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【13-06】朴大統領訪中と日米韓・米中韓関係

2013年 7月16日

川島真

川島 真:東京大学大学院総合文化研究科 准教授

略歴

1968年生まれ
1997年 東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学、博士(文学)
1998年 北海道大学法学部政治学講座助教授
2006年 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係史)准教授(現職)

韓国から見たG2論と米中新政権

 韓国で国際関係の議論をすると、G2という言葉が頻繁にあらわれる。この言葉自体は、オバマ政権第一期にアメリカ側で議論されたものの、温家宝総理がそれを否定、以後は米中関係を説明する用語としてはほとんど使用されていない。だが、韓国では国際関係を示す基本用語として定着してしまったようだ。

 これは不思議なことではないのかもしれない。朝鮮半島の統一、あるいは北朝鮮問題が国際関係の第一ミッションとなる韓国では、半島情勢をめぐるパワーバランスにおいて米中両国が最大の影響力を持つ存在であることは明らかである。とりわけ、第二期オバマ政権がリバランシングを唱え、習近平政権が国連などの場で北朝鮮について、胡錦濤体制よりも北朝鮮に厳しい姿勢を示したのだから、米中の北朝鮮へのアプローチ、すなわち朝鮮半島をめぐる新たなるG2体制を見極める必要があったのだろう。そうした意味で米中韓関係の最定位が大きな課題になったことも頷ける。

朴大統領の訪米と米中韓関係

 2013年5月初旬、朴大統領は訪米し、オバマ大統領と首脳会談をおこなった。この際には米韓二国間関係とともに、中国との距離感についても話題になった。共同記者会見では、北朝鮮問題、六者協議に於ける中国やロシアの重要性を強調する見解が披瀝された。そこでの朴大統領のコメントは以下の通りである。

And so, in order to encourage North Korea to walk that path and change its perceptions, we have to work in concert. And in this regard, China’s role, China’s influence can be extensive, so China taking part in these endeavors is important. And we shared views on that. With regard to China and Russia’s stance, I believe that China and Russia -- not to mention the international community, of course -- share the need for a denuclearized Korean Peninsula and are cooperating closely to induce North Korea to take the right path. In the case of China, with regard to North Korea’s missile fire and nuclear testing, China has taken an active part in adopting U.N. Security Council resolutions and is faithfully implementing those resolutions.

 ここで朴大統領は北朝鮮問題に於ける中国の重要性をしきりに強調している。無論、日本への言及はない。

 また、米韓首脳会談以前、アメリカは米中首脳会談をおこない、北朝鮮問題に於ける協力関係、とりわけ半島の非核化の面での協力について確認している。アメリカは中国をグローバルな、また地域的な秩序枠組みに組み込んでいくこと、それと同時に日本や韓国など従前からの同盟国との関係を強化しようとしている。中国を取り込み、協調関係を築きながら、伝統的な同盟国とも関係を強化しようというわけだ。そこには、日米中関係、米中韓関係など、米中+Xの多様な三国関係が形成される。だが、この三国関係はいつも三角形を結ぶわけではない。たとえば日米中関係のように、日米、米中の関係はあっても日中関係が緊張すれば三角形としては機能しない。それに対して、米中韓は、北朝鮮問題を「てこ」にして、米中、米韓、中韓それぞれの関係が結ばれ、そのトライアングルが形成されているということになろう。

 ここではあくまでも米中が優先であるが、韓国からすれば、5月に朴大統領が訪米し、6月に訪中するということは、このような三角形、あるいは韓国なりのG2的な秩序観をふまえたものになっている。つまり、朴大統領は、金大統領のような太陽政策をとるわけでもなく、また李大統領のように親米的な姿勢をとるというのでもなく、米中両国とトライアングルを想定し、その枠組みの下に北朝鮮に対応しようということである。アメリカから見れば、韓国の言うG2論については首肯しがたくとも、中国に対するエンゲージとヘッジを含み組み込んでいる韓国外交は、その基本的な発想と近く、歓迎しているように見える。

 では中国からはどう見えるのか。北朝鮮に大きな影響力をもちながらも、北朝鮮に手を焼きつつある中国の観点からしても、韓国のこのような姿勢は歓迎だろう。米中二大国と、もっとも当事者性も高い国である韓国が枠組みをつくるというのは、国際問題への関与という意味でも矛盾は大きくない。中国からすれば、韓国と密接な関係を築くことは、アメリカの諸同盟国間の関係強化、とりわけ日韓関係強化に楔を打ち、またそれと同時に領土問題を有利に進める上でも、重要な施策となろう。

