【16-01】日中関係の解釈権—改善と悪化—

2016年 5月23日

川島真

川島 真:東京大学大学院総合文化研究科 教授

略歴

1968年生まれ
1997年 東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学、博士(文学)
1998年 北海道大学法学部政治学講座助教授
2006年 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係史)准教授
2015年 同教授(現職)

 2012年12月、安倍政権が発足した当時、日中関係は最悪の状態にあった、といっていい。民主党の野田政権期にいわゆる尖閣国有化がおこなわれ、中国側がそれに強く反発していたためだ。これは、2006年の第一次安倍政権発足時と対照的だった。

 2013年、日中関係に特に大きな動きは無かった。安倍総理は靖国神社参拝など、特に中国側を刺激する行為はおこなっていなかったが、中国側から関係改善のシグナルはなかったのであろう。習近平政権発足当初だったこともあって、中国側も大胆な対外政策の転換はできなかったのかもしれない。2013年末、安倍総理が靖国神社参拝を断行した。これは中国側を強く刺激し、日中関係はさらに悪化したが、2014年1月、国会において安倍総理は日中関係改善に言及した。これは2013年には見られなかった傾向であった。

 2014年にはさまざまな政治家、外交官が日中間を行き来した。とりわけ、日本側から中国側への働きかけは積極的であった。そして、同年秋、歴史認識問題や領土、そして日中関係の基礎ともいえる諸問題を四点に整理した文書が発表され、日中首脳会談が実現した。

 これは日中関係改善の象徴のように、少なくとも日本側からは見えた。中国側からは、この時の会談について習近平主席の表情であるとか、形式について注目し、習主席が嫌々ながら安倍総理と握手したのではないかといった否定的な観測も流れていた。だが、2015年に入り、安倍談話などで、特に大きな問題が生じなかったこともあってか、首脳会談が再びおこなわれることになり、日中関係の改善が内外に印象づけられたかに思えた。

 しかし、日中関係改善という印象をもつ日本側と異なり、2015年の秋から年末にかけて中国側から聞こえてきていたのは、日中関係の現状、今後についての慎重論であった。つまり、日中関係はまだまだ改善していない、という見解である。諸方面からの話を総合すると、2015年秋におこなわれた首脳会談、あるいは閣僚級の会談において、日本側が南シナ海問題で中国を強く批判したことがその大きな原因のようだった。また、日本は、中国と直接話をするときには日中関係の改善を望みながらも、他所では中国を批判する言動を繰り返している、という話もまた中国側の不満のタネのようであった。そもそも、AIIBなど、中国側の用意した国際公共財には必ずしも肯定的な態度を日本は示していなかったので、そうしたことによるフラストレーションもあったのであろう。

 きわめて興味深いのは、そのような不満が具体的に提示されたことである。2016年4月30日、日中外相会談がおこなわれ、その場で王毅外相から岸田文雄外務大臣に四点の要求が示された。「日本側が誠意を見せ、言行を一致させて、両国関係が健康な軌道に戻るように実際の行動を以てやってほしい」というのが王外相の意向だった。これは同年4月10-11日におこなわれたG7外相会談において、名指しこそしていないが、中国の南シナ海での活動を批判する声明を出したこと、あるいは5月20日の台湾の蔡英文新総統の就任を控えての牽制だとも見て取れる。

 中国側の挙げた四点は、第一に日中共同声明などの4つの基本文書を踏まえ、歴史を直視していくべきだということだった。これは、台湾問題なども含むものであるが、日中関係の基礎とも言えるもので、日本側としても違和感はなかろう。第二は、日本側は積極的、かつ健康的な心理の下に中国の発展を見るべきで、中国脅威論や中国経済衰退論を振りまくな、というものだった。これは、日本政府が進める広報外交などに対する中国側のフラストレーションなのかもしれないが、こうした日本の対中認識を中国側として払拭、説得することができていないということを表現したものであろう。第三に、経済面でWin-Win的な協力関係を築くべきであり、片方だけが相手を頼ったりするような関係を無くすべきだ、というものだ。また、中国と平等に、互恵の姿勢で様々な協力を進めるべきだということも盛り込まれている。日中の経済関係が必ずしもWin-Winになっているとは認識していない、そして依然として日本側が自らを上位に置こうとしていると見なしているのだろう。第四の点は、東アジアあるいは国際社会でのガバナンス形成の面で、日本側は中国への対抗意識を捨て、中国と共同してこの地域の和平、安定、発展を求めるべきだ、というものである。これはAIIBなどを意識してのことと思われる。

 これらの点は、いずれも日中関係が依然改善基調にはないと中国側が見なしていること、そしてその原因を日本側に求めていること、を示している。それぞれの内容、とりわけ第二から第四の内容は、日本側から見れば受け入れがたい、あるいは中国側にも原因があると言いたくなるところである。だが、これらの要求に対して日本側が特に留意すべきは、もはや日中関係をも中国側が解釈して位置づける、つまり日中関係の解釈権を中国が行使しようとしている、ということだと思われる。そうした意味では、日本側は日本側の解釈をどこかの段階で示しておいて方が良いのではないか、と筆者は考える。


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