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【19-08】東アジアの呪縛―歴史の罠

2019年12月27日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 かつて中国で開かれたサッカーのアジアカップの試合で日本国歌斉唱のとき、中国人観客は起立もせず、ブーイングしていたことが記憶に新しい。国交回復してからの日中関係は、決して順風満帆ではなかった。しかし、近年、日中関係は比較的安定しているようだ。今年、日本に来る中国人観光客は1,000万人を超えるとみられている。中国人の心のなかは、日本に関して思ったより複雑なようである。日本の首相は靖国神社を参拝すると、軍国主義の復活といわれ、中国で大規模な反日デモが繰り広げられた。しかし、最新の世論調査によると、54.9%の中国人は日本について好い印象を持っているといわれている。

 1,000万人もの中国人が大挙して日本に旅行に来ている現実を考えれば、日本の観光サービス業にとって中国人観光客は欠かせない存在になっている。それに対して、日本人の対中印象は中国人ほど改善していない。84.7%の日本人は中国について好くない印象を持っているようだ。なぜ日本人の対中印象が改善されないのだろうか。

 そもそも中国人の対日印象はどのようにできたのだろうか。中国人が日本に観光に来るようになったのはここ数年のことである。多くの中国人は映画やテレビの画面を通じて日本人を知った。中国で上映された日本映画は中国人に日本の悪い印象を与えるとは思わないが、中国で制作された反日ドラマは中国人観客に日本の悪い印象を与えたに違いない。誇張して作られた反日ドラマは、実際の日本人とは大きなギャップがある。ただし、その影響は限定的である。

 おそらく中国人の日本に対する印象に大きな影響を与えたのはテレビのニュースではないかと思われる。日本の保守系政治家が集団で靖国神社を参拝するニュースでは、神社を参拝する無表情の集団が黒い服を着てテレビの画面に現れることが報じられる。それに個別の議員や評論家が個人の心情として侵略はなかったといった発言がナレーターを通じて中国人の視聴者に伝わってしまう。

 これが歴史観の問題なのか、史実の捻じ曲げなのかについて論ずるつもりはないが、テレビのニュース番組を通じて、ある政治家や評論家個人の発言が日本人の代表となって拡大してしまう。とくに、こうした歴史観の違いは東シナ海をめぐる紛争と重なり、中国人の対日印象は好くならない。

 ここで、特筆しておくべきことは、日本では、中国の反日ドラマは中国人の対日印象を悪くしてしまったとの意見があるが、多くの中国人はそれを見飽きたと思われる点である。低レベルのプロバガンダは影響を徐々に失ってしまうはずである。さもなければ、これだけの中国人は日本に観光に来ない。百聞は一見に如かず、日本に観光に来る中国人は日本について悪い印象を持つとは思えない。

 一方、日本人の対中印象はなぜ悪くなったのだろうか。これにもテレビは重要な役割を果たしたはずである。

 中国では、民主主義の選挙が実施されていないため、中国政府はイメージ戦略が十分になされていない。外交部(外務省)スポークスマンの記者会見をみると、どうしても人々に傲慢な印象を与えてしまう。確かに記者の質問のなかに意地悪の質問や挑発的な質問があるが、それをソフトにかわすのはスポークスマンの仕事である。スポークスマンが挑発され怒ってしまうと、相手が思うツボに嵌ってしまう。

 むろん、日本人の対中印象を悪くしたのは、スポークスマンのせいだけではない。中国外交の欠陥として、実用主義があげられる。日中国交回復のとき、日本との関係改善を急ぐあまり、日本に対する戦争賠償を放棄し、尖閣諸島(中国名:釣魚島)の領有権問題を棚上げした。しかし、こうしたやり方は問題の解決にならず、将来の紛争の種を残しただけである。近年、こうした紛争の種が芽生えたため、中国では大規模な反日デモが起きてしまった。

 中国で、反日デモの波が過ぎ、富裕層を中心に日本に旅行に来るようになった。しかし、富裕層の一部はマナーが悪すぎる。中国人のマナーの悪さは中国国内でもときどき問題になる。かつて、中国出張のとき、深圳から北京まで飛行機に乗るとき、雷雨の影響で飛行機が大幅に遅延してしまった。ファーストクラスのラウンジは一部の乗客によって破壊されてしまったほどだった。むろん、航空会社にも非がある。4時間あまり遅れ、深夜2時に北京空港に到着したが、客室乗務員からお詫びの言葉すらなかった。

 このような出来事は日本では、テレビのニュースとして報道されるだけでなく、朝と午後のワイドショーにおいて取り上げられ、詳しく報道されてしまう。その結果、日本人の対中印象は滑り台に乗ったようにまっすぐに下降していった。

 一方、日韓関係も最近ぎくしゃくしている。少し前までは中韓関係も悪かった。日韓関係が悪化したのは、歴史の負の遺産を適切に処理していないからである。慰安婦問題や徴用工問題は歴史の負の遺産である。日本政府として、こうした歴史の負の遺産をいつまでたっても引きずっていったら、韓国との関係を正常化できない。だからこそ朴槿恵政権のとき、こうした歴史問題を完全に清算して、それから二度と問題として提起しないと約束した。

 韓国人の心は日本人ほど十分に整理されていない。元慰安婦や徴用工に対する賠償は十分とは思っていないようだ。韓国人の目からみると、日本人は戦争の加害者なのに、傲慢と映る。一部の日本人政治家と評論家は歴史的に朝鮮半島を併合したが、インフラを整備してあげたなどいいこともたくさんしたと弁明する。しかし、併合された韓国人からすれば、いくら何でも植民地政策は評価されるものではない。これも歴史観の違いによるものといえるかもしれない。

 2020年春に、中国の習近平国家主席は国賓として日本を訪問する予定である。それをきっかけに、日中関係が大きく改善することを期待されている。しかし、日中関係が改善されるかどうかは、歴史の問題を含め日中両国の間に横たわっている様々な問題の解決を先送りせず、一つずつ解決していかなければならない。