【13-03】中国の「一人っ子政策」と伝統の崩壊

2013年 4月 5日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 30年余り近く続いてきた中国の「一人っ子政策」は、中国社会に様々な変化をもたらし、同時にたくさんの課題を残した。そもそも一人っ子政策を導入した背景には、毛沢東時代の出産奨励による人口増があった。

毛沢東は戦時の人海戦術の経験から、人口を増やせば経済が発展し、欧米諸国に追いつくことができると思い込み、出産奨励を呼びかけた。1950年代と60年代、当時の中国人は毛沢東の号令に呼応して、一組の夫婦が5、6人の子供を出産するのは普通だった。

 1960年代に入り、人口の爆発は食糧難をもたらした。70年代から都市部では食糧などの配給制導入を余儀なくされた。1976年9月、カリスマ的指導者だった毛沢東が死去した。その後、鄧小平は政敵の「四人組」を倒し、政権を握り、改革開放政策を実行した。同時に、人口爆発を食い止めるため「一人っ子政策」が導入された。

1.「一人っ子政策」の効果とメリット

 一人っ子政策の導入によって人口爆発が抑えられ、食糧不足も徐々に改善していった。「一人っ子政策」の一番の効用は食糧需給を均衡させたことではなく、マクロ経済成長を直接的に支えたことである。

毛沢東時代、一般家庭はたくさんの子供を産み育てたため、生活にはまったく余裕がなかった。すなわち、現役世代の夫婦はいくら共稼ぎだったとはいえ、4、5人はいる子供の養育費と親孝行のお金を賄うのが精一杯で、それ以上の支出などほとんど考えられなかった。

 それに対して、「一人っ子政策」の時代に入ると、都市部の現役世代の両親は、ほとんどが年金生活者になり、経済的には困らない状況になっていた。したがって、現役世代の夫婦は、一人の子供の面倒をみるだけでよく、自分の両親から経済的支援を受ける夫婦も少なくなかった。都市部の家計が高額消費をすることができるようになった背景には、こうした変化がある。

たとえば80年代、若者が結婚する時に買いそろえる「三種の神器」(カラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機)は、いずれも日本製であることが期待された。日本製の家電は当時の中国人の給与水準からすれば、高嶺の花のはずだったが、人々は何とかお金をかき集めて買ったため、売れ行きはよかった。

90年代に入ってから、個人による車の保有、すなわちモータリゼーションが始まり、都市部を走る車を見る限り、中国は途上国とは思えない状況である。

 結論的にいえば、「一人っ子政策」によって、現役世代の消費を拡大させることが可能になり、それによって経済が発展した。

しかし、人口抑制に頼って経済を成長させることは持続不能である。人口動態調査によれば、中国社会はすでに高齢化しており、しかも、そのスピードは予想以上に速い。これから社会保障費の膨張が予想されるが、社会保障制度の整備が遅れていることは中国社会が不安定化する潜在的なリスクである。

2.核家族化と大家族の崩壊

 中国社会の平和と繁栄を支える社会的な基盤は、大家族と親孝行を基本とする儒教の教えである。大家族の仕組みは、公的な社会保障制度に頼らず、3、4世代が同居し、互いに面倒を見合うものだった。大家族の中にいれば、老人が孤独死することはないし、乳幼児が虐待を受けることも少ない。しかし、「一人っ子政策」によって大家族制度は崩壊してしまった。

 一方、親孝行は儒教の中で最も重要な教えだった。しかし、一人っ子では親孝行をする気持ちがあっても、経済力がついていかない。今の中国社会をみると、儒教の教えが忘れられ、社会構造と家族の観念も急速に欧米化している。社会保障費を納めているので、親孝行をしなくてもいいのではないかと思う人が増えるだろう。

中国では、「啃老」(ken lao=ケン・ラオ)という言葉が流行っている。すなわち、親のスネをかじるというニュアンスで、年老いた親からの経済援助を何の遠慮もなく手に入れるということである。

 考えてみれば、中国ではこの先、想像を絶するぐらいの悲劇が待ち構えているといえるかもしれない。すなわち、子供に経済援助できない老人は、自分の子供から見向きもされないだけでなく、公的な社会保障制度が整備されていないため、世話をしてくれる人を見つけることも難しいはずだ。このように考えれば、これからの中国社会は多くの国民、とりわけ多数を占める低所得層にとっては、人間不信の社会になるかもしれない。

 その中で、共産党幹部も似たような思いをするのだろう。彼らは国の財政支出による優れた医療施設で手厚くケアされるだろうが、見舞いに来る子供がいないことは同じことのはずだ。いくら優れた医療施設で面倒を見てくれるといっても、最後は寂しく息を引き取ることになる。

3.新政権誕生で中華民族が復興するか

 2013年3月中旬、10年間続いた胡錦濤政権は幕を引き、新たな習近平政権が誕生した。習近平国家主席は国民に対して「中華民族の復興」を唱えた。しかし、何をもって中華民族が復興するというのだろうか。

それは国内総生産(GDP)の増大なのか、それとも軍事力の増強なのだろうか。個人でも民族でも、外の人々から尊敬される存在になることが最高の復興といえる。逆に、人々から脅威と受け取られるような存在なら、真の復興にはならないはずだ。

 例えばアメリカという国は、単なる強い軍事力を誇示しているだけでは世界の人々から尊敬されないだろう。でも、アメリカはいろいろな問題を抱えても、世界で最も憧れの国になっている。

 中国は共産党が政権を握ってから60年余り経過したが、中華民族が未だに復興していないのはなぜだろうか。端的にいえば、その時々の政治的必要性と緊急性に応じて近視眼的な政策を実施してきたため、国は本来あるべき形と姿を見失ってしまった。毛沢東時代の出産奨励と鄧小平時代から始まった一人っ子政策はその典型である。要するに、政策の失敗の繰り返しによって国と民族はぼろぼろになってしまったのである。

 中華民族が復興しなかったもう一つの原因は、独裁政治の下で国民が政治、とりわけ、政策決定に直接参画できないことにある。仮に、習近平国家主席が本気で中華民族の復興を考えているのなら、政治への広範な国民の直接参加を認めるべきである。そのためにも、民主主義的な政治体制改革を一刻も早く断行する必要がある。


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