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【10-002】黄土高原における生態系回復を目指す中日長期共同研究-中国科学院水利部水土保持研究所の取り組み-

2010年 3月26日

田均良

田均良(Tian Junliang;てん じゅんりゃん):

 1941年生まれ。中国科学院水利部水土保持研究所教授、元所長。1964年鄭州大学卒業。主に土壌浸食学、土壌地球化学、水土保持学などの領域の研究に従事。中日共同研究プロジェクト前期( 2005年まで)中国側のコーディネーター。主要著作:『黄土高原の砂漠化とその対策』分担執筆、古今書院(2008);『黄土高原丘陵地域における生態農業建設の模索』 共著、黄河水利出版社(2003);『 Soil Erosion and Dryland Farming』共著、CRC Press(2000);『黄土高原の土壤と地球化学』共著、科学出版社(1994)。


劉国彬

劉国彬(Liu Guobin;りゅう ぐおびん):

1958年生まれ。中国科学院水利部水土保持研究所教授、副所長、中国科学院安塞水土保持総合試験所所長。1982年西北林学院卒業、1996年中国科学院において理学博士学位を取得。主 に水土保持および流域管理などの領域の研究に従事。中日共同研究プロジェクト後期(2006年以後)中国側のコーディネーター。主要著作:『黄土高原の水土保持と生態建設における核心問題の研究』共著、中 国林業出版社(2003);『黄土高原の農業生態系』共著、科学出版社(2003);『黄土高原の生態農業』共著、陕西科学技術出版社(1997)。


杜盛

杜盛(Du Sheng;どぅ しぇん):

1965年生まれ。中国科学院水利部水土保持研究所教授。1986年内モンゴル林学院卒業、2004年鳥取大学において農学博士学位を取得。内モンゴル農業大学、鳥取大学乾燥地研究センターなどに勤務し、主 に樹木生理学、森林生態学、造林学などの領域の研究に従事。著書:『黄土高原の砂漠化とその対策』分担執筆、古今書院(2008);『内モンゴル資源大辞典』分担執筆、内モンゴル人民出版社(1997);『 種苗学』共著、中国林業出版社(1995)。

1.はじめに

 2009年9月、中国科学院(CAS)と日本学術振興会(JSPS)の学術交流調印30周年を記念して、東京で共同研究学術討論会などの記念活動が行われた。会議には日本側から文部科学省、日 本学術振興会、中国側から中国科学院などの機関の責任者が出席し、さらに中日両国で長期にわたって共同研究と交流を繰り広げてきた十余りの研究機関や大学の代表も出席した。中 国科学院水利部水土保持研究所もその一つである。

 1956年に設立された水土保持研究所は、中国科学院が西北地区に設立した最初の科学研究機構である。旧名称は中国科学院西北水土保持研究所であったが、1995年に改称し、中 国科学院と水利部が共同で指揮することとなった。水土保持研究所の研究分野は、水土流失地域の資源環境と持続可能な発展のための重要理論やキーテクノロジーに関する問題である。水土保持研究所の活動目的は、国 の水土保持と生態系回復に関する政策が幅広い視点から決定されるための理論的根拠を提供し、技術と実体モデルを結合させることである。その研究重点区域は黄土高原であるが、同 時に中国全土に対して国家水土保持科学技術の発展に向けて指導的役割も果たしている。

2.黄土高原の概況と水土保持研究所の研究活動

 黄土高原は、中国あるいは全世界において水土流失が最も深刻な地域の一つである。黄土高原においては200万年以上前の地質時代から徐々に黄土が堆積し始め、こ れによって形成された黄土層は一般的に厚さ50~150メートルである。このため、黄土高原は非常に侵食されやすく、起伏に富んだ地形パターンが形成されてきた(図1)。中 華民族の母なる河である黄河がこの地域を流れ、黄濁しつつ大量の砂泥を流出させて下流地域に大量の砂泥を沈積させているが、人類の歴史が始まってからの広範な活動は植生の退化に拍車をかけ、こ の地域は非常に早く砂漠化した。植生の覆いが失われた黄土は、頻繁に水食と風食を受けて洪水、氾濫という災害を頻発させただけでなく、砂嵐の重要な物質的原因ともなってしまったのである。

