【18-04】キャッチアップする新興国の悩み

2018年6月15日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 経済学的に、新興国が先進国へキャッチアップするにあたって、初期段階において安い人件費を生かして廉価な製品と商品を作り大量輸出することで外貨を稼ぎ、その外貨をもって先進国から優れた設備を購入し、さらなる経済発展を実現することができると考えられている。戦後の日本と韓国はまさにこのような開発モデルを実現して先進国化していった。

 しかし、インドネシアやマレーシアなどの東南アジア諸国は同じ開発モデルを試みたが、いわゆる中所得国のワナに嵌り、一向に先進国に仲間入りできていない。中国は40年前から「改革・開放」政策を実施し、戦後の日本とよく似た開発モデルを試みた。最大の違いといえば、日本は開発の段階で日本企業が主役として技術開発を実施している。それに対して、中国は中国企業による技術開発のスピードの遅さを嫌って、市場開放とともに外国企業による直接投資を誘致してきた。

 外国企業の直接投資を誘致する目的は技術移転を促すことはもとより国内における外貨不足を補うために、外国企業の輸出を同時に促進した。その結果、中国経済は急速にキャッチアップし、GDPの規模も急拡大した。

 現在、中国の一人当たりGDPは8000ドルを超え、9000ドル未満の規模とみられている。世界銀行の基準に基づいて考えれば、今の中国はもはや発展途上国ではなく、先進国でもなく、中進国のレベルにあると思われる。では、中国は先進国に仲間入りできるのだろうか。

 その可能性は十分にあるが、ハードルも高い。

 一般的に新興国が先進国に仲間入りできないハードルとしてその技術力の低さにあると指摘されている。経済学的な観点からみれば、その通りといえるが、しかし、技術力がキャッチアップできない背景としてより深い要因が関係している。先進国の技術力を考察すればわかるように、技術力の強い国は往々にして科学(science)のレベルが高い。中国は失敗の典型例といえる。なぜならば、科学の力の強化が遅れているなか、外国企業の直接投資を誘致して技術力を強化しようとしてきた。結局、中国企業は外国企業から技術を真似することはできたが、そこから新しい技術を開発する科学の力が十分に備わっていない。

 マレーシアとインドネシアは国民車の構想を打ち出しているが、自動車製造の技術を十分に備えていないため、国民車構想は一向に実現しない。したがって、新興国にとり技術力が表面的な成果のようなものだが、それを支えるのは科学の力である。

 では、科学の力はどのように強化されるものだろうか。

 いかなる国でも、科学の力を強化するには、国民全体の素養を強化する必要がある。過去100年間の産業革命と技術力および科学力の向上を振り返れば、大まかなくくりとしてこのような表現が成立すると思われる。

 新興国が技術力をキャッチアップするには、真面目に取り組めば、3、40年間頑張れば、それなりの成果を挙げることができる。しかし、科学力を強化するには、少なくとも7、80年間はかかる。さらに国民の素養をレベルアップさせるには、100、ないし200年はかかるだろう。今年(2018年)は明治維新の150周年にあたる。日本は150年かけて基礎教育を充実させることによって国民の素養をボトムアップすることに成功した。中国は技術レベルをいくらか向上させることができたが、科学力の向上に目立った進展はない。なによりも国民の素養がまったく改善されていない。

 日本に来る中国人観光客の多くは中間所得層以上の富裕層である。しかし、彼らのマナーはもとより、来ている洋服とヘアスタイルをみればわかるように、センスのいい人は皆無に近い。成金の観光客はブランド品をどんなにたくさん買っても、その色の合わせ方や着こなし方から教養たるものがほとんど感じられない。

 中国人は一年を通して美術館に入ることはほとんどない。一人当たりの読書量も年間2.6冊といわれているが、その多くは受験生の教科書であり、教養を養う読書の習慣がとっくに忘れられている。

 西安の城壁の横に碑林という書の博物館がある。そのなかに歴代の書家の書が刻まれている石碑がずらりと聳えたっている。古代の書家の書はなぜ千年や数百年経過しても、品位が感じられるのだろうか。書そのものに原因があるというよりも、書家の教養と品位によるところが大きい。

 今の中国人はほとんど書を練習しなくなった。時たま書を書く書家のような人物がいるが、その書は見るに値しない。なぜならば、教養のない人物が書を書いても、品位のある書を書くことができない。

 いかなる人でも、美人かどうか、イケメンかどうかは親からの遺伝子によるところが大きい。しかし、その人の品位は親から受け継いだ遺伝子と関係ない。生まれたあとの教養が品位を決める最も重要な変数である。金がたくさんあっても、品位のない人は品位があるように装うことはできない。

 以前、別のコラムに人相に関する駄文を寄稿[1]したことがある。教養を養わないと、人間は徐々に人相が悪くなる。したがって、一つの国、あるいは民族はキャッチアップを図るならば、単なる技術力の向上やGDP規模の拡大を図るよりも、国民の素養を養うことがなによりも重要である。


[1] 「“強欲”が顔に出ている中国共産党の幹部たち『人相』は嘘をつかない」JBpress, 2014年9月22日


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