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【12-004】マダニ刺咬症との戦い―中国疾病予防抑制センターウイルス病予防抑制所、李徳新所長を訪ねて

科学技術日報     2012年 3月28日

 近年、マダニにより引き起こされる症状に関する不安が広がっている。2011年3月17日、中国疾病予防抑制センターウイルス病予防抑制所の李徳新所長は、ようやくプレッシャーから解放された。李所長の研究チームと提携先は、同日に出版された週刊医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」の誌上で、「マダニ刺咬症」により発見された新型ウイルスを発表した。同ウイルスは中国の科学者により、「血小板減少を伴う発熱総合症候群ブニヤウイルス(SFTSV)」、略称「新型ブニヤウイルス」と名付けられた。これこそがマダニ刺咬症の元凶とされるウイルスだ。

病原を追跡

写真

 2006年、安徽省で院内感染が発生した。発症前にマダニに咬まれた患者の身体から、「ヒト顆粒球アナプラズマ症」に感染した証拠が発見された。中国疾病センターは関連症状が現れている患者に対して、流行病学の調査を即座に展開した。しかしながら、その後発見された臨床症状やアナプラズマ症に関する症例からは、アナプラズマの遺伝子や抗体が見つからず、「血小板減少を伴う発熱」が注目された。中国疾病センターの研究チームは、「血小板減少を伴う発熱」が見られる患者の血清から、新型のブニヤウイルスを検出した。

 コッホの原則によると、すべての伝染病には以下の特徴が見られる。

  1. 病原微生物が、その疾病のすべての例において必ず観察されなければならない。
  2. それを患者から分離して純培養できなくてはならない。
  3. 純培養された菌を感受性のある動物に接種したとき、その特有の疾患が再現されなければならない。
  4. 実験的に感染させた動物に再び病原微生物が観察され、再び純培養として回収されねばならない。

 李所長は、「病因が不明な伝染病が発見されるたびに、病原を早急に突き止め診断を行い、ウイルスを分離し遺伝子的な特徴を把握し、世界のウイルス遺伝子バンクにおける既存の遺伝子と比較し、どの類別に属するウイルスであるかを特定する必要がある。さらに血清学の研究を行い、抗体を検出し、ウイルス感染の証拠を突き止め、最終的に解決方法を見出す」と述べた。

 2009-2010年、「マダニ刺咬症」が頻繁に確認されると、李所長と研究チームはマダニウイルスの研究を強化した。2010年5月末、李所長らは湖北省と河南省でモニタリングを開始し、該当地区の疾病予防の関連職員に対して研修を行った。偶然にも、湖北省の病院で「血小板減少を伴う発熱総合症」にかかった60歳の患者が入院していた。李所長らは患者の急性期の血清サンプルを直ちに採集し、北京に持ち帰り実験室で研究を行った。昼夜兼行の研究がこれによって開始された。

 研究者は患者の血清に含まれるウイルスの遺伝子情報を把握していなかった。李所長の研究チームは、「遺伝子配列に左右されない、単一プライマー増幅反応」により、人の血清標本に含まれる大量の遺伝子情報を獲得した。世界のウイルス遺伝子バンクと比較したが、確実な根拠を持つウイルス遺伝子情報が見つからなかった。さまざまな生物情報学のデータ処理により、最終的に患者の血清から、新型ブニヤウイルスと呼ばれる核酸を発見した。この「マダニ刺咬症」が同新型ウイルスにより引き起こされるかについては、大量の臨床実験データによる証明が必要となる。そのため、「マダニ刺咬症」の研究の重点が、細菌からウイルスに移った。これによってウイルスとの戦い、「マダニ刺咬症」の病原に関する研究が始まった。研究者は各地の病院の「血小板減少を伴う発熱総合症」患者を調査し、ウイルスの痕跡を探った。

