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【09-005】東北大学と中国との最近の学術交流

2009年4月20日

後藤 孝

後藤 孝(ごとう たかし):東北大学金属材料研究所副所長

 1975年東北大学工学部材料物性工学科卒、1979年1月東北大学金属材料研究所助手、1988年東北大学金属材料研究所助教授、1998年東北大学金属材料研究所教授。2006年から東北大学金属材料研究所副所長。

 専門は、セラミックスの合成プロセス、高温化学。2006年9月中国湖北省人民政府から編鐘奨を受賞など。2007年から東北大学グローバルCOEプログラム「材料インテグレーション国際教育研究拠点」リーダー。

1. はじめに

 中国では1970年後半から世界各国への留学生が派遣され、日本へも1979年から約20年間の間だけでも5万人以上が派遣されたとのことである。当時10〜20代の学生が、今40〜50代になり、多くの分野で指導者になって活躍している。著者らと中国との交流も、1984年にそのような中国からの留学生の一人(陳立東・現中国科学院上海珪酸塩研究所副所長)を研究室に迎えたときに始まる。以来、40名以上の中国からの留学生、研究員、客員教授が、私達の研究室に在籍している。本稿では、まず、東北大学と中国との関わりを述べ、次に、著者らが最近行った中国武漢市での国際会議(ASPT2008)について紹介する。

2. 東北大学と中国の関わり

写真1

 東北大学は、全国の大学の中でも中国からの留学生の多い大学であり、現在500名以上の学生と300名以上の研究員が在籍している(1)。特に、材料関係の研究者・留学生は多く、東北大学金属材料研究所だけでも、教授1名、准教授2名、助教5名の教員の他、60名以上の中国人若手研究者や学生が在籍している。中国から多くの留学生が東北大学を目指す理由の一つに、魯迅(本名:周樹人)の影響がある。魯迅は、1904年、仙台医学専門学校(現東北大学医学部)で学んだが、中国人を救うのは医学による治療ではなく、文学による精神の改造との想いで、文学に転身し、中国革命の基礎を築いた一人である。短編小説「阿Q正伝」、「藤野先生」などの作品でよく知られ、「藤野先生」は当時の仙台での生活や藤野巌九郎教授との師弟関係を描いたものである。東北大学では、「東北大学藤野先生賞」を設け、学術交流で貢献のあった中国の団体・個人および優秀留学生を表彰している。

写真2写真3

 著者の研究室の留学生、岳新艶(現中国東北大学副教授、写真1)は、2008年この賞を受賞した。魯迅と仙台での藤野教授との関わりは、中国の小学校の教科書に載っていることから、仙台は中国でも有名な都市の一つとのことである。東北大学では、魯迅が学んだ階段教室を大切に保存し、片平キャンパス内には魯迅の胸像がある(写真2)。また、「魯迅旧居」が金属材料研究所の西側に隣接して残されている(写真3)。

写真4

 東北大学は、開学以来、材料科学の分野で多くの成果をあげてきたことは、中国でもよく知られており、最近の統計では、材料関係の科学論文でのISI被引用回数は、中国科学院、マックスプランク協会に次いで世界3位である。なお、単一の研究機関、大学で比較すれば、東北大学はマサチューセッツ工科大学(5位)やカリフォルニア大学バークレー校(6位)を凌いで第1位である。このような背景で、中国からの材料科学、固体物理学分野の留学先を東北大学に選ぶ人が多い。最年少で中国科学院院士となった薛其坤氏(清華大学教授)を始め、多くの材料科学の指導者が東北大学で学位を取得している。白春礼(中国科学院副院長)、顧秉林(清華大学校長)、王恩哥(中国科学院物理学研究所長)なども、東北大学客員教授として仙台に滞在している。

図1

 中国には多数の東北大学同窓生がいることから、2006年「東北大学中国校友会」が結成され、会長は薛其坤、副会長は劉春明(瀋陽東北大学教授・学長補佐)、張聯盟(武漢理工大学教授・副学長)、余京智(清華大学教授)、張濤(北京航空航天大学教授)(何れも東北大学で学位を取得)、張季風(社会科学院日本研究所副所長、東北大経済卒)などである写真4は2006年12月に北京中国航空航天大学において「東北大学中国校友会」が結成されたときの記念式典参加者の集合写真である。

