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【19-03】中国の顔認証システム―メリットとデメリット

2019年5月7日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 中国は名実ともIT技術の超大国である。インターネットの利用者は8億5,000万人以上に達している。E-commerce(ネットショッピング)の売り上げは日米合計の2倍に上るといわれている。中国人はパソコンを使う人が少なく、ほとんどの人はスマホを使ってインターネットにアクセスしているといわれている。結果的に、eメールを使う人が少なく、ほとんどの人はLINEのようなSNS、「微信」(WeChat)を使い、情報を交換し電話もできる。

 北京や上海などの大都市の地下鉄に乗ると、ほとんどの人はスマホをいじっている。これは東京の地下鉄の光景とほぼ同じである。日本の地下鉄では、多くはないが、ときどき本を読む人を見かけるが、中国の地下鉄では、本を読む人はまずいない。

 振り返れば、これまでの20年間で、中国人の生活は一変した。パソコンを使うことができない人でも、スマホを使って、インターネットにアクセスすることができ、買い物はもとより、WeChatで情報収集などもできる。要するに、中国人の生活はネットワーク化しているということである。

 もともと社会主義国では、政府は国民が集まることを極端に警戒する傾向がある。中国も例外ではない。40年前に、中国は市場を開放し、種々の制度改革に取り組んできた。1990年代末、インターネット革命が起き、おそらく当時の政策担当者はインターネット革命が中国になにをもたらすかについて十分に理解できていなかった。

 代わりに、テレビ放送の内容と受信が厳しく規制されている。外国の衛星放送はもとより、香港の鳳凰衛視(中国系衛星放送)でさえ、一般の個人の家では受信できない規定になっている。それに対して、インターネットは、初期のころはかなり自由にアクセスできていた。外国のウェブサイトを閲覧して、そこで得られた情報を「微博」と呼ばれる中国版ツイッターに書き込む個人が増えた。そこに政府にとって都合の悪い情報もアップロードされていた。

 2010年以降、中国政府は徐々にネット規制を強化するようにした。まず、中国において検索エンジンのグーグルが起動できないようになった。代わりに、検索エンジンとして中国企業が提供する百度(baidu.com)が使われるようになったが、百度はさまざまな自主規制が施され、たとえば、天安門事件を入力して検索すると、まったく無関係の結果が表示されるか、「違法のキーワードが含まれているので、検索結果を表示できない」というコメントが現れる。

 現在、中国政府からみて有害なサイトと認定されているYouTubeやFacebookなどがすべてブロックされている。微博に政府批判の書き込みや政府を批判しなくても、何かの問題を提起するような書き込みをすると、すぐに削除されてしまう。とくに、フォロワーの多いアカウントは、たとえやんわりと政府批判の書き込みをしていても、場合によっては、アカウントそのものが取り消されることもある。結果的に、インターネットは人々にとり、生活情報だけを交換するツールと化している。

 政府は有害な情報が閲覧されないように、ファイアウォールを作った。同時に、ウェブサイトの掲示板に対する監視を強化し、ウェブサイトをパトロールするボランティアを集めている。これら政府のために働くボランティアなどの個人は「五毛」と呼ばれている。ほんとうのボランティアは無償で働くため、「自乾五」と呼ばれている。むろん、有償で働く若者も多くいるが、その場合は毎日削除した有害の書き込みの本数に比例して、その手当をもらうことになる。

 一方、政府にとって、インターネットは迷惑なツールだけでなく、利用する価値のあるツールでもある。最近、共産党員に習近平思想を学ばせるためのアプリが作成され、毎日、それを学習した時間などが自動的にカウントされるようになっている。学習を怠る党員が支部長から注意されることがあるといわれている。

 インターネットは中国人の生活を一変させたが、10年、20年先の中国人の生活をまったく見通せなくなった。これから5Gの時代に入ると、政府は大容量のデーターを瞬時に集めることができ、テロなどの犯罪を顔認証などの技術によって未然に防ぐことができるようになるメリットがある。反面、個人に対する監視が強化され、プライバシーが恣意的に侵害されるデメリットもある。

 このままいくと、中国社会は厳しく監視された社会になっていく可能性がある。主要大都市の目抜き通りで信号を無視する車や歩行者が減っているといわれている。なぜならば、信号を無視すると、その車の運転手または歩行者は街角に設置されているカメラによって顔認証され、AI(人工知能)によってブラックリストに載せられることがあるからである。

 中国では、飛行機に乗るときはもとより、高速鉄道などの電車に乗るときも原則的に実名制となっている。違反歴のある個人がブラックリストに載せられると、飛行機や高速鉄道に乗ることができなくなるだけでなく、銀行で住宅ローンを借りることもできなくなる。

 むろん、都市再開発のなかで自宅が強制的に取り壊された個人が抗議活動を行うと、同様に顔認証され、ブラックリストに載せられることもある。社会にとってこのような監視システムが必要な場合もあろうが、国民を監視する政府部門に対するガバナンスの機能が用意されなければならない。これこそネット監視社会が解決しないといけない課題である。