 このように形成された米中韓関係であるが、韓国はこのトライアングルを「制度化」したいようでもある。目下、二国間関係の束にすぎないこの関係をトライアングルにして米中韓三国協議などにしていきたいようでもある。その場合、その関係のターゲットは北朝鮮問題に限定されるものであろうか。それは必ずしもそうではないだろう。とりわけ、経済は中韓二国関係にとっても大きなミッションになることが予想される。

中韓二国間関係

 今回の訪中に際して、朴大統領は中国により「旧い友人」と位置づけられた。また、朴大統領は得意の中国語で中国の学生に語りかけ、韓国での「国民幸福時代」、中国での「中華民族の偉大なる復興」を相互に尊重するということを確認した。中韓関係は「戦略協力パートナーシップ」の下に位置づけられ、相互にそれぞれの社会制度や発展モデルを尊重し、和平発展を支持するとした。無論、そこでは朝鮮半島の非核化をめぐる両国の協力関係も位置づけられている。

 今回の朴大統領の訪中で特徴的だったのは、国民の各領域、各階層での協力を提唱した点である。だからこそ、朴大統領は全人代のトップにまで会ったのだろう。また、経済面でも韓国は中国への期待を明確にし、FTA締結を想定し、金融面での中韓協力も進められようとしている。総じて、包括的な協力関係が進められようとしているということだろう。このほか朴大統領から提案された、東北アジア和平協力構想、朝鮮半島信任過程構想などといったものについても、中国側は支持を与えている。

 中韓両国が発した未来連合声明は、以後五年間の包括的な協力関係形成を主題としている。とりわけ、議会、政党、学術界などを含めた広範な国民交流、第二に経済社会の協力、第三に青少年交流、地方交流、伝統技術交流など。そして、首脳交流をはじめとして、外交のトップレベルの定期会合など、各分野の協力枠組みの形成もおこなわれる。このほか、中韓人文交流共同委員会が形成され、定期的に会議を開くという。

 これらについての率直な印象は、1992年に正常化した両国が、戦略的な環境の変化の中で、ここにきて包括的な二国間関係を形成しようとしているということであろう。これは北朝鮮問題のみならず、中韓二国間関係のさらなる発展を見越してのことのように思える。無論、中韓二国間関係が順風満帆というわけではない。領土問題などでの両国の協力は必ずしも好ましくない面もあるし、毎年、漁業をめぐる問題も生じている。相互の国民感情も必ずしも安定したものではない。そうした意味では、こうした蜜月の演出もまた暫定的なひとつの戦略的パフォーマンスであり、目下、二国間の安定した関係を示すものとまではいえないということになろう。

日本との関係

 では日本はどうだろうか。米韓首脳会談で朴大統領は、とりわけ北朝鮮問題について日本には言及しなかった。だが、中韓首脳会談で日本が話題になった際には、歴史問題でそれぞれ立場を述べただけでなく、日中韓三国関係について、まずは三国首脳会議を2013年に実現するよう努力することを約している。

 韓国にとっても、日米韓関係が国家の安全保障の根幹にあることは間違いない。だが、北朝鮮問題においては、米中韓トライアングルがG2論を背景に重要になり、経済面でもFTAのあるアメリカ、そして何よりも中国との関係が重視されている。アベノミクス下にある日本は、むしろ貿易赤字を生み出す相手なのかもしれない。そうした意味で、韓国にとって日本は重要ながら、それが可視化される機会が少ないということになろう。

 そうした中で、韓国が米中韓関係を制度化していこうとする動きや、北朝鮮問題について六者協議を四者協議にしようとする動き、あるいは五者協議にしようとする動きが、韓国、あるいは中韓で強まっていることには、日本として留意を要する。

 東アジアの国際関係は、不断に発生する短期的な変容と、その連なりとしてある長期的な変化とが折り重なりながら形成されている。短期的な変容に右往左往する必要はないが、長期的な視野にもとづいた、慎重な観察と一定の対応は必要だろう。とりわけ、日米中関係、日米韓関係、米中韓関係の下にある日米同盟のありかたや位置づけについては、東アジアの国際関係において完全な定数というわけではなく、状況に応じて変容する変数になりえることには、留意が必要である。