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【08-003】勢いよく発展する天津社会科学院日本研究所

田慶立(天津社会科学院日本研究所専門研究員)  2008年5月20日

 天津社会科学院日本研究所は、中国における最も古い日本研究機関の1つとして、1979年に元天津歴史研究所日本史研究室の基礎のうえに創立された。現 在、10名の専門研究員がおり、そのうち5名が上級研究員である。日本研究所は天津社会科学院の発展計画に基づき、自らの実際の発展状況を踏まえて、“現 代日本”という学問分野の確立を進めるべき目標に定めている。1945年より今日までの区切りを“現代日本”とし、その間の日本の政治・外交・経済・文 化・社会など諸問題を巡る研究を深く掘り下げて展開している。中国と天津市の経済・社会発展の需要に基づいて、学問分野の確立という目標をさらに“中日関 係の研究”及び“中日の現代化プロセスの比較研究”という2つの派生的な研究目標に調整し、そうした研究目標に応じた人員配置を行い、その上で学問分野の 確立という目標を巡って、研究員一人一人においても独自の専門知識を身につけ、現代日本の焦点となる問題や注目される問題についての追跡研究も行うという 研究上の特色を形成している。

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1.歴史的な蓄積に富む堅実な研究環境

 1979年、天津社会科学院日本研究所が創立された当時、中国国内における日本史研究分野の名だたる学者が集められた。聶長振、盛継勤、王金 林、呂万和ら諸氏が中にいた。聶長振先生は日本の古語—“候文”に精通し、学術的な専門知識は中国と日本の宗教の比較研究に重点を置いていた。王金林先生 は日本古代史を研究しており、『簡明日本古代史』、『日本天皇制及其精神結構(日本の天皇制及びその精神構造)』などの著書があり、日本の古代国家邪馬台 国の位置について詳細な考察を行った。また、呂万和先生の研究は日本の近代に重点を置き、その著書『簡明日本近代史』は長い間日本近代史を学習・研究する 際の重要な参考図書となっている。これら一世代前の学者たちは研究態度が謹厳で、史料の考証と分析を重視し、“歴史と理論の結び付き”、“理論は歴史的現 実から導かれる”といった研究理念を貫き、日本の古代史・近代史及び思想史の分野で卓越した業績をあげた。この謹厳で質朴な学風が研究所の発展にとって貴 重な精神的財産となって、若い世代の学者たちが絶えず奮起し前進するように鼓舞している。

 日本研究所の前身は天津市歴史研究所日本史研究室で、1950年代末に創立された。長期にわたる学術研究において、大量の学術資料を蓄積してきたが、院 図書館には5万冊近くの日本語書籍を収蔵し、数多くの雑誌も60年代から今日まで購入を続けている。研究員の大部分は日本で学術研究に従事した経歴を持 ち、一定量の本研究分野の学術研究資料を蓄積してきた。また、インターネットの普及が、日本国内の現実問題を研究するのに手軽で素早いルートを提供してい る。日本の国際交流基金からは毎年日本研究所に対して30万円前後の日本語図書資料の支援を受けている。これらの資料が、日本研究所が“現代日本”の研究 を展開することに対して、確かな物質的保障を提供している。

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2.実り豊かな成果をあげる科学研究論著

 天津社会科学院日本研究所の“現代日本”研究は2005年に天津社会科学院によって院の重点支援分野に認定され、併せて張健研究員を招聘して学科 のリーダー・首席専門家とした。科学研究分野では、『当代日本与中日関係(現代日本と中日関係)』、『裕仁天皇伝』、『日本近代化研究』、『日本両次跨世 紀的社会変革(日本における2度の両世紀にまたがる社会変革)』、『当代日本』などの専門書を編纂した。研究所は一丸となって“現代日本”という分野確立 の目標を巡って、一連の質の高い学術論文を執筆したほか、『裕仁天皇伝』(上・下巻)も執筆し、天津社会科学院出版社から2004年6月に出版して、 2004年度天津市党委員会宣伝部優秀科学研究成果“創新賞”を受賞した。さらに、『当代日本与中日関係』に続いて、分野確立の基礎研究成果である『当代 日本』を、天津社会科学院出版社から2005年9月に出版し、同年に2005年度天津市党委員会宣伝部優秀科学研究成果“創新賞”を受賞した。

