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【12-008】ウルスン便り「トンセナー!」

2012年 8月2日

長濱 直(ながはま・ただし)

 日本バイオビレッジ協会会長。1942年生まれ。日大理工学部卒。化学プラントエンジニアとして株式会社IHI(石川島播磨重工)に勤務。「沙漠化防治」をライフワークにしようと、92年に退社し、98年、環境NGO、日本バイオビレッジ協会を設立。中国内モンゴル自治区ウルスン鎮で96年から植林事業を開始。2000年、同地区に日中環境教育実践普及センターを開設。同年、イオングループ環境財団優良団体表彰。2002年、内モンゴル自治区通遼市栄誉市民。

長濱 晴子(ながはま・はるこ)

 日本バイオビレッジ協会事務局長。聖路加看護大学卒。東京都養育院付属病院勤務、厚生省医務局看護婦係長、清水嘉与子参院議員政策担当秘書を歴任。

田舎のトイレは「フービン」(普通、まあまあ)に向けての第一歩?

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滞在している会館とモンゴルパオ

 中国の内モンゴル自治区クリン(庫倫)旗ウルスン(額勒順)鎮から、便りをお送りします。

 ウルスンはモンゴル語で「沙漠」、鎮は中国語で「町」のこと、ウルスン鎮はつまり「沙漠の町」という意味です。ここは日本に一番近い沙漠、ホルチン沙漠の南部に位置し、中国でも最も貧しい地域となっています。私たちは1996年からここに拠点を置き、持続可能な発展を目指して、バイオビレッジ建設構想に取り組んできました。

 私たちは文化交流会館と名付けた建物に滞在していますが、ここのトイレは2001年開設以来、長い間、ウルスン鎮唯一の水洗トイレでした。

 最近、会館の近くに建った2階建ての商店には水洗トイレがありますが、今でも水洗の数はわずかです。ただ、水洗といっても、下水道なしの世界ですから、浄化槽はなく、レンガで造った直径1m位の穴に溜めて、直接地下に浸透させています。

 トイレの話は、活動記録をまとめた『日中環境教育実践普及センター10年のあゆみ』にも書きましたが、私自身の17年の経験からいっても、田舎の農牧民家のトイレが一番快適、「イクセナー!」(いいね!)です。

 「トイレを借りたい」というと、「広いトウモロコシ畑のどこでもOK!」と、彼らは笑顔で両手を広げます。明るい太陽のもと、風がさわやか、サラサラと葉音が何ともいい気持ちです。

 でも、零下30℃にもなる冬はいけません。草木もなく、とにかく寒いので、家の近くに風除けを巡らし、穴の上に並べた2枚の木の上で用を済ますのですから。

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トイレ」が配達されてきた

 会館北側は高さ1.5mのレンガ塀があり、塀の向こう側は目抜き通りに面した商店街の庭。この塀際にはポプラの大木もあり、雨風を防ぎ、トイレに最適な場所というわけで、いつの間にか、ヨシズや木の枝や布で囲んだ簡単なトイレが5~6個も出来てしまいました。

 夏は風に乗って臭いが漂ってくるので、「モーべナー!」(最低、最悪)ですが、これは特別な事ではなく、どこも同じようなものです。

 この状況に対して昨年(2011年)夏、鎮政府から「来年は公衆トイレと農牧民家のトイレをきれいにする」との意気込みを聞きました。

 今年は、荷台に大きな金属製の箱を三つ積んで走るトラックを何回も見ました。箱の大きさは、間口と奥行き1.2m、高さ2m、ドア(間口68.5cm、高さ175cm)、それに窓(40cm×30cmで金網付)がついています。

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会館の近くに設置されたトイレ

 それは、日本の簡易トイレより少し大きめで、白地にモンゴル族の大好きな青の模様がついていて、遠目にも「あっ、トイレだ」とすぐに分かり、5月28日には会館の近くの道端に、例のトイレが置かれていました。

 ドアの横には青い文字で、「無害化、衛生厠所、防疫病、防蚊蠅、防汚染、環境好、農村牧区改厠項目」と書かれていました。

 ドアを開けると、下は地面! これは、従来のトイレの上に被せるカバーなのか?と思いましたが、この目立つ白い箱は、3週間以上もほったらかしのままでした。

 人々が「これはいい!」と直ぐに使わない理由は何? 従来のトイレに被せるには、少し小さいのでは? 新しく穴を掘らなくてはいけないのでは? しゃがんでドアを閉めると狭いのでは? 小さな窓からの光だけでは