 東北大学では、現在は中国全土18の大学と大学間協定、46の大学・研究機関と部局間協定を締結している(図1)。その中でも、著者らと特に材料科学の研究・教育で交流の深い、清華大学材料学科、武漢理工大学新材料研究所および中国科学院上海珪酸塩研究所について、簡単に紹介する。清華大学は、理科系大学として全中国で最も著名な大学であり、1991年に新型陶磁精細工芸国家重点実験室に指定され、現学長の顧秉林教授が金属材料研究所の客員教授として滞在したことなどから、材料工学科や物理学科に東北大学出身者が多い。2006年10月からは、東北大学と清華大学は修士課程のダブルディグリープログラムを開始したが、最初の交換留学生、頼風平が私達の研究室に配属され、東北大学と清華大学の両方から初の工学修士号を取得している。

 上海硅酸塩研究所は、11部門562名の研究所員を擁し、セラミックスの研究所としては世界最大規模である。1991年に高性能陶磁及超微構造国家重点実験室に指定されている。金属材料研究所と上海硅酸塩研究所は交流が長く、羅維根、陳先同、王士維、李文軍など、多くの研究員が私達の研究室に在籍した。上海硅酸塩研究所の教授の中で、陳立東(副所長)、江莞、羅豪甦など東北大学卒業生も多い。

 武漢理工大学は、2000年に武漢工業大学、武漢交通科技大学、武漢自動車専門大学の3大学が合併して発足した。武漢は揚子江中流域で、揚子江と漢江が合流するところにあり、武昌、漢口、漢陽が合わさってできた、人口約800万人の中国内陸部の中心的な都市である。武漢理工大学と著者らとの交流は、張聯盟教授(現副学長)との金属とセラミックスの傾斜機能材料に関する研究で、張聯盟が私達の研究室に留学したときに始まる。武漢工業大学新材料研究所は、1987年に材料複合新技術国家重点実験室に指定され、現在の所長は唐新峰教授で、張聯盟教授とともに私達の研究室で研究して工学博士の学位を取得している。武漢理工大学からは、その後、沈強、塗溶(現後藤研助教)、王伝彬、郭冬雲が留学している。著者自身も1998年以来、客員教授として、毎年何回か武漢理工大学を訪問している。現在、著者らと武漢理工大学新材料研究所は、「日中共同太陽光熱複合発電システム開発プロジェクト」および「新型無鉛二チタン酸バリウム薄膜の微細構造制御および強誘電性向上」などの共同研究プロジェクトが進行中である。

3. グローバルCOE国際会議ASPT2008開催

写真5 width=

 日本学術振興会(JSPS)では、2007年度から化学・材料科学、生命科学、情報・電気・電子、人文科学、学際・複合・新領域の5分野で、グローバルCOEプログラムを募集し、化学・材料科学の分野では、全国の37大学から件の申請の中から、東北大学からの「材料インテグレーション国際教育研究拠点」(拠点リーダー:著者)を始め13件の課題が採択された。本グローバルCOEプログラム(以下GCOE)では、世界最高レベルの材料科学研究環境、世界的な人的ネットワーク、研究科・研究所の枠を超えた研究教育体制を駆使し、新たに「材料インテグレーション」の概念を提案し、材料科学の最先端の研究と次世代を担う若手人材の育成を目指している。社会基盤・生体材料、エレクトロニクス材料、エネルギー・環境材料、材料基礎科学の4分野を主要重点研究分野として取り上げ、それらの分野内における異種材料間の機能構造のインテグレーション、それぞれの分野間の融合・学際化によるインテグレーション、さらに、それらの材料分野間における基礎科学と実用化研究との密接な連携・フィードバックによるインテグレーションを通して、革新的材料、新研究分野、新学問領域の開拓を目指している。特に、それらの先端研究を通して、学際的な視野を持ち、国際舞台で活躍できる若手人材の育成を目指している。

写真6

 これまで、本GCOEでは、幾つかの国際会議や若手主体のワークショップなどを行ってきたが、海外におけるGCOE主体の国際会議として、2008年11月14-17日に、武漢理工大学と東北大学グローバルCOEプログラムとの共催で、「1st International Symposium on Advanced Synthesis and Processing Technology for Materials (ASPT 2008)」を開催した。写真5に会場の様子を示す。この会議では、芸術家、科学政策決定に携わる研究者と材料研究者のインテグレーションと、広範な研究領域の材料研究者間でのインテグレーション、さらに、日本の若手研究者と中国を始めとする世界各国の若手研究者同士のインテグレーションを全体的なテーマとした。