 張健・王金林編集の『日本両次跨世紀的社会変革』(天津社会科学院出版社2000年5月出版)は、国家社会科学基金第9次五カ年計画の重点課題であり、 2000年度天津市委宣伝部優秀科学研究成果“創新賞”、天津市第8回社会科学優秀成果“二等賞”を受賞した。本書は日本の19世紀末から20世紀初頭及 び20世紀末の改革を手がかりに、日本の歴史的発展における改革の影響について論述したもので、日本の上意下達式改革の利害得失について評価し、併せてこ れらの改革手法を中国が参考にした際の効果についても検証しようと努めている。本書では、改革を通じて歴史的発展を推進したことが、日本の歴史的発展の際 立った特徴の1つであるとしている。

 明治維新によって日本は19世紀から20世紀にまたがる改革を開始した。明治政府について言うと、それが体現したのは少数の大地主・大ブルジョワ階級の 利益である。というのも明治政府が彼らの代表であったからこそである。明治政府は民族存亡の危機に直面するや、果敢に打って出て、鋭意進取に努め、日本を 資本主義的発展の軌道に沿って進ませた。ただ、これと同時に、明治政府は列強の“弱肉強食”という強盗論理も踏襲し、富国強兵のスローガンのもと、その他 のアジアの隣国への侵略に向かった。長年にわたる対外侵略によって、日本の国内体制は天皇が権力を一手に握り、軍部が内閣を凌駕し、経済が不均衡に発展す るといった弊害を呈するに至ったのみならず、日本の対外関係も孤立状態に陥り、最終的には日本の徹底的な転落を招いた。

 1945年8月15日、日本はやむなく≪ポツダム宣言≫を受諾し、無条件降伏を宣言した。アメリカ軍は連合軍の名義で日本を単独で占領し、同時に日本に 対してブルジョワ民主主義的な性格を帯びた改革を行った。アメリカ占領軍の改革もやはりかなり不徹底なものではあったが、この外来の、上意下達方式の改革 によって明治維新以来日本社会に残存していた封建的要素は除去され、日本は資本主義的民主主義国家になった。その改革は資本主義制度そのものを徹底的に否 定することがなかったし、そうすることもできなかったが、改革を通して、日本の政治は資本主義的な民主化を実現し、経済は高度成長を実現し、社会文化も面 目を一新した。

 しかし、20世紀の90年代以降になると、日本社会の進歩と経済成長の局面はもはや存在していなかった。21世紀に直面して、日本はまたもや新世紀に目 を向けた新たな改革を開始した。日本の今回の改革は日本の政治体制・経済体制及び対外関係にまで及んでいるので、全面的かつ総合的な改革であるということ ができる。今回の改革の成否が、21世紀の日本の命運を決定付けるであろう。

 張健編集の『当代日本』(天津社会科学院出版社2005年8月出版)という書では、全面的かつ総合的に現代日本の全貌を概観している。いわゆる“現代日 本”とは、第二次世界大戦終結後の日本を指す。戦後60年に及ぶ発展のプロセスから見ると、日本には政治・外交・経済・社会文化及び教育などの分野で、極 めて大きな変化が生じ、新たな特徴と新たな動向も現れた。これまでの中国の学者による現代日本に関する研究において、異なる視点や異なる分野での研究成果 は少なくないが、このように全面的かつ総合的に現代日本の発展のプロセス及びその特徴をまるごと反映した著作は多くない。本書は政治外交・経済・社会文化 及び教育を別々に3編とし、各編でも各々異なる角度と分野から、可能な限りかなり包括的に現代日本の各分野について分析・論述を行い、全面的かつ正確に現 代日本の特徴を把握するように努めている。本書は現代日本の一部の重大問題について大きな関心を寄せており、例えば、戦後の中日関係の発展プロセス及びそ の影響要因についての論述、バブル経済と日本の対外直接投資の関係についての論述、現在の金融業に内在する問題についての論述、目下の日本の社会問題につ いての分析、日本の文化政策についての検討、日本の政府開発援助についての評価、日本の産業空洞化についての分析、日本の失業問題及びその原因についての 分析など、いずれも深く掘り下げた解析と論証を行っている。

