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【15-07】株価暴落、賭博場とレントシーキング

2015年 7月28日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 最近、中国のメディアでは、王林という気功の名人が弟子を殺害したとして逮捕され、話題になっている。ただの殺人事件だったら、それほど話題にならないが、王林は気功の名人として政治家や芸能人など各界の有名人と交友し、しかも、その都度撮影された記念写真を写真集にして公開していた。そのなかに、香港のジャッキー・チェーンやアリババCEOの馬雲(ジャック・マー)などが含まれている。こうすることによって王も有名になり、有名人同志の相乗効果により、王は気功の師匠となったのである。

 報道によると、王は不老長寿の気功を身に着けているといわれている。各界の有名人は王に頼んで持病などを治療してもらう。一般的に有名人であれば、過労や暴飲暴食などにより体のどこかが不調であることが多い。たとえば、糖尿などの成人病を患っている人、癌の患者、腎臓病、腰痛等々。

 これほどの有名人も彼に治療を頼むのだから、彼の気功は本物だろうとみられている。王の評判はたちまち広がり、治療に訪れる普通の人も急増。いくら有名人といっても、王一人だけでは、そのビジネスを拡大させようと思っても、限界がある。王は自らの気功の秘訣を弟子に伝授し、有名人が来た場合、自らが治療するが、一般人なら弟子に治療させる。そうすることにより規模の経済性が働き、気功ビジネスはたちまち拡大していった。王が故郷の江西省に建てた巨大な屋敷をみるだけでその気功ビジネスがいかに成功したか一目瞭然である。

 しかし、創業時の苦しみを分かち合うことができても、成功したときの楽しみを分かち合うことができないことが多い。弟子の一人は王の気功の「神髄」を習得したのち、自らが独立しようとした。王は当然のことながら、弟子の独立を阻止する。すると、その弟子は王の気功の神髄を暴露しようとしたが、何者かに殺害された。これはこの事件のすべてである。

単なる詐欺師の仕業

 王が逮捕される前、中国国内のメディアは王を気功の師匠と珍重していたが、王が逮捕されたあと、彼が詐欺師、その弟子が町のチンピラと報道されている。王の仕業が詐欺であることは容易に想像できる。

 そもそも気功はインドのヨガと同じように病気を治療するためのものではなく、体を鍛える健康法である。呼吸法で気を整えることが健康にいいに決まっている。しかし、気功で癌や脂肪肝や糖尿を治療するのはいくらなんでも信じがたい。大物の政治家と芸能人はこの簡単な理屈をほんとうに知らないのだろうか。

 一般的にこのような有名人同志の親交はよほど気が合う仲間でなければ、二つのケースがある。一つはIQが低すぎて王を信じ込んだ場合である。もう一つは有名人の王を逆利用しようとする場合である。この場合はこの有名人も詐欺師である可能性が高い。

 経済学にはレントシーキングという分かりにくい概念がある。簡単にいえば、それは自分が苦労した分以上の収益を得ようとする行為である。今の中国では、拝金主義が横行している。道徳心が後退している結果、苦労したくないが、収益、すなわち、お金をたくさん得ようとする。このような社会風潮は不幸をもたらすことになる。

 考えてみれば、世の中に長寿不老の薬などがあるわけがない。健康を保つならば、王のような人に頼むのではなく、自らが生活習慣を健康にしなければならない。筆者が通うヨガ教室の壁に「少欲多施」と書かれている。しかし、中国人の多くはその逆で「少施多欲」である。このような価値観と生活観では、誰に頼もうと助からないだろう。

 政治家と芸能人はある意味では人生と家族を犠牲にして権力、金と名声に手に入れる職業である。その魅力もあろうが、毒のある職業である。昔からちゃんとした家系であれば、どんな職業でもいいが、政治家と芸能人だけはやめてくれと子供に教えるぐらいだった。

株価暴落の必然性

 レントシーキングしているのは何も政治家と芸人だけではない。最近、上海の株価が暴落し、それにつられて東京と香港の株価も急落した。中国では、株式投資を行っている口座数は1億人ほどといわれているが、そのうちの8割は個人投資家である。しかし、中国の株式市場は投機的な市場であり、零細な個人投資家にとりリスクが高すぎる。換言すれば、荒波のような株式市場では、零細な個人投資家はまるで小魚や小エビのような存在である。ファンドなどの大口投資家は鮫のような存在である。小魚と小エビの運命は最初から決まっている。

 かつて、ある国際会議で「投機ってどういうもの?」と質問されたことがある。分かりやすくいえば、投機は少施多欲の行為といえよう。中国でもっとも有名なエコノミストの一人である呉敬蓮氏(国務院発展研究センター研究員)は中国の株式市場が賭博場と指摘している。極論かもしれないが、正しい認識である。

 投資はプラスサムゲームであり、投資家と投資される会社とはウィンウィンのゲームになる。株式市場での投機は投資家同志が互いに騙しあうゲームであるから、賭博場と揶揄されるゆえんだ。

 皮肉なことに株価が乱高下する株式市場の改革に政府が関心を示さず、PKO、すなわち、株価対策のみ講じる。株価対策のカギは供給(株の売り)以上に需要(株の買い)を増やすことで株価を下落から上昇に転じさせることである。しかし、こうした株価対策で一時的に株価を反転させることができたとしても、持続不可能に決まっている。

 忘れてはならないのは、株式市場の本来の役割は成長性の高い企業に安定的に資金を仲介すると同時に、上場企業に対するコーポレート・ガバナンスによりその業績を向上させ、最終的に株主の収益の最大化に寄与するということである。

 それに対して、中国の株式市場では、8000万人の個人投資家(全体の8割)がいて、彼らは上場企業の業績をみずにして、株価の値動きをみて投資しているため、ほぼ全員がディートレーダーのようなものである。

 中国政府は世界でもっとも社会の安定を重んずる政府といえる。しかし、中国社会のすべての側面は不安定化している。かつて、鄧小平は「発展こそこの上ない理屈だ」というスローガンを発したことがある。これは必ずしも正しい認識といはいえない。実力以上に発展すると、社会は必ず不安定化してしまう。英語には、No pay, no gainという素晴らしい言葉がある。すべての中国人はこの言葉を銘記すべきである。