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酸化チタン光触媒の誕生から応用開発までの道のり

2007年1月19日

 1967年(昭和42年)春のことである。東大工学系大学院の2年生だった藤嶋昭・東大特別栄誉教授(以下教授と表記)は、電子写真などの画像材料の基礎研究をするため酸化チタン電極を作り、対極として白金電極による閉回路を作った。そして両電極を入れた水槽の中に水銀灯の強い光を当てる実験に取り組んでいた。

 驚いたことに両方の電極から泡がぶくぶくと沸いている。これは一体なんだろうか。電流計をみると電気が流れている。電極になっている酸化チタンは半導体である。半導体とは銅線のように電気を伝える導体とゴムやガラスのように絶縁体の中間に位置する物質だ。半導体に熱を加えたり、光を当てるなどある条件を加えると電気を伝える性質がある。

 ためしに光を止めてみた。泡の発生が止まり、電流も流れなくなった。光を当てると半導体の酸化チタンは電気を通し、その結果気泡が出てきたのである。この気泡は何だろうか。藤嶋教授は泡を集めてガスクロマトグラフで分析してみた。驚いたことに酸素だった。

 もう一方の電極には白金を使用していたが、こちらには水素が発生していた。光をあてただけで水が酸素と水素に分解したのである。植物の光合成と同じようなことを人工的に実現してしまったのである。藤嶋教授はその夜、興奮して寝付かれなかったという。

 触媒とは、化学反応を促進する物質である。それ自体は化学反応の前後で変化をしないが、反応を促進する作用がある。たとえば水素ガスと酸素ガスを混ぜ合わせても、それだけでは反応しない。そこに触媒として白金を入れてやると室温でも反応して水を作る。光触媒とは、光を吸収することで反応を促進するものである。

 植物の光合成は、葉緑素を光触媒として二酸化炭素と水が反応して澱粉と酸素をつくる光触媒反応だ。光触媒である酸化チタンは、波長380ナノメートル以下の紫外線を吸収すると室温で反応が起こって、3万度以上の燃焼反応に相当するという。

 藤嶋教授はそれから1年がかりで酸化チタンによる光分解の研究に取り組み、69年に日本化学会の「工業化学雑誌」に論文として発表した。最初は多くの研究者から疑問視され、相手にされなかったという。真理の発見にはつきものの学問的な迫害である。しかし藤嶋教授と指導していた本多健一助教授(東大名誉教授)は、逆風を跳ね返し実験を積み重ねてこの原理を確立した。その後、この現象は2人の名前を取って「ホンダ・フジシマ効果」と呼ばれるようになる。

図1

光だけで水が分解する実験結果を図を付けて1972年に「Nature」に発表した。

図2

水が酸素と水素に分解されて泡を出している。

  太陽光だけで水を分解できるとなれば、水素を取り出して燃料として利用できるのではないか。折りしも73年秋に第1次石油ショックが勃発し、エネルギー危機が叫ばれていたため、藤嶋教授らは一躍時代の寵児になりかかった。

 しかし現実には、微々たる水素しかとれないのでとても実用化まではいかない。その後もさまざまな実験をして実用化の手がかりを求めたが、どうしても役に立つものが生まれてこない。こうして「ホンダ・フジシマ効果」は基礎研究の成果のまま深い眠りにつくことになる。

 発見から22年経った89年になって、藤嶋研究室の講師になった橋本和仁・現東大先端科学技術研究センター長・教授が、黄ばんで不潔臭の絶えない東大のトイレの臭い消し、黄ばみ消しに使えないかと考えた。そのとき偶然にも研究室にいた大学院生が、トイレ機器などの大手メーカーの東陶機器(TOTO)に知人がいると言い出した。たちまちTOTOと連絡をとり、同社の基礎研究所で脱臭装置の研究に取り組んでいた渡部俊也・現東京大学 国際・産学共同研究センター 教授らとの共同研究へと発展する。

 トイレの臭いは、尿に含まれる尿酸がバクテリアで分解されてアンモニアになるなど悪臭を発する化学物質が生成されるからだ。これを光触媒で分解できないかと渡部教授は考えた。トイレは薄暗い場所であることが多い。そんな場所では光が不足するので、光触媒が有効には働かないと考えられていた。渡部教授はさまざまな条件を加えて実験を重ねているうち、弱い蛍光灯の光にも紫外線があることを確認し、蛍光灯程度の光でも光触媒が有効に機能してメチルメルカプタンが分解されることを突き止めた。

 TOTOの技術開発チームは、張り切って商品開発に取り組んだが、最も大きな課題になったのは、光触媒である酸化チタンを効率よく機能させるためにいかに製品に固定するかであった。結果的にタイルに酸化チタンの膜を貼り付ける技術開発に成功する。超薄膜にしてタイルに貼り付ければ、光を受ける面積が広がって効果がでる。タイルに透明なうわぐすりを塗った後に、酸化チタンの粉末を含んだ液体原料を吹きかけ八〇〇度以上の温度で焼くと一ミクロン以下の厚さを保つ酸化チタン層が出来る。こすっても簡単には取れない。

 タイルの表面に酸化チタン膜を貼りつけて実験をしてみると、予想外の結果が出てくる。大腸菌や緑膿菌、抗生物質の効かないやっかいなMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)をほぼ100%死滅させる結果に、研究スタッフはびっくりした。見た目に清潔感があり、きれいなタイルに抗菌効果という付加価値がついたのである。

 こうしてホンダ・フジシマ効果が発見されてから27年を経た97年秋に、東大とTOTOの研究者が共同開発した光触媒を応用したタイルが市場へ出て行くことになる。

 光触媒の原理が発見されてからほぼ30年間眠っていた基礎研究の成果が、ある時点からにわかに実用化の目途がつき、いま爆発的に応用研究開発が広がっている。その応用範囲は広く、防音壁、自動車用ドアミラー、道路標識、ガラス板、抗菌タイル、介護用繊維、空気清浄機、トンネル証明、消臭剤、照明器具、医療器具、鉄さび防止、カビ防止などに応用されている。

 光触媒は、純粋な日本生まれのナノテクノロジーの最先端技術であり、バイオ、環境、ITなどに関連する21世紀の中核技術でもある。すでに光触媒の研究開発に2000社以上が参入している。

 (参考文献:「天寿を全うするための科学技術―光触媒を例にして」(藤嶋昭著、かわさき市民アカデミー講座ブックレットNo.25、「大丈夫か日本の産業競争力」(馬場錬成著、プレジデント社)