図1 

図1.強力な浸食作用を受けた黄土高原の地形

 さて、水土保持研究所は、設立以来土壌浸食、乾燥地域農業、生態修復、水土保持事業の編成などで多数の重要な研究成果を挙げてきた。また、国 家の政策決定においても多数の諮問に答えて答申することによって、何度も国家レベルの表彰を受けてきた。そして、改革開放以後には、国際的な提携と交流を絶えず拡大させて、海 外の5つの大学または研究機関と提携交流協定を結び、国際学術会議を10回以上開き、前後して30以上の国家・地域の科学者と共同研究を行ってきた。

3.水土保持研究所と日本の科学研究機関との共同研究の初期段階

図2 

図2.田村三郎氏の寧夏固原県視察(程積民教授提供)

 中日が黄土高原において行った共同研究活動は、改革開放初期にまでさかのぼることができる。元東京大学教授の田村三郎氏は、1970年代に早くも中国科学院院長(当時)郭沫若氏の招きに応え、広 東省で生糸増産技術の中日共同事業を行った。80年代初めには、田村三郎氏を代表とする日本の科学者たちと中国科学院の研究者たちが、湖南省で水稲栽培技術に関する共同研究を行った。そして1983年、田 村三郎氏と中国科学院外事局崔泰山副局長(当時)は、共同事業について協議し、その方向として黄土高原の水土保持について研究することを決定した。 [①] このときから、田村三郎氏は水土保持研究所と進める共同研究の調査研究を開始した(図2)。

 1987年以後、田村三郎氏は文部省海外学術研究事業「中国黄土高原地帯における砂漠化の防止に関する予備調査研究」 [②] と文部省総合研究事業「中国黄土高原の緑化に関する基礎的研究」 [③] を前後して実施した。水土保持研究所とともに寧夏回族自治区固原県において土壌改良、水質観測、作物と牧草の優良品種導入、作物栽培技術の改良、植被の水土保持機能などについて、調 査および試験研究を行ったのである。そして、東京大学、北海道大学、宇都宮大学、岡山大学、佐賀大学、帯広畜産大学、富山県立技術短期大学、植 物科学研究所などの機関の20数名の日本の専門家が実地調査と試験研究に参加し、また水土保持研究所からも前後して20数人が参加した。

図3 

図3.中日の研究者による牧草生長状況の考察
(程積民教授提供)

 5年間の努力を経て両国の科学者たちは固原県で621種の牧草の導入試験を行い、生長、生産量、抗性などから総合的に特性が良好な12種を選別した後、固原県で繁殖の可能性のある優良牧草を推薦した( 図3)。また、固原県東北部の雲霧山自然保護区では、草地土壌の物理化学的特性分析、放牧が植被の動態に及ぼす影響などについて試験を行い、草地の維持と改良について答申を提出した。さらに、固 原県河川郷においては、ひまわり、春小麦、燕麦、黒麦、コーリャン、アワ、アブラナなどの作物と牧草を全部で67種試験し、比較的適合可能な品種と合理的な栽培密度や施肥措置について提案した。

4.中日拠点大学の交流共同事業

 1990年代に入り、砂漠化や地球温暖化などの環境問題が広く国際的な注目を集めるようになった。そして、「国連砂漠化対処条約(UNCCD)」が1994年に正式に採択され、中 国と日本も1996年と1998年に自国の砂漠化対処行動計画を相次いで正式に採択した。そこで、中国政府は絶えず深刻化する砂漠化を根本的に抑制し、退化する生態系の回復を促すために、「耕地から森林へ、耕 地から草地へ」などの大規模な植被回復事業を発表した。これと同時に、中国科学院も知識イノベーションプログラムを実施し、科学研究の政策指導に人材と経費を拡大して投入した。水土保持研究所は「西部行動計画」や 「国家科学技術サポート計画」など多数の国家重点研究事業を担当し、黄土高原地域に重点を置いて土壌浸食メカニズム、乾燥地域農業技術、砂漠化進行度の観測と評価、植被の回復再生技術、都 市経済構造などの領域の理論研究と技術開発を進めた。同時に、日本、韓国、アメリカ、オーストラリア、ロシア、EU諸国と広範な学術交流および共同研究を行った。

