川島真の歴史と現在
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【16-03】中国の語る世界秩序とアメリカ

2016年 8月 8日

川島真

川島 真:東京大学大学院総合文化研究科 教授

略歴

1968年生まれ
1997年 東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学、博士(文学)
1998年 北海道大学法学部政治学講座助教授
2006年 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係史)准教授
2015年 同教授(現職)

ライス大統領補佐官の訪中

 2016年7月25日、アメリカのライス大統領補佐官(安全保障等担当)が訪中して習近平国家主席と会談した。南シナ海をめぐる常設仲裁裁判所の判決が出たあとにやや危惧された米中関係を再び軌道に乗せるためにおこなわれた会談であったが、9月初旬のG20をも視野に入れて、中国側もホスピタリティを表現して見せたと言える。

 この会談の場で、習近平は次のように述べたという。「中米は相互信頼の強化に力を入れる必要がある。中国は強国になっても覇権の道を歩むことはなく、現行の国際秩序、規則に挑戦する意図もない。中米の共通利益は溝を大きく上回り、協力でき、協力を必要とする分野は多い」(翻訳は人民網日本語版に従う、下線部は筆者。原文は「中国不会走国强必霸的道路,也无意挑战现行国际秩序和规则。中美共同利益远大于分歧,可以合作、需要合作的地方很多」とされている)。

 これは、アメリカを中心として築かれてきた既存の国際秩序に対して挑戦することはないと、習近平が述べたようでもあり、また中国としてはアメリカに挑戦する意図がない、とも読める。アメリカ側は、この言葉に安心してしまっただろうか。もしそうだとしたら、それはやや首肯しかねる事態である。

貢献者か?挑戦者か?

 中国が果たして世界の秩序の貢献者なのか、挑戦者なのか、ということは、ある意味で聞き飽きた課題でもある。中国が基本的に既存の秩序、あるいはグローバル化の下で発展してきたことを強調するひとびとは、たとえ中国がフリーライダーであっても、中国は基本的に既存の世界秩序の下にある、としてきた。こうした論者は基本的に、アメリカやG7全体の国力や経済力を総合すれば、当面は中国がそれに挑戦することはないだろうというリアリズム的な発想を有しているのだろう。他方で、中国が挑戦者になるとする論者は、世界の覇権国の推移や転換を数百年単位でみた場合に、アメリカの次に来る覇権国は中国である可能性がもっとも高く、中国はまさに現在の覇権国アメリカと協調しつつも、次第に自らが覇権国になるべく準備している、とみている。

 だが、この両者は対立しているようで、共通点もたくさんある。貢献者だとする論者に、今後の50年、100年といった時間軸をとったらどうなりますか?と聞くと、だいたい「それはわからない」という返答が返ってくるものだ。当面は、中国は挑戦者にはなりえない、という判断が、貢献者だという見方を導いているのだとも言える。また、同時に挑戦者となるほどの発展を中国がし続けるかわからない、という慎重な見方が、当面は貢献者、という結論を後押ししているのかもしれない。

いわゆる中国の台頭と国際秩序

 しかし、こうした見方や考え方は別にして、実態としてはどうかとなると、判断は難しい。中国はWTOにも加盟し、国連海洋法条約の締約国でもある。だが、昨今の南シナ海問題をめぐって常設仲裁裁判所の判決を突っぱねたところを見ると、到底国際的な秩序に従っているようにも思われない。

 だからといって、中国はアメリカの掲げる「航行の自由」は否定しないし、「法の支配」も遵守するという。ただ、南シナ海の島々は有史以来自国のものであり、それを防衛しているだけだ、というのだ。そして、冒頭に述べたように、習近平国家主席は国際秩序を守るし、アメリカの覇権には挑戦しないと言っている。では、どう理解すればいいのか。

 実はこの点について、中国の要人がすでに解答例を提示してくれている。7月上旬、全国人民代表大会の外事委員会主任である傅莹はイギリスにおいて講演し、その内容が「傅莹:美国主导的世界秩序从未完全接纳中国」などとして中国でも報じられた。

 傅莹は、現在西側の国々の人々が信じているアメリカを中心とする、いわゆるパックスアメリカーナには、以下の三つの支柱があるという。第一にアメリカや西側の価値観。第二にアメリカを中心とする軍事同盟。第三に国連とそれに付属する組織、機構である。だが、中国はこの三者をすべて完全に受け入れたわけではないし、それどころかアメリカを中心にした軍事同盟に至っては、中国の安全保障に対して圧力をかけてきているのであった、だからこそこのアメリカを中心とする秩序の包容性には欠陥があるのだ、と傅莹は言う。

 そして、中国が国際秩序の一部だという時、それは上に記したアメリカを中心とする国際秩序の三番目、つまり国連とそれに付属する組織、機構による国際秩序であり、そこに国際法原則も含まれている、というのである。だからこそ、三分の一は、アメリカを中心とする「世界秩序」と重なりがあるものの、完全に重なるわけではない、というのだ。

 そして現在、中国は大きな期待を背負いながら、不完全な国際秩序を改善しようとしているという。つまり、アメリカを中心とした国際秩序のうち、包容力が小さいと中国が批判している、価値観と軍事同盟の部分に対して問題提起をしていくべく、アジアインフラ投資銀行や一帯一路構想を提起している、としている。

 これを見るとライスが習近平から聞いた「中国は強国になっても覇権の道を歩むことはなく、現行の国際秩序、規則に挑戦する意図もない」ということの意味がわかるだろう。中国は現行の国際秩序に挑戦などしておらず、その問題点を克服し、より完全なものとするために、積極的に貢献しているというのである。アメリカ側は果たしてどのように分析してしたのであろうか。(了)