【13-02】歴史認識問題と価値観外交

2013年 5月21日

川島真

川島 真:東京大学大学院総合文化研究科 准教授

略歴

1968年生まれ
1997年 東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学、博士(文学)
1998年 北海道大学法学部政治学講座助教授
2006年 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係史)准教授(現職)

アメリカの登場

 歴史認識問題と言えば、日本と中国、日本と韓国の問題という感覚が日本にはあった。実際、日本の政治家の歴史認識をめぐっては中韓両国政府から厳しいコメントが浴びせられている。だが、このところ、日本の歴史認識問題に対しては、アメリカの積極的な発言が目立っている。これはメディアに限らず、アメリカの政府筋からも、日本の政治家への厳しい視線が寄せられているのである。日本から見れば、米中韓が一致して日本を非難しているようにも思えるが、その背景はやや異なっている。

 中韓の場合、歴史認識問題は戦争や植民地支配をめぐるナショナリズムに裏打ちされている。そうした歴史観は、後の世代にも学校教育やメディアなどによって、ステレオタイプ化されたイメージが繰り返し強調され、社会共有の記憶、いわゆるパブリック・メモリーになりつつある。だが、アメリカの場合、もちろんパールハーバーに代表されるような、中国と同じく第二次世界大戦で日本と闘い戦勝国となった国としての歴史認識があるだろう。だが、アメリカが昨今問題にしているのは、東京裁判であるとか、韓国併合であるとか、そういったことではない。日本の政治家の歴史をめぐる発言が、「人権」であるとか、「民主主義」に深く関わる問題と考えられている面があるのである。この点が中国、韓国とアメリカとの大きな違いである。

 日本社会では、歴史認識問題と、人権や民主といった、まさに“普遍的価値”に関わるような問題とが直接的に結びつくとは意識されていないかもしれない。だが、アメリカでは、あるいは世界的にもそのような問題として受け止められている面がある。この点は看過できない。

 とりわけ慰安婦問題については、そうした普遍的価値に抵触するものとして、アメリカなどでも思われている。他方、中国も韓国も歴史認識問題といえばナショナリズムに関わる問題であるが、国際舞台ではこれまで「人権」を理由に日本を糾弾していたことも重要だ。その点で、アメリカがこの問題を重視することで、従来の中韓の主張もあいまって、日本は世界の“普遍的価値”なるものに反する存在と捉えられがちになってしまっているのである。それは、国務省のサキ報道官の橋下大阪市長の発言に対するコメントにも表れている(http://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2013/05/209511.htm#JAPAN)。

中国での安倍総理評価と歴史認識問題

 中国はアメリカの対日批判を当然ながら歓迎している。また、安倍政権が「右傾化」しているとして、参議院選挙以降に何か実際に行動を起こすのでは無いかという懸念も中国では多く聞かれる。もちろん安倍総理の言動、とりわけ歴史認識に関わる言動には注目が集まり、時には行き過ぎとも思えるような推測に基づく議論に拍車がかかっている。靖国神社をめぐる言動、迷彩服を着て戦車に乗った姿、そうしたものがある種の予断に基づいて認識され、批判に晒されている。

 いわゆる慰安婦問題もそうした問題のひとつである。だが、中国では靖国神社に関わる問題が最も大きく取り上げられる。村山談話、河野談話、教科書の近隣条項も注目されているが、歴史認識の焦点は靖国神社問題だと考えられている。これは、中国の対日外交の基本であった軍民二元論(一部の軍国主義者に戦争責任があり、日本人民は中国と同じく被害者だとする考え方)とも関わっているのだろう。だが、ここにきて国際社会が慰安婦問題に関心を向けるに従い、中国でもこの問題についての関心が高まっている。

外交戦略の再考?

 日本が歴史認識問題で自らの立場を主張することも、他国の言論における誤謬を正したりすることは必要だ。中国などが盛んにおこなっている宣伝政策には有効に対抗すべきである。しかしながら、自ら進んで歴史認識についてコメントする場合、その発言がどのように国際社会から受け止められるのかということに思いをいたすことが求められる。慰安婦問題にあらわれるように、日本にとっては別々と思える問題が他国にとっては深く結びつく問題のように思われることもあるのだ。

 日本の対中政策は、領土問題や歴史認識問題を抱えながらも、緊密な経済関係、環境問題そのほかの共通の課題については中国との対話を粘り強く続け、中国に対して「普遍的価値」を共有することを求めていくということにあっただろう。日本が「航行の自由」という考え方の共有を中国に求めることだけでなく、民主主義という価値観を重視した外交を展開しようとしていることは言を俟たない。安倍総理は、今年一月の東南アジア訪問に際して、対ASEAN外交五原則を発表したが、その第一が「自由、民主主義、基本的人権等の普遍的価値の定着及び拡大に向けて、ASEAN諸国と共に努力していく」という内容であった(http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_abe2/vti_1301/gaiyo.html)。

 歴史認識問題、とりわけいわゆる慰安婦をめぐる問題は、この基本的価値に根本的に関わる問題だというのが、アメリカの基本的なスタンスだろう。民主主義国家、とりわけ先進国たる日本が、こうした点に於いて、民主や人権といった点で「後退」することなど考えられない、という視線が東京に向けられている。

 無論、歴史そのものについてはまだまだ解明されていないこともあるし、定説とは何かという問題はある。しかし、歴史をめぐる問題は、やはり相手側が何をどのように認識しているかということに留意していかねばならない。まして、公人ともなればなおさらである。日本にとって日米同盟が国家の安全保障の基礎であり、また普遍的価値こそが対外政策の基本だと言うことであれば、歴史認識問題をめぐって政府が採るべき道は決まっていよう。

 歴史認識問題は、単に中国などのナショナリズムとの対峙ということではなく、より大きな普遍的価値をめぐる問題へと位相が変化しつつあるのである。今回は高い授業料ということになるのかもしれないが、今後はこの点をしっかり踏まえなければ、舵取りを誤ることになるであろう。


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