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【15-02】汚職撲滅の影響

2015年 2月19日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 約半年ぶりに中国に出張に行ってきた。北京空港に出迎えてくれた若者に、今日の北京の空気は悪くないねと尋ねたら、「この半年で、大気汚染はだいぶよくなりました」といわれた。北京の乾燥した冬の空気だから、依然として埃っぽいのだが、昨年、3月に北京で経験したPM2.5濃度の酷さほどではなかった。なぜ大気汚染が少しよくなったかについて、その原因が解明されていないが、一つの可能性としては北京の風上の河北省の汚染源の工場が生産停止に追い込まれたからかもしれない。

 翌日の昼ご飯は、時間がなかったので、ホテルのなかのレストランで簡単に麺でも食べようと思った。せっかくだからついでにリサーチしてみようと思い、ウェイトレスに「フカヒレの姿煮がありますか」と尋ねたら、「フカヒレはもう作っていない」といわれた。なるほど汚職撲滅で高級中華はもう出してもらえない。

 その日の夜、10人の友人が集まってくれた。紹興料理で有名な「咸亨酒店」で個室を取ってディナーを食べた。普段であれば、飲み物別でも最低でも1500元(25000円以上)はする。しかし、今回は飲み物込みで860元だった。中国はデフレに突入したのかもしれない。

社長たちの悩み

 今年の2月11日、旧暦の12月23日にあたり、「小年」である。中国でいう「小年」とは、かまどの神に供物を供え、一年の善行と悪行を報告する習慣であった。この風習に因んで、中国人は一年間お世話になった人にプレゼントするようになっている。たとえていえば、日本人がお歳暮を贈るようなものである。例年だと、会社を経営する社長たちは共産党幹部に高額のプレゼントを贈ることで忙殺される。しかし、今年は様子がおかしい。

 朝、ホテルのスポーツジムで少し運動したあと、サウナに入ったら、二人の太った先客がいた。彼らの会話から会社の経営者と分かった。「いつもの年だと、みんながプレゼントをもらってくれるが、今年は誰ももらってくれない。困るな」とそのうちの一人は言った。すると、もう一人は「これで今年の仕事は終わったので、明日、故郷に帰るよ」と応じた。

 すこし前に山東省の青島に行ったときに聞いた話だが、そこに進出している日系スーパーはそのグループでもっとも売上げが高い店といわれていた。しかし、実際の店舗面積は特段に広いわけではなく、店に客が多いが、ナンバーワンといわれるほどではない。その後、別のところで確認したら、理由が明らかになった。要するに、このスーパーはプリペイド式の商品券の販売促進に力を入れていたからである。企業は高額の商品券を購入して、政府の幹部にプレゼントする。それをもらった幹部の家族は必ずこの店で買物をする。実に巧妙なビジネスモデルだ。

 実は、もっと凄まじい事例を聴いたことがある。毎年の中秋節になると、中国人はお世話になった人に月餅をプレゼントする習慣がある。ある不動産開発企業の社長はお世話になっている幹部に月餅を贈るが、うち一つの月餅にBMWの新車のカギが入っているといわれている。車のカギを直接手渡しすると、第三者にみられる恐れがあるから、月餅のなかに隠すのである。

 こうした悪行は習近平政権の汚職撲滅によって少しは減退しているようだ。中国では一般の庶民に汚職撲滅について尋ねると、全員は習近平国家主席を支持するという。それだけでなく、一般庶民は汚職撲滅をどんどんやってほしいという。しかし、考えてみれば、汚職撲滅はどこかで終わりにしないといけない。さもなければ、政府機能はマヒするおそれがある。

国家幹部たちの悩み

 昼間、ホテルのカフェで数人の幹部とお茶を飲んだ。しかし、そのとき、彼らは窓際の席を嫌って、窓から離れた席にした。実に不思議な行動だ。あとで聞いたら、「もし誰かに写真を取られ、インターネットのSNSに貼り付けられたら、面倒なことになる」といわれた。なるほど民主化していない中国社会でも、一般民主は共産党の密告文化を巧みに利用しているのだ。

 かつて、国家発展改革委員会の回りのレストランは夜7時になると、いつも満席になった。地方から上京してくる企業経営者はそこで発展改革委員会の幹部を接待する。むろん、その目的はプロジェクトの許認可をもらうためである。しかし、今はよほどの友人でなければ、まず外食はしないと発展改革委員会の友人がいう。とくに、警戒すべきことは同じ役所の同僚が集まってご飯を食べることだといわれる。なぜならば、同じ同僚が集まってご飯を食べると、たとえ自腹で食べるにしても、あとで聞かれるときに、説明しにくい。

 北京出張の最後のランチは数人の友人とホテルで食べることにしたが、その全員は拒んで食べないと言い出した。最後に妥協できたのは、ホテルの地下に入っている日本のラーメン店だった。

 考えてみれば、BMWのカギをもらうのはやり過ぎだが、簡単なランチさえ拒むのもやり過ぎと思われる。こうしたトップダウン式の汚職撲滅は一時的に効果を上げることができるが、その効果は持続しないはずである。

 習近平政権の汚職没滅キャンペーンは中国では「運動式」と呼ばれる。すなわち、日本人が年末に行う大掃除のようなやり方である。しかし、たまにしか行わない大掃除は衛生を保つことができない。毎日少しずつ掃除を行う必要がある。これを実現するには、政治改革を断行する必要がある。

 なによりも汚職願望の強い共産党幹部は失職するのを恐れ一時的に収賄を拒むかもしれないが、「大掃除」が終われば、汚職は必ずや復活してしまう。北京を離れる直前にいっしょに日本のラーメンを食べた数人の友人に最後に尋ねたのは、こういう汚職撲滅はいつまで続くかだった。それに対して、彼らは「習主席の二期目が終われば、状況は元に戻るだろう」と答えてくれた。