 程永明の『裕仁天皇伝』(天津社会科学院出版社2004年6月出版)という書では、詳細かつ正確な文献資料を通じて、美しい筆致で、裕仁(以下昭和)天 皇の人生経歴を描写している。昭和天皇は幼少時から御所に送り出され帝王学を授けられた。青少年期には欧州を歴訪して西洋文化の薫陶を受け、成人後には (香淳皇后に対する)愛情に忠実で、一夫多妻(後宮)制度を廃止した。昭和天皇はまた生物学を愛好し優れた業績を遺した。しかしながら、昭和天皇は日本軍 が“第二次世界大戦”中にアジアの民衆に危害を加えるのを放任していた。では、昭和天皇は戦争責任を負うべきなのだろうか?日本の天皇は果たして“神”な のか“人”なのか?本書は中国の学者による最初の昭和天皇研究の専門書であり、大量の公文書や資料を通じて“第二次世界大戦”中の日本の政治的内幕や秘話 を公にしている。

 程永明・石其宝共著による『中日経貿関係六十年(1945−2005)』(天津社会科学院出版社2006年4月出版)は、1945年から2005年まで の中日両国間の経済・貿易交流のプロセスを9段階に分けて、各段階の経済・貿易交流の具体的なプロセスについて論述している。研究内容は商品貿易・技術貿 易・直接投資・資金協力・エネルギー協力などの問題に及んでいる。本書は戦後中日両国間の経済交流が置かれた国際的・国内的環境の変化及びその経済・貿易 関係に対する影響についてよく把握しており、60年近くに及ぶ中日両国間の経済・貿易関係発展史において、両国の民間経済団体が発揮した重要な効果につい ても十分に認めている。

3.豊富で多彩な学術交流活動

 2005年、抗日戦争勝利60周年を記念して、天津社会科学院日本研究所と南開大学日本研究院は2005年7月12−14日に“現在の中日関係の 情勢と動向——抗日戦争勝利60周年記念シンポジウム”を共同開催したが、同時に北京の専門家と学者数名も招待し、共同で目下の中日両国の現状、中国にお ける日本学研究の現状及び今後の発展目標などについて研究討論を行った。

 2005年10月23日には、天津社会科学院日本研究所と中日学術交流センターの共同開催による学術サロンが天津社会科学院で行われたが、北京・天津地 区の学者十数名及び日本の学者1名が日本研究、中日関係などのテーマを巡って活発な討論を展開した。日本研究所の科学研究員の一部は北京大学アジア太平洋 研究院主催の学術会議にも出席し(これは2005年5月に開催された学術シンポジウムであった)、学術論文も提出している。2005年、日本研究所では日 本研究の著名な学者たちを積極的に招聘して特別講義も開催した。上述の学術交流活動を通して、学界の研究動態や学術情報を素早く把握することができるばか りでなく、同時に日本研究所の学術界における影響力も拡大している。 

 2006年8月、天津社会科学院日本研究所は中国における日本史学会の理事機関として、国内の50名余りの中国人日本研究者を組織して吉林大学で学術シン ポジウムを開催したが、学者たちは新時代の中国における日本学科の発展の見通し・存在する問題及び努力目標を巡って討議を行った。この会議では、中国にお ける日本学の研究水準を絶えず向上させることが必要であり、日本学の専門意識を絶えず高めるためには、ひたすら(日本バッシングという)世相に追随するの ではなく、心を落ち着けて、日本学について全面的・客観的・系統的に深く掘り下げた研究をしなければならず、表層面のみを重視してはならず、誇張され浮つ いた学風に反対し、対象を深く掘り下げ、“たとえ十年冷遇されても、空虚な文章は一文たりとも書かない”という精神で、寂寞とした環境に甘んじつつも、中 国における日本学研究の基礎作り活動を重視し、中国における日本学の研究水準を絶えず向上させなければならないとの見解で一致した。

