【19-01】必要な科学技術と必要のない科学技術

2019年1月28日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 少し前に、ある経済団体に頼まれ講演したとき、講演前の昼飯の隣の席に、ある女性社長が座っていた。雑談のなかで、その社長は、「先生、家の子どもは小学1年生ではじめて登校したとき、水道の蛇口を使えなかった」といわれた。なぜと聞いたら、どうもお家の蛇口は高級ホテルのトイレの水道みたいに、センサーがついているもので、手をかざせば、自動的に水が出てくるもののようだ。しかし、学校の水道の蛇口は手で捻るタイプで、水が自動的に出てこない。常識は場合によって非常識になるかもしれない実例だ。

 今、世界でAI(人工知能)がブームとなっている。車も自動運転になるかもしれない。昔、チャプリンの映画「モダンタイムズ」のなかで、自動的にご飯を食べさせてくれる機械が発明されようとしていたのを見たことがある。世の中のことはすべて限度というのがあるはずである。技術革新は重要だが、過ぎたるは及ばざるが如しというように、何事も過ぎないようにしたほうがいい。人工知能は重要だろうが、人間の本来の能力を強化していかないといけないのではなかろうか。

 教育者によると、悪い教育機関は知識を教える。しかし、あらゆる知識には賞味期限があり、時間が経つにつれ、その意味が薄れていく。人間にとって重要なのは知識よりも知恵を身に付けることである。したがって、良い教育機関は学生に知恵を教える。厳密にいうと、この表現は間違っている。良い教育機関では、学生が知恵を身に付けられる。知識は本を読んで覚えるものだが、知恵は体験して身に付ける能力のことである。

 たとえば、先進国の多くの若者は生まれつき電気炊飯器でご飯を炊くことに慣れている。しかし、停電になったとき、多くの若者はいかにご飯を炊くか分からなくなる。言い換えれば、多くの若者は電気炊飯器でご飯を炊く方法(知識)を持っているが、停電になったとき、普通の鍋でご飯を炊く方法(知恵)を知らない。

 機械化と自動化が進むなかで、機械のスマート化が急速に進展しているが、人間のスマート化が意外に遅れている。

 ここ10年来、中国の都市部でもっとも発達しているサービス業といえば、弁当の出前である。裕福な家庭で生まれた若者は将来について危機感がなく、いくらでも金があると思っている。一部の若者は一人暮らしになり、料理をする必要もなければ、もともと料理を作ったことがなかった。一人っ子の彼らはほしいものなら、家で何でも買ってもらえる存在である。大人になってから、一日中、スマホでゲームを遊び、お腹がすいたら、スマホで料理の出前を注文する。一年中、家の外へ出ない。

 少し前に、中国のメディアが報道した事例だが、ある裕福な家庭の子どもが家族と喧嘩して、家出した。ホテルにチェックインして、毎日、部屋のなかでスマホで遊んでいた。最初は、お金があったので、料理の出前を注文していたが、途中からお金がなくなり、料理の出前も注文できなくなった。最後は、衰弱して餓死してしまった。

 現代社会の病といえば、人間は生きる能力を失うことである。マスコミは最先端の出来事、たとえば、AIを好んで取り上げるが、人間の本能を鍛えることが忘れられがちになる。

 毎年、世界の主要大学のランキングが発表される。その格付け機関によって、取り上げる変数が異なるが、ほとんどは一流のジャーナルに寄稿された論文の本数や発表された論文が引用された回数でカウントされる。しかし、大学は教育機関としてどういう人間を教育しているかが重要である。一流の論文を執筆したエリートの存在は重要だが、その前に、一人ひとりの若者をどのように教育しているかはその大学を評価するときの重要な指標となるはずである。

 経済学者は社会が安定するかどうかをみるときの変数として所得格差、すなわち、ジニ係数に注目する。しかし今、所得格差よりも、能力(知恵)の格差が拡大している。

 世界の主要国では、大学の進学率は軒並み50%を超えている。なかには7割を超える国も少なくない。すなわち、大学に進学したい若者はよほどの拘りがなければ、何かしらの大学には進学できるという状況である。問題は、多くの大学は学生から高額の学費を徴収するが、陳腐な知識しか教えず、卒業したとき、一部の学生が社会に適応できない点である。

 昔から日本では、大学での勉強は役に立たないので、会社に就職してから、教育し直すという再教育の風土があったといわれている。しかし、経済のグローバル化が進むなか、多国籍企業との競争が激化し、就職してから再教育するというのんきなことができなくなった。最近、多くの日本企業が採用のとき求めるのは即戦力である。これは正しいトレンドである。

 ただし、日本では、出生率の低下により、人手不足が年々顕著になり、大学や短大を卒業した若者はほぼ全員就職できるようになっている。その結果、勉強しなくても、就職できるという安易な風土が生まれているようだ。このまま行くと、日本企業は外国企業との競争に苦戦するかもしれない。

 安倍政権は現在、働き方改革を進めているが、働き方は各々の人が決めることである。改革すべきことは雇用制度である。その前に、教育改革を進めないといけない。日本の教育機関では、ガバナンスが十分に機能していない。教育はすでに既得権益化している。しかも、教育自治の大義名分から、外からの監督が介入とみなされ、拒否される。

 教育は百年の計である。150年前の明治維新の功績といえば、近代的な教育機関とそれを支える制度を整備したことである。これからの100年の日本社会をけん引する人材を育成する教育機関をどのように作り上げるのだろうか。はっきりしているのは、AIだけでは、いい教育にならない。AIや自動化はあくまでもツールである。これらのツールを使うのは人間である。人間が退化していった場合、科学技術は何の意味もなさない。

 何が必要な科学技術かを考えたとき、人間本位の観点からスタートしないといけない。2018年、中国のある科学者は遺伝子を操作した双子の乳児を誕生させたと発表した。学会で騒然となった。科学技術の開発と発明には、超えてはならない一線がある。それを超えてしまった場合、人類は必ずや罰を受けることになる。新年早々、科学技術の進歩について一石を投じるため、この記事を書いてみた。


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