【15-02】ひまわり学生運動(太陽花学運)から一年

2015年 4月27日

川島真

川島 真:東京大学大学院総合文化研究科 教授

略歴

1968年生まれ
1997年 東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学、博士(文学)
1998年 北海道大学法学部政治学講座助教授
2006年 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係史)准教授
2015年 同教授(現職)

 2015年3月に十日間ほど台湾で集中講義をおこなった。中山大学という高雄の沿岸部にある国立大学で、日中関係や東アジアの国際関係を背景にした日本外交や、日本の安全保障政策について大学院生向けに話をした。3月18日、講義とは別に学部生向けの講演が予定されていた。しかし、講演当日、(別に筆者自身はそれほど拘らなかったが)主催者が思ったほどの“観客”が集まらなかった。それは、この日が2014年3月18日に始まった「ひまわり学生運動」の一周年にあたり、台北や高雄で記念集会がおこなわれていたからだった。学生たちは、当然学内の“講演”などよりも、その集会への参加を優先したわけである。

 ひまわり学生運動は、台湾と中国の間の投資協定をめぐる議会(立法院)での審議の進め方や法案の内容などをめぐり、主に学生を中心とする団体が立法院を占拠し、最終的には同法案の審議を事実上停止に至らしめた事件であった。また、運動の過程で大陸との投資協定の問題だけでなく、諸問題に対する馬英九政権への不満も噴出し、さながら馬政権への抗議運動の様相を呈した。総統選挙が四年に一度しかない台湾では、四年前の民主、つまり“過去の民主”が実態にそぐわなくなろうとも存続するという問題も指摘されるようになり、議員内閣制を模索すべきだなどといった声も聞こえたほどであった。

 だが、この運動自体に対する批判も少なくなかった。確かに、警察が暴力に訴えて取締にあたったことで運動への同情が市民から多く集まったものの、行政院占拠についての足並みの乱れや、最終的な目標の不一致などから、運動者側にも矛盾が多々見られた。そして、馬英九総統が政治的に手続きを踏まない抗議運動に対して比較的冷淡な姿勢を示し、それに対して王金平立法院院長が学生運動との対話姿勢を示したように、政治に利用される側面もあった。

 この「ひまわり学生運動」は結果的に国民党政権にどれほどの打撃を与えたのだろうか。実のところ、直接的に政府それ自体に与えた影響は決して大きなものではない。また、この運動自体多様な主体を含みこんでおり、「結集核」をもった運動であるわけでは必ずしもなく、「政党」へと結実していったわけでもない。そうした意味で、この運動の評価はまだ定まったわけでない。

 しかし、2014年のこの運動は台湾の政治、社会に大きな足跡を残した。目下のところそれはどのように見ることができるのだろうか。

 第一に、現在の二十代から三十代にかけての「若者」たちは、権利や手続きについて相当に敏感になり、政治的、社会的正義の体現を求めているということである。彼らの目線は、必ずしも統一か独立かという点にあるのではなく、公正性、民主的手続き、民主諸制度、立憲主義などといった点にある。台湾は既に民主化しているが、国民党一党独裁時代の残滓があるともされ、それが批判の的になっている。この層が政治的にいかなる影響力をもつのか、この点はまだ未知数であるが、今後、長期に亘り、この「世代」のもつ影響力は看過できない。

 第二に、具体的な政治への影響だが、2014年の台北市長選挙での柯文哲が当選し、当選後もさまざまな施策が打ち出されて話題が続く現象が生じているように、ある意味で若い世代の影響を受けやすい世代が有権者として多く存在し、かつ適切な候補者を得た選挙区、とりわけ地方の首長選挙の選挙区では、新たな旋風が巻き起こる可能性がある。これは、里長選挙などでも同じく指摘されたことである。また、地方議会などで、若い世代の支持を受けた議員が生まれ始めたことも確かである。だが、彼等が多数を占めるには全く至っていない。

 第三に、こうした若い世代の影響力を過大評価することも適当ではないということだ。特に、2016年1月に実施が予定されている総統選挙では、無所属からの立候補は想定されず、あくまでも政党からの候補ということになるために、国民党と民進党の二大政党が候補者を出すことになる。そうなると、この若い世代の票は、主に民進党の候補者に流れることになるであろう。なぜなら、この若い世代は、国民党の現政権への批判精神を強くもっているからである。

 こうした意味で、この若い世代の影響力は限定的だ。「政党」という「結集核」をもたない政治運動は総統選挙という台湾政治の最大の舞台で依然として具体的な成果を得ることは難しく、反馬英九政権、反国民党としての意味しかもたないことになってしまう。しかしながら、総統選挙と同時におこなわれる立法院委員選挙(国会議員選挙に相当)では、政党こそないものの、同じ傾向をもつ候補が無所属で立候補し、もし柯文哲台北市長が後押しなどする場合、政党では無く、立法院における「政治団体」を組織できる可能性が生まれてくる。そして、その人数が五名を越えてきた場合、立法院において一定のキャスティングボードを握る可能性さえ見えてくる。

 以上のように、短期的には「ひまわり学生運動」の政治的な影響は限定的であり、いくつかの条件をクリアしなければ影響力を担保できないだろう。筆者が中国政府の国務院台湾辦公室のスタッフにインタビューした際、「ひまわり学生運動にともなう新たな動向には注目しているが、まだ彼等は既存の政治に反対し、ある意味で“壊す”ことしかおこなってきていない。彼等がこれから何を“創る”のかに注目したい」と述べていた。これは的を射た観点だと言うこともできる。運動一周年を経て、確かに政治的、社会的な足跡を確認できるものの、二大政党制の下でこの潮流がどのような動きを見せるのか、今後とも観察が必要であろう。


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