【13-03】「国有化」の意味は伝わっていたか

2013年 5月28日

川島真

川島 真:東京大学大学院総合文化研究科 准教授

略歴

1968年生まれ
1997年 東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学、博士(文学)
1998年 北海道大学法学部政治学講座助教授
2006年 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係史)准教授(現職)

 尖閣諸島をめぐる問題で日中の外交関係は暗礁に乗り上げている。この問題がどのようにして生まれたのかについては、既にその交渉過程や決定過程に迫る新聞記事などが出始めている。そうした記事では、多くの場合、次のように説明されている。石原都知事らによる購入を避けるために、まさに現状維持のために政府が購入しようとしたことに、中国の外交筋は当初理解を示していたものの、おそらく2012年8月に中国側の判断が急変して「国有化断固反対」となった。だが、その変化を日本側は十分に感知できず、9月のウラジオストックの野田総理と胡国家主席との対話が完全にすれ違った際にも、中国側の認識が変わったという理解には至らなかった。結果、いわゆる「国有化」を日本政府は予定通りおこなった、ということである。

 日中双方のボタンの掛け違いというか、相互認識のズレがやはり問題なのだが、現在も中国の研究者らと話していて、一番説明に窮するのが「国有化」である。日本政府としては「国有化」という語は使用しておらず、7月にあるメディアがこの語を使用し始めたために問題になったということはあるかもしれないが、この言葉が現在も日中双方の認識のギャップの根底にあることは言うまでも無い。

 日本側は、そもそも日本領の土地について、その土地の所有者が民間人から国家に代わっただけだと言う。しかし、中国ではなかなかそれが受け入れられない。それについては幾つかの理由、原因が考えられるが、ここでは三つあげたい。第一に、土地は基本的に国有地で、ひとびとはその使用権を得るに過ぎない中国では、国有化が領土化と同義に思えたのであろう。第二に、「国有化」という言葉に、ここに国家が基地を作るとか、何かしらの含意があるのだと考えられたのかもしれない。実際、資本主義が確立し、近代法制が確立している台湾でも、日本語の「国有化」については、日本側の説明をすっと理解してもらえるわけではない。筆者は「地主が交代しただけだ」という説明をするようにしている。そうすると多少わかってくれるようである。

 だが、これが単に地主の交代だということがわかってもらえても、それで問題自体を納得してもらえるなどということはない。それは、第三に、国家がそもそも売買に関与するということは、「棚上げ」したはずの主権問題に対して日本政府が一歩踏み込んできたということを意味する、というのである。つまり、民間同士が売買し、国家が静観している場合と、国家がその売買に絡むのでは、様相が異なる、というのである。これは、領土問題は棚上げしているという中国側の認識から来る見方である。そして、現状を変更しているのは日本だ、という主張を中国側がおこなうための論理立てでもある。

 この現状を変更したのは何者か、という“犯人捜し”は実は日中双方にとって重要な問題だ。それは、この問題について、日中のどちらが問題をつくったのかということだけではなく、アメリカの姿勢にも深く関わっている。なぜなら、アメリカは現状維持を求めており、日本が自ら現状を変更しようとしているならば、日米同盟の当該地域への適用については消極的になるという理解があるからだ。この点については、アメリカ側も中国に説明している。従って、中国側が執拗に、日本が現状を変更したのだということを主張することになっている。

 だが、現状の変更ということについては、そもそも「現状」が何であったかという認識が重要だ。実際には、日中双方でその「現状」なるものへの認識が大きく異なるのである。日本側は「日本単独の実効支配」とともに、(中国が領土の主張をしていることは承知していても)「領土問題は不在」というのが、従来からの「現状」への認識であった。従って、日本から見れば日本が現状を変更したつもりはない、ということになる。

 他方、中国から見た「現状」はこの問題を日中双方で「棚上げ」しているというものであり、日本こそが一歩踏み込んできて現状を変更したのだ、と主張している。無論、昨今の中国の海洋進出などは触れられない。日本側からすれば「棚上げ」などした覚えがない、ということなのだが、中国側が「棚上げ」の根拠としてしばしば言及するのが、1978年の日中平和友好条約交渉前後の園田直外務大臣発言である。たとえば、1978年4月14日の衆議院外務委員会でも同大臣が「4月12日以来の、ただいま報告しました相当数の中国漁船が尖閣諸島周辺のわが国領海内において不法に操業ないし漂泊していることについては、昨13日、在京中国大使館に対し事件の概要を伝え、尖閣諸島はわが国固有の領土であることを述べるとともに、・・・これに対し先方は、尖閣諸島は1971年12月30日の中国外交部声明に述べているとおり中国の領土であるという態度でありました」というように、両論併記に近い言論をおこなっているようにも見える。そして5月11日、参議院外務委員会で園田直外務大臣は「尖閣諸島については、大局的見地からこれに対処してきたこと及びこれに関する国交正常化の際の日中双方の態度には現在でも変わりはないことが確認されております」と述べている。この“大局的”という語は、現在も中国側が好んで用いる用語である。実際の平和友好条約の交渉で日本側が中国側に何を伝えたのかは判然としない面がある。だが、この園田外相発言は確かに現在の日本政府の尖閣諸島に対するトーンとは異なるようにも思える。

 2013年は日中平和友好条約締結35周年にあたる。日中平和友好条約交渉前後の園田外務大臣の発言を現在いかに認識するのかは難しいし、当時と現在とでは国際環境も異なっている。だが、問題の解決に向けて長期的に取り組むに際して、少なくとも国内外の双方を納得させる「言葉」はないものか、考えてみることは必要かもしれない。その際には、双方の認識が相当に異なっていることを前提とし、また両国間で用いられてきた「言葉」を検証することも必要だろう。日中は近くても依然として遠い国である。


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