのとき祖父も祖母も淡々と孫の私に過去のことを伝えただけで、目に怒りの色はなかった。そうでなければ、今、自分は日本にいなかっただろう。

 繰り返しになるが、戦争から70年以上経ったとはいえ、被害者が戦争のことを忘れることはない。おそらく日本人も同じだと思われる。幕末・明治初めの戊辰戦争の怨みで会津若松の住民は山口と鹿児島の人を嫌うとよくいわれる。無論、いつまでも過去の重荷を背負っていては前に進めない。

2.交流の必要性

 長い間、アメリカ人にとって、中国人は最も分かりにくい民族だった。中国人の国民性は、アメリカ人にとって分かりにくく、不安だったようだ。アメリカにあるチャイナタウンは、アメリカの普通の人が立ち入ってはならないところだったようだ。同時に、アメリカの宣教師は、世界で一番の冒険家といえるかもしれない。ノーベル文学賞を受賞した「大地」の作者パールバックは、中国人の心の奥まで洞察できたからこそ、あの不朽の作品を創ることができたのだろう。1949年当時、アメリカの駐中国大使スチュアート・ライデンは宣教師だったが、中国人以上に中国語と中国文化に精通する専門家だった。

 それに対して、今の日本は、本当の中国問題専門家がずいぶん少なくなったと思う。一つ明らかにしておきたい点は、中国が好きな人が中国問題の専門家とは限らないということ。戦後日本の教育の一番の弱点はここにあり、英語教育は英文教育に変化し、中国語教育は、さらに低レベルになっている。

 筆者もたびたび中国語ができると自称する日本人にいろいろな場で出会うが、正直に言って、中国語を使って普通にコミュニケーションできる日本人は、ごくわずかである。何より致命的なのは、日本はグローバル化に遅れたせいか、とくに外国人に対し、人を見る眼力が一向に向上しない点である。中国に駐在する日本人には一つの傾向が顕著にみられる。それは、中国人の悪いところばかり目を向けがちということである。この現象から推察すると、日本人駐在員が良い中国人とはあまり付き合わず、悪い中国人とばかり付き合っているのではないか、と考えざるを得ない。

 我々は幼いころ、いつも親から、いい友達と付き合い、悪い仲間と付き合わないように教えられてきたはず。しかし、なぜか、中国に駐在している日本人は、良くない中国人と友達になっているケースが少なくない。出会う場所は酒場であったりする。どんな国でも教養がある人は、そんなに自己ピーアールはしない。その人が玉か石かを見分けるのは、自身の眼力にかかっている。

3.日中関係改善の手がかり

 丹羽大使の発言にあったように、日中関係は40年来最悪の状況にあるといわれるが、中国に進出した日本企業のほとんどは、中国から撤退しようとは考えていない。中国で反日デモが起きてから、何回か中国に出張したが、確かに中国人の観光客はほとんどいなかった。同様に、日本人の観光客も少なかった。しかし、日本人ビジネスマンは多く、搭乗率は7割程度あった。

 今回のデモは、出稼ぎ労働者や就職ができない大学卒業生などが主役だったが、一般市民はほとんどデモに参加しなかった。先日、上海に出張した折、現地の人々にデモのことをインタビューしてみたが、「ほかの地方ではデモがあったようだが、上海ではほとんどデモはなかった」といわれて、びっくりした。多くの上海市民はデモがあったことすら知らないようだ。

 中国政府にとってデモは対外的な態度表明の手段であり、国内の人々に広く知らせる必要はない、というスタンスだろう。逆に、国内でデモが広がれば、反日デモは反政府デモに変わってしまう恐れがある。こうした動きから見え隠れするのは、反日デモは中国政府の日本に対する抗議のメッセージということだ。ただし、中国政府は国民全体を抗議に巻き込む意思はない。否、多くの中国国民にとって最大の関心事は、対日関係よりも、自分の暮らしと職場での待遇を改善することにある。

 日本にとって中国は最大の輸出相手国であり、中国とのビジネスが断絶すれば、日本経済の持続的な成長は考えられない。同様に、中国にとっても日本との関係改善は不可欠である。

 合わせて2万5000社の日本企業が中国に直接投資している。これらの日本企業は中国に税金を納め、中国企業に技術を移転するだけでなく、約600万人の雇用機会を生んでいる。仮に、これらの日系企業と取引する中国企業の雇用を算入すれば、日本企業は中国に1000万人の雇用を創っていることになる。

 日中両国がそれぞれお互いを必要としている(相互依存)ことは、関係を改善する一番の手がかりである。残りはいかに関係を改善するかだけである。

 まず、国と国の関係を改善するには、トップ同士の忌憚のない意見交換を行う複数のチャネルの開設が求められる。米中両国は毎年、戦略的対話を実施しているのに対し、日中の政府間の戦略対話は少なすぎる。とりわけ、尖閣問題のような突発事故が起きたとき、危機の拡大を防ぐ対話のメカニズムが用意されていない。

 企業と企業の関係は、主として利益がものをいうため、大きな心配はない。ただし、今回の反日デモをきっかけに、中国で日本製品をボイコットする動きが一部で起きている。こうした動きについて過度に悲観視する必要はない。なぜなら、日本製品は品質問題によってボイコットされているわけではなく、反日ムードの中で、中国の消費者はあえて日本製品の購入を避けているだけである。反日ムードが緩和すれば、日本製品のボイコットはすぐさまなくなると予想される。

 さらに、日中関係を安定した軌道に乗せるためには、草の根レベルの交流を強化する必要がある。30年前に日中友好を促進した世代は、すでに高齢化している。今後も両国の若者の交流を深めていかなければならない。残念ながら、現状においてこうした交流は十分とはいえない。

 日中関係が悪い状況にあることは否定できないが、過度に悲観する必要はない。日中双方は互いに必要としている。官民ともに交流を推進し、相互理解を深め、より安定した関係が築かれることを期待したい。


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