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 2007年4月21日、中華日本学会年会“中国における日本研究学術会議(2007)”は中華日本学界・南開大学日本研究院及び天津社会科学院日本研究 所が共同開催した。中国の三十余カ所の日本研究機関から派遣された60名近くの専門家・学者が一堂に会し、過去一年間の研究概況・主な成果及び収穫・体験 について交流した。会上、蒋立峰中華日本学会常務副会長・中国社会科学院日本研究所所長が学会を代表して年度活動報告を行った。李玉・樊勇明・李玉潭・張 佩霞・楊棟梁ら学会副会長が、それぞれ北京地区・上海地区・東北地区・中南地区・天津地区における日本研究活動の概況について報告を行った。参加者は会議 のテーマを巡って深く掘り下げた交流と活発な討論を展開した。

 天津社会科学院日本研究所は対外的な学術交流を非常に重視し、交流において絶えず科学研究の水準を向上させてきた。活発な対外学術交流は現代日本研究学 科を理想的に建設するために欠かすことのできない条件の1つである。主に以下のような活動を通して交流ネットワークを作り上げてきた。すなわち、日本の関 連学者を招待し当院を訪問してもらうこと、積極的に条件を作り出して学科の構成員を日本へ派遣し研究事業に従事させること、資料及び研究成果の交換を強化 すること、最新の科学研究の動態を把握すること、日本の政府機関及び民間基金の支援を積極的に勝ち取ること、単独もしく日本の科学研究機関と共同でテーマ 研究を担当すること、条件が成熟した時期に、国際学術シンポジウムを開催するといった方法である。

4.英気溌剌たる新世代の研究集団

 天津社会科学院日本研究所は新世紀に入って新旧世代間の世代交代を順調に終え、長年にわたり専門的に日本研究に従事した経験を持つ古参の学者たちが学問分 野のリーダーとして牽引するメカニズムもあれば、一群の既に博士号取得済み及び博士課程在籍中の厳格で専門的な学術的訓練を経た新進気鋭の青年たちもいる という体制を形成している。進取の気性に富んだ新世代の学者たちが“現代日本”の学問分野の着実な前進発展のためによりどころとするに足る人的資源を提供 しているので、天津社会科学院日本研究所は勢いよく発展し、繁栄する光景を呈している。

 若手学者の周建高の『日本人善学性格分析(日本人の好学気質に関する分析)』(天津社会科学院出版社2007年9月出版)という書は、心理学と文化人類 学の理論を応用して、日本社会の過去から現在に至るまでの学習型社会の特性—学問好きで学問を習得するのがうまい—について分析し、日本の社会発展の原動 力についてさらに踏み込んで検証している。本書は日本人の学習に長けた性質について比較的系統だった分析と論証を展開しており、学習が日本文明の進歩に与 えた重要な影響力についてはっきりと描き出している。本書では多くの周縁学科の理論を吸収し、多くの示唆に富んだ観点と思想が提起されている。例えば、“ 学習する内容は人類の本能以外のあらゆる文化生活である”、“日本の現代化の歴史こそが学習のプロセスである”、日本人が師を選ぶ際の基準は“道徳ではな くてその人物の実力である”といった点である。本書は日本の現代化のプロセスを深く掘り下げて理解するために新しい切り口を提示している。

 若手学者の連会新の『日本的聯合国外交研究(日本の国連外交研究)』(天津社会科学院出版社2007年9月出版)という書は、戦後初期の日本の国連に対 する態度について検討し、日本が国連に加盟するプロセスを論述し、日本の国連加盟の特徴について結論を導き出し、評価を与えている。また、日本の国連加盟 初期の政策についても論述している。日本が“国連中心”の外交政策を打ち出す背景・内容及びその実質について分析を行い、併せて中国が国連における合法的 な議席を回復する際の日本の態度を例に、日本の“国連中心”の外交について本質に迫る詳細な分析を行っている。さらには、日本が国連安保理における常任理 事国の地位を勝ち取ろうとする戦略及び80年代に積極的に参画し始めた国連改革などについて詳述している。本書は理論分析を重視すると同時に、実証的な考 証により着目し、日本外務省が公開している公文書の原資料を大量に利用して、日本が国連に加盟する過程で対米依存と対ソ外交戦略という2つの基本的特徴を 明確に表していたことを指摘している。