 科学者らはそれぞれのチームに分かれ、ウイルス分離・ウイルス形態・ウイルス遺伝子情報・ウイルス抗原および抗体の構造に関する研究、実験室の各種診断方法の立案と論証、流行病学の資料分析、臨床標本採集、臨床資料分析等の一連の業務に取り組んだ。その甲斐があり、李所長の研究チームはわずか3ヶ月のうちに、上述した全作業を完了した。湖北省、山東省、河南省、安徽省、江蘇省、遼寧省で実施した調査により、患者と現地のマダニから、新型ブニヤウイルスを分離した。新型ブニヤウイルスは現在知られているブニヤウイルスと同類だが、遺伝子情報の差が大きい。また多くの「マダニ刺咬症」患者から、同様のウイルス核酸もしくは抗ウイルス抗体が見つかった。患者の回復後、血清からウイルス感染を中和する抗体を検出した。これにより地方で不安の種となっていた「マダニ刺咬症」の病原が突き止められた。「マダニ刺咬症」は現在、中国衛生部により「血小板減少を伴う発熱総合症候群」と名付けられた。同症候を引き起こすウイルスは、中国の科学者によって、「血小板減少を伴う発熱総合症候群ブニヤウイルス(SFTSV)」、略称「新型ブニヤウイルス」と名付けられた。

ウイルスの元凶を調査

 李所長は「インフルエンザの大流行は数年に1度発生し、かつ周期的に世界的な大流行を引き起こす。インフルエンザは現在に到るまで、効果的に抑制されていない」と言い、日増しに増加する伝染病に対して表情を曇らせた。「2003年、中国疾病予防抑制センターウイルス病所の経費は20万元であったが、SARS発生後の2005年には1000万元以上となった。当方はウイルス病診断に関する技術を把握しており、設備を購入して新型の伝染病に対応している」。

 経費と技術面の支援を受け、李所長は自信を深めた。「ウイルス病所は、医学ウイルス学研究およびウイルス病予防抑制に取り組む、中国唯一の国家級の機構である。当方では200名以上の科学者がウイルス病予防抑制およびウイルス学の研究を行なっており、数十年間で5名の院士を輩出し、医学ウイルス学分野で国内外に名を轟かせている。SARSの時のように、病原をいつまでも突き止めらないという事態は、今後起こらないだろう。言い換えるならば、現在の技術があったならば、迅速に結果を手にすることができただろう」。

 新型の伝染病が発生するたびに、李所長はまるで戦争に赴くかのように、現場や実験室に向かう。「伝染病が大流行した場合、まず病原の確定を行い、次に診断方法を決め、それから予防・抑制の方法を発表する。2005年、中国で一例目の鳥インフルエンザ患者が発見された。当時はプレッシャーがあったが、慎重に業務にあたり、米CDCの専門家と共に分析を行った」

 「2008年に手足口病が発生した時、私は杭州市の会議に出席していたが、多くの子供が肺炎で死亡していることを知ると、すぐさま専門家を集め議論した。長年のウイルス学研究の経験により、専門家たちは一般的な肺炎ではなく、腸内ウイルスによるものと結論を下し、すぐに病原を突き止めることができた」。

 「2009年に新型インフルエンザ(H1N1)が発見された際、中国衛生部の陳竺部長から、72時間以内にウイルスの診断方法を特定せよという課題が与えられた。私たちはプレッシャーに耐えながら、残業で作業にあたった。米CDCから提供された情報から、ウイルスの遺伝子情報を特定し、72時間以内に課題をクリアすることができた」。

 2010年の「マダニ刺咬症」病原特定は、さらに手に汗握る作業となった。疫病発生の報告から、ウイルスの分離、病原の特定まで、3ヶ月の短期間で完了した。「これは私の最も速く成果が得られた事例だ。科学者として、これほど上手くいくのは、人生で数えるほどだろう」と、李所長は感慨深く語った。アメリカ国立衛生研究所ウイルス研究室長のハインツ・フェルドマン氏は同研究成果を、「SFTSVの特定は、新型伝染病と病原の迅速な特定のモデルである。動物模型の作成という最も困難な課題を除き、疾病と病原の因果関係を説明するコッホの原則を満たした」と評価した。李所長は、「動物モデルにおいても大きな進展が見られた」と述べた。

 「私は臨床医の経験を持つ。医者は患者が健康になり退院できれば、充実感を得ることができる。1985年からウイルス学の研究を始め、特に2002年に中国疾病予防抑制センターが設立されると、大勢の一般国民のために働くようになり、数多くの課題を前にしプレッシャーを感じた。大流行を抑えることができても、完全無欠の結果を得ることは難しい」と、李所長は自身が従事する職業について語った。「世界経済の一体化による発展、資源の開発利用に伴い、世界範囲で人と物が行き来するようになり、伝染病の発生と流行の予測が困難になった。私たちは技術の備えを確保し、伝染病が発生した際に迅速に病原を突き止め、解決策を講じることにより、被害を最小限に食い止める必要がある」。


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