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【15-01】転機を迎える中国経済とその課題

2015年 1月28日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 中国経済が減速しているのは周知の通りであるが、そのファンダメンタルズから一気に低成長に陥るとは考えにくい。中国経済の先行きを悲観視する識者は少なくないが、それは主に中国経済政策の実行に対する指摘である。ダボス会議で演説した李克強首相は構造転換の推進を強調した。しかし今までの2年間、同首相は構造転換を公約しながら失敗に終わっている。なぜ構造転換が遅々として進まないのか原因を解明しなければ、どんなに構造転換の推進を豪語しても何の意味もない。

 かつて、哲学者ヘーゲルは「存在するものは合理的である」と指摘したことがある。中国の国有企業は構造転換に抵抗しているが、既得権益集団としての国有企業が構造転換に抵抗するのはその立場に立って考えればそれなりの合理性がある。共産党中央は本気で国有企業を自由化しようと思っていない。なぜならば、共産党中央にとって国有資産は党の資産でもあるからだ。そして、中国社会にとっても国有企業は重要な存在である。そもそも国有企業の存在は利益を追求し効率を上げるよりも、社会の安定に貢献することが重要である。共産党中央としては、できることならば国有企業をこのまま温存したいはずである。

 むろん、中国政府および中国共産党としては、ここで改革を行わないという選択肢はない。国有企業は肥大化しており、市場経済の構築を妨げている。このままでは、国有企業は政府の「輸血」(財政支援)がなければ、自ずと淘汰されてしまう。

CITICのケース

 振り返れば、最高実力者だった鄧小平が改革・開放を決断した当初、中国は深刻な外貨不足に直面していた。外貨不足を克服するために、鄧小平はいくつかの国有企業の新規設立を特別に認めた。その代表格の一つが中信実業集団(CITIC)である。中信というのは金融などの信用業務を行うことができるという意味である。そして、実業として貿易や不動産投資などが行える。いわば、コングロマリット(複合企業)である。中信実業集団の初代CEOは、のちに国家副主席を務めた栄毅仁だった。栄一族は、中華人民共和国が誕生する前は有名な資本家だったが、毛沢東の時代、国内の財産はほぼすべて政府によって没収されてしまった。しかし鄧小平は栄氏の海外人脈を存分に利用すべく、この赤い資本家にライセンスを交付したのである。

 栄氏が退いたあと、その息子がCITICを引き継いだ。問題は財閥化したCITICが内部管理、すなわちコーポレート・ガバナンスを怠り、栄氏一族がそれを私物化したことである。結果、経営は大混乱した。何よりも財務担当責任者の孫娘は香港で為替投機に失敗し、会社に大きな損失をもたらした。こうした経営スキャンダルをきっかけに、中国政府と共産党中央は栄氏一族からCITICを回収した。具体的に管理層から栄ファミリーを一掃し、共産党中央から新たな管理経営者が送り込まれた。

 しかし、CITICの経営は未だ十分には改善されておらず、銀行、証券、不動産など本来の得意分野ではいずれも業績は振るわない。いかなる会社の経営者も経営に失敗し追い込まれると、大胆なリスクテイカーに変身する。CITICとして最大の誤算は、この難局で中央政府から支援を得られていないことだ。

CPグループと伊藤忠の賭け

 中国語には、「天無絶人之路」という言葉があるが、意味は「天は人を絶やす路がない」、すなわち、人生は絶望する必要はなく何とかなる、というポジティヴな言葉である。CITICにとってまさに助け舟として現れたのは、タイの飼料メーカーとして有名なCPグループと日本の大手商社伊藤忠であり、両社は共同で1兆円もの出資を表明した。

 多くのアナリストにとってこのニュースはまさにサプライズだった。中国経済が減速するなかで、業績が下降する一方の国有企業にこれほどの出資を決断する二社はまさに大きな賭けとなる。契約では二社は折半して出資するが、それぞれCITICの株を10%ずつ取得する。これでCITICのキャッシュフローはかなり改善するが、CPと伊藤忠はどのようなメリットが得られるのだろうか。

 一部のアナリストの分析によれば、CPと伊藤忠はCITICへの資本参加によって中国市場にアクセスすることができるといわれている。しかし、中国政府は破格な約束はいっさいしていない。そもそもCPと伊藤忠はすでに中国で大規模な投資を独自で行っている。このタイミングでCITICを頼りにして新規ビジネスを開拓する蓋然性は見当たらない。

 CPの中国人脈は半端なものではない。CPは中国リスクを承知のうえCITICに資本参加すると決めたが、そのリスクを分散するために、伊藤忠を巻き込んだに違いない。中国リスクの存在を裏付ける一番の証拠は、香港にある長江グループのリーカシン(李嘉誠)は中国大陸の一部の資産を投げ売り、会社の本店を香港からタックスヘイブンのケイマン諸島に移したことである。この意味深な動きはまさに中国リスクの存在を裏付けた。こうしたなかでCPと伊藤忠のCITICに対する巨額の出資は一層注目を集める。

 むろん、この賭けにまったく希望がないわけではない。中国政府は個人消費を刺激するための構造転換を図っている。サービス産業はCPと伊藤忠の得意分野といえる。CPと伊藤忠にとりCITICへの投資を成功させるために最も重要なポイントは、CITICに対するコーポレート・ガバナンスを強化することである。

 一般的に、マクロ経済が減速する局面においては新規投資を行う投資家が大事にされる。いわば、雨の日に傘を貸してくれる人と同じだからである。今回、CPと伊藤忠は中国にとりまさに雨の日に傘を貸してくれるような人なのである。

 今回の投資でCPと伊藤忠はCITICに役員を送り込む予定であるが、この人事こそCITICに対するコーポレート・ガバナンスのカギを握っている。中国政府は経営難に陥った国有企業を改革するために、外国の戦略的投資家を受け入れることで国有改革を推進していく意向であろう。この手法は今まで国有銀行改革で利用されたことがある。しかし、CITICのキャッシュフローを改善するためという理由だけでCPと伊藤忠の投資を受け入れたならば、それは本末転倒の結末となるであろう。今回のアライアンスは東アジア域内の経済協力のモデル事業と位置付けるべきであり、その成否のカギを握るのは中国政府と共産党が法とグローバルルールを尊重するかどうかである。