 若手学者の程永明の“日本科技中介機構的運行機制及其啓示(日本の科学技術仲介機構の運行メカニズム及びその示唆)”(『日本問題研究』2007年第1 期)という論文では、戦後日本経済が順調に発展したのは、“技術立国”という発展戦略に負うところが大きく、そのうち、科学技術の成果の移転を加速し、企 業の核心的競争力を生み出すことを目的とした多くの科学技術仲介機関が創設されたことこそがその主な特徴の1つであると考えている。本論文では日本の科学 技術振興機構(JST)を例に、日本の科学技術仲介機関の運行メカニズムについて詳細に分析している。

 若手学者の平力群は日本のベンチャー投資問題を巡って、一連の論文を発表している。その中には“日本的三次風険投資浪潮及現状(日本における3度のベン チャー投資ブームと現状)”、“対日本風険投資業組織変遷的研究(日本のベンチャー投資業組織の変遷についての研究)”、“日本≪TLO法≫在促進科技成 果転化中的作用(日本のTLO法が科学技術成果の移転促進に及ぼした影響力)”、“日本完善風険投資環境的主要挙措及啓示(日本におけるベンチャー投資環 境整備のための主な措置と示唆)”、“浜海新区的現代化路径選択与日韓企業的新機遇(浜海新区(ウォーターフロント)現代化の方法選択と日韓企業の新たな チャンス)”などが含まれる。“日本的三次風険投資浪潮及現状”(『現代日本経済』2006年第2期)という論文では、“新興産業の発展は日本の産業政策 の重要構成部分になっており、新興産業の発展とベンチャー投資は切り離せない。日本はベンチャー投資発展の40年余りの間に、3度のベンチャー投資ブーム を経験しているが、この3度のベンチャー投資ブームが、新興産業の発展を促進し、日本の産業構造のバージョンアップを推進してきた。現在起きている第3次 ベンチャー投資ブームでは、前2回のベンチャー投資ブームにおける教訓を踏まえ、日本政府による推進のもと、官・学・民共同でベンチャー投資の環境を整備 するように努め、日本のベンチャー投資を好ましい方向に発展させている。このことから、日本のベンチャー投資を研究することは、開発途上国のベンチャー投 資業にとって参考にする価値が大いにある”と指摘している。

 “浜海新区的現代化路径選択与日韓企業的新機遇”(『日本問題研究』2007年第3期)という論文では、“(天津)浜海新区は中国における経済成長の第3 の波(エンジン)として、その現代化についての方法選択は必然的に日韓企業の中国における発展に新たなチャンスを提供すると同時に、新たな課題も提示して いる”と指摘する。本論文では、浜海新区の地域計測及び計画を基礎とし、日・韓企業の企業戦略変更は発展のチャンス獲得の前提であると指摘する。同時に、 浜海新区の発展は必然的に日・韓企業の中国での投資コストを引き下げるが、これは東北アジア地域の事業ネットワーク再建にとって重要な影響を生み出すであ ろうと指摘している。

 天津社会科学院日本研究所では引き続き古い世代の学者たちの謹厳な研究理念を受け継ぎつつ、その上でさらに学問分野確立の目標を巡って、個人研究の専門 知識と結び付けながら、現代日本の焦点となる問題、注目される問題についての追跡研究も行い、自身の特色を具えた研究スタイルを徐々に形成していくつもり である。新たな情勢下で、学問分野の確立と結び付けて、積極的に組織作りをしながら、中国・天津市及び中日関係分野に配慮した現実問題について深く掘り下 げた研究を展開し、中国における日本学研究のために自らの力を捧げていく所存である。

田 慶立

田 慶立:
天津社会科学院日本研究所専門研究員

略歴

75年7月、内モンゴルに生まれる。
00年、内モンゴル大学人文学部歴史学科歴史学学士。
00〜02年、内モンゴル農業大学職業技術学部情報管理学科助手。
05年、南開大学日本研究院日本史専攻修士。
05〜06年、天津社会科学院日本研究所研究員補佐。研究分野は現代の中日関係であり、これまでに10編余りの学術論文を発表。
06〜07年3月、南開大学日本研究院の博士課程院生。博士論文のテーマは「1972年以降の日本人の中国観の移り変わり」。
07年4月〜08年3月、立教大学法学研究科国費留学生。
08年3月〜現在、天津社会科学院日本研究所専門研究員。


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