写真7

 個々の専門的な材料研究の範囲では、材料の創製方法(プロセス)について焦点を絞り、材料プロセスと材料の微細構造、特性の関係、さらに新奇な材料プロセスによる革新的材料の創製の現状について、最先端の研究について討論、情報交換を行うことを目的とした。具体的には、ナノ粒子、薄膜等の「低次元材料」、多層的材料における材料の構造デザイン、また多機能性、誘電性、磁性など先進的分野の「セラミックス」における最新の研究成果が多数発表された。日本、中国、オーストラリア、米国、シンガポール、韓国、イタリア、スロバキア、フランス、メキシコなど世界10ヶ国、112名による最新の研究発表があった。本GCOEからは、学生・若手研究者3名が優秀発表者として表彰された(写真6)。会議全体の議長(chair)は著者で、co-chairとして武漢理工大学Zhengyi Fu教授とモナッシュ大学(オーストラリア)Yibing Cheng教授が中心となり、JSPS、中国国家自然科学基金(NSF)、日中韓フォーサイト事業、オーストラリアセラミックス協会、韓国科学財団など各国の材料科学の主要機関の他、地元および日本の企業からの協力も得て開催された。

図2

 会議は、まず、Nancy Selvage教授(米ハーバード大学芸術部、写真7左)に、中国における陶磁器の発達の原因となった東アジア地域の地質と社会的背景、芸術と材料科学のインテグレーション、科学技術と地球環境問題などについて基調講演を行った後、続いて、The National Academies、Executive Director、Stephen Merrill氏(写真7右)による基調があり、日本-中国-アジア地域と北米、西欧の研究開発動向の比較、科学技術の全世界における今後の動向について総括的に解説し、特に中国の科学技術・経済発展についても詳細なデータを示した(2)。その後、中国珪酸塩研究所、Dongliang Jiang教授による中国における先進セラミックスの研究動向、Yibing Cheng教授による色素増感太陽電池用セラミックス材料の開発動向についての基調講演があった。

 この国際会議の内容は、2009年、2月13日のChina Daily紙(図2)によって全世界に紹介された。紙面では、材料科学が地球の環境・エネルギー問題の中で益々重要になるとともに、人類社会の持続的な発展には、国際的な共同研究体制、とりわけ次の世代を担う日本と中国を始め、全世界の若い研究者や学生の間での相互理解や交流が重要であり、今回の開催のASPT2008は大きな契機となったと報じられている。

4. おわりに

 私達の研究室と中国との関わりは20年以上も経過し、博士課程の学生や研究員の数では、中国人の卒業生が日本人よりはるかに多くなっている。それらの卒業生は、いずれも中国各地の大学学・研究機関で要職にあり、まさに出藍の誉れと言える状況にある。中国各地の同窓生は私達の最も大切な宝であり、この関係はこれからも益々強くしていかなければならない。かつては、中国は、共同研究のよきパートナーであり、優秀な学生・若手研究者の宝庫でもある。今、進行中のグローバルCOEプログラムでは、さらに全世界にまたがる人材育成と情報の発信・交換が求められており、中国を含む他の多くの地域の研究者と連携・共同を推進していかなくてならない。


※写真、図の説明
  • 写真1 東北大学藤野先生賞受賞の様子
    左から、江莞教授(上海珪酸塩研究所)、著者、岳新艶(受賞者)、余京智教授(清華大学)、壁写真:藤野巌九郎教授(左)、魯迅(右) 
  • 写真2 東北大学片平キャンパス内の魯迅の胸像
  • 写真3 魯迅旧居跡(金属材料研究所、西隣)
  • 写真4 東北大学中国校友会結成の様子
  • 写真5  ASPT2008の会場の様子
  • 写真6 ASPT2008での若手優秀発表者の表彰の様子
  • 写真7 ASPT2008基調講演者
    Prof. Nancy Selvage(右、ハーバード大)、Dr. Stephen Merill(The National Academies)
  • 図1「東北大学と中国各地の研究機関との学術交流協定」は各都市内の協定研究機関の数を表す。
  • 図2 2009年2月13日付 China Daily紙 ASPT2008の紹介記事

参考文献:

  1. 後藤 孝, "中国との材料研究交流", セラミックス, 42 (2007) 516.
  2. "Innovation in Global Industries, U.S. Firms competing in a New World", edited by J. T. Macher and D.C. Mowery, The National Academic Press, (2001).