 2001年に開始された中日拠点大学交流共同事業「中国内陸部の砂漠化防止および開発利用の研究」 [④] は、中日間の共同研究と学術交流に新たな地平を切り拓くものであった。この事業の立ち上げにあたっては日本学術振興会と中国科学院から助成を受けており、実施期限は10年である。日 本側の事業責任者は当時鳥取大学乾燥地研究センターの稲永忍センター長であったが、稲永教授もかつて固原県の中日共同研究事業に参加したことがあり、水 土保持研究所と長年にわたって共同研究を行ってきた経歴を持っていた。この事業は5つの課題に分けられ、黄土高原について、半乾燥地区の気候環境因子、土壌の物理化学的性質および状態、植 被パターンおよびその生態機能、人類の活動など、砂漠化のプロセスに影響を与える自然因子と社会因子について研究が進められた。そして、その成果に基づいて砂漠化防止の合理的措置と計画が提案された(図4)。

図4

図4.拠点大学事業の研究目的と実施体制

 事業に参加した日本側研究者は、拠点大学の鳥取大学のほか、東京大学、九州大学、京都大学、北海道大学、千葉大学、山口大学、鹿児島大学、東京成徳大学、総合地球環境研究所、国 立環境研究所など協力大学の教授と学生である。この事業には中日双方がそれぞれ60人以上参加しており、毎年中国で研究と交流を行う日本側研究者は約500人日、日 本で研究と交流を行う中国側研究者は約100人日である。中日両国は毎年一回共同研究学術交流会議を開くが、会議は双方が組織を交代して引き継ぎ、両国で交代して執り行っている(図5)。

図5

図 5. 共同セミナー会場(2007年)

 さて、まず本事業は、黄土高原の水食と風食が交錯する地域である神木県において、砂漠化プロセスの観測と気候因子が砂漠化に及ぼす影響について研究を進めてきたが、そ の結果この地域の砂漠化の特徴と影響のメカニズムを基本的に解明することに成功した。次に、黄土高原の半乾燥地域の森林分布では周辺に当たる延安市付近において、典型的な天然林と人工林の生態系の機能を研究し、こ れら典型的な生態系における炭素や窒素などの物質循環の特徴と水分収支の状況を提示した。これによって、植被の回復と耕地から森林・草地へのプロセスを実施するための理論的支柱を提供した。さらに、土 壌アルカリ化問題が非常に深刻な大荔県洛恵渠灌溉地区において、塩類凝集の現状と灌漑管理が地下水位の変動に及ぼす影響について研究を進め、合理的な灌漑方法について提示した。また、半 乾燥地域である安塞県においては、伝統農業と現代農業の技術比較およびその結合を模索し、生態環境の保護と農村経済の発展をともに考慮した野菜の栽培モデルを提出した。このほかにも、多 くの地域で農村住民の環境教育に関する社会調査を行い、社会全体が参加する砂漠化防止行動のための提案を行った。また、ここ数年来、本事業の研究に基づいて両国は共同で数百編の論文を執筆してきたが、そ のうちの数十編は国際的な英文ジャーナルに発表された。『黄土高原の砂漠化とその対策』という両国が共同で編纂した専門書も一部ある(図6、7)。

図6 図7

図6.森林生態の観測現場(延安)/図7.共同研究に基づいて出版された専門書

5.展望

 拠点大学事業計画は本年度(2010年)に終了する。しかし、現在、水土保持研究所と鳥取大学乾燥地研究センターは、すでに共同研究を継続していく意向を確認した。事業計画は黄土高原地域の生態、水文、土 壌環境、炭素の動態、社会経済などさまざまな領域について、地球環境の変化の過程との関連から研究を進め、国際的および地域的な環境問題に共同で対応していくことを決定したのである。このほかに、水 土保持研究所は九州大学、地球環境研究所(京都)との共同交流も維持するとともに、アメリカや韓国などの研究機関と中米、中韓共同研究実験室も設置することになっている。このように、国 際的な交流と共同研究は中国科学院の重要研究活動の一つである。政府の力強い支持と科学研究者の努力の下、中日の交流と共同研究が引き続き発展し、さらに豊かな成果が得られることを信じるものである。


[①] 田村三郎、邱華盛、1990:崔泰山先生追想。中国科学技術翻訳、3(1): 61-62

[②] 科学研究費補助金「中国黄土高原地帯における砂漠化の防止に関する予備調査研究」

[③] 科学研究費補助金「中国黄土高原の緑化に関する基礎的研究」

[④] JSPS-CAS拠点大学交流事業「中国内陸部の砂漠化防止および開発利用の研究」


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