【12-11】新たな時代に突入した中国政治

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2012年11月20日

 中国政治は重い1ページをめくり、新たな時代に突入した。胡錦濤・温家宝政権の10年間、経済成長こそ続いていたが、指導者の言ったことはほとんど実現しなかった。たとえば、経済成長よりも、資源効率を追求し、外需指向から内需主導に転換する「科学的発展観」の実現は失敗に終わった。そして、「和諧社会」という調和のとれた社会作りもまったく達成されていない。否、逆に、治安悪化など社会の矛盾はますます深刻化する一方である。

 過去10年間、胡錦濤国家主席と温家宝首相は、人権を重視し、言論の自由を保障すると繰り返し強調した。また、政府は人民の監視を受けなければならない、とも述べた。しかし、現実問題として、マスコミやインターネットに対する規制は日増しに強化され、言論の自由はいっそう抑圧されている。政府は人民の監視を受けるどころか、「上訪」する(政府へ陳情に行く)市民が当局に連行され、迫害を受ける事件が急増している。政府がこうした強硬な措置を採れるのは、社会の安定の維持が口実になっている、といわれている。

1.待ちに待った政権交代の意味

 11月8日から14日まで開かれた共産党の第18回全国代表大会(党大会)で、10年間続いた胡錦濤政権が幕を下ろし、習近平政権が誕生した。胡錦濤政権が誕生した当初、内外の人々は、胡錦濤国家主席を改革のエースと見立て、強い期待を寄せていた。しかし、期待された改革はほとんど進まなかった。それよりも、幹部の腐敗はますますひどくなり、所得格差もかつてないほど拡大してしまった。それでも、中国当局は胡錦濤時代を「輝かしい10年」と総括した。

 おそらく胡錦濤政権の10年間は、経済が年平均10%成長したということからすれば、輝かしい10年だったといえる。しかし、この経済成長の実現は胡錦濤政権の努力よりも、江沢民前政権から引き継いだ資産によるところが大きい。2001年に世界貿易機関(WTO)への加盟を果たしたのは朱鎔基前首相の努力によるものである。それによって、外国直接投資は中国に集中し、国際貿易は順調に拡大した。2008年の北京五輪と2010年の上海万博は江沢民政権の時代に誘致に成功した。胡錦濤政権は、五輪や万博に関連するインフラプロジェクトの建設を行うだけで、経済成長は実現できた。

 問題は、ほぼすべての改革が先送りされ、社会の矛盾がいっそう深刻化していることにある。その結果、国民の政府に対する信頼は大きく後退し、共産党の求心力も急低下している。共産党一党独裁の政治体制のもと、共産党の求心力の低下は大きなカントリーリスクを意味するものである。なぜなら、専制政治の基本は政府と指導者個人の権威の上に成り立っているからだ。胡錦濤政権の10年間、こうした権威はほとんど失われてしまったといって過言ではない。

 こうした中で、習近平新政権が発足した。習近平政権には指導力などについて種々の不安があるが、政権交代がないよりはましであろう。新たに選出された共産党中央委員会政治局常務委員7人は記者団の前に姿を現し、習近平総書記が短い演説を行った。まず、今までの指導者は方言が酷く、聞き取りにくかったのに対し、習近平総書記の中国語は完璧な標準語であり、聞きやすかった。そして、習近平総書記は秘書が書いた原稿を棒読みせず、自らの言葉で所信を表明し、国民が受けた第一印象は悪くなかった。

2.難しい門出の習近平政権の行方

 胡錦濤前政権に比べて、習近平政権は運がそれほどよくないかもしれない。少なくともこのままの状況では、経済成長が続かないだろう。否、経済成長率はすでに減速局面に入っており、何もしなければ成長率はもっと下がる恐れがある。また、習近平政権は、改革をこれ以上先送りすることができない。改革を進めなければ、恐らく二期目へのスムーズな移行は望めないだろう。

 改革は、短期的にはプラスサムゲーム(双方にとってプラスになる)になりにくく、ほとんどの場合はゼロサム(得失点の総和がゼロになる)かマイナスサム(双方にとってマイナスになる)である。なぜなら、改革される側の部門や組織は、痛みを減らそうと必ずといっていいほど改革に抵抗するからだ。習近平政権にとって改革は必要だが、簡単には進まないはずである。

 日本の中国研究者の間では、習近平政権に対して長老が院政を敷いている、といわれている。確かにそういう心配はある。

 毛沢東や鄧小平のように自らの手で政権を奪取したカリスマ指導者は、その強いリーダーシップによって政治を執り行った。車の運転に喩えれば、毛沢東と鄧小平は自分の意思で運転していた。

 胡錦濤国家主席は、江沢民前国家主席に邪魔されながら車を運転せざるを得なかった。それに対して、習近平総書記(次期国家主席)は運転席でハンドルを握るが、右と左に一人ずつ長老(胡氏と江氏)が座り、いわば3人で運転するようなものである。きわめて危険な運転になるかもしれない。

 習近平政権にとって、改革を先送りする選択肢はない。改革を進め、反対勢力を抑えるためには、国民の支持を取り付けるしかない。国民の支持を得るには、改革のビジョンを明らかにしなければならない。すなわち、習近平総書記は、国民の夢すなわちチャイニーズ・ドリームを語らないといけない。

 実際、改革は決して簡単な作業ではない。10年間も先送りされてきた改革を一気に成し遂げることはできないが、ある程度の目途をつけないと、国民の支持は取り付けられない。ある英字新聞の見出しを引用すれば、So much to do, so little time(やるべきことは余りにも多く、時間は余りにも少ない)ということだろう。しかし、焦っても改革は前進しない。重要なことは、まず、改革のロードマップを示し、種々の改革のプライオリティを定め、一つずつ改革を進めていくことである。

3.中国版所得倍増計画

 今回の共産党大会で胡錦濤国家主席は2020年の国民所得を2010年の2倍にする、いわゆる中国版所得倍増計画を発表した。分かりやすくいえば、2010年の一人当たりGDPは約5000ドルだったので、この所得倍増計画を実現すれば、2020年には一人当たりGDPが10,000ドルに拡大するということになる。10年間で国民所得を2倍にするためには、GDPを年平均7%成長させる必要がある。これは今の中国にとって無理な目標ではない。

 2011年の実質GDP成長率は9.2%だった。今年の成長率は、おそらく7.7%前後になると見られている。残りの8年間、年平均6%強の成長を実現するのはそれほど難しいことではない。

 そもそもなぜ胡錦濤政権は引退する間際に、引退後の計画を発表しないといけないのだろうか。

 経済成長が実現しても、国民の生活はどんどん苦しくなっている。たとえば、住宅価格はどんどん上昇し、高根の花になっている。一方、共産党幹部の腐敗は、ますます横行している。さらに、所得格差が引き続き拡大する傾向にあるのに、政府は何も手を打っていない。

 こうした中で、胡錦濤政権は自分の花道として国民に所得倍増計画を約束した。それが実現すれば、自分の業績になり、実現しなければ、習近平政権の責任になる。無論、この所得倍増計画が実現しない可能性はきわめて小さい。

 しかし、国民所得を2倍に拡大させても、それを国民の間で公平、公正に分配することができなければ、中国社会は安定しない。これこそ、中国の国民が習近平政権に期待する点であり、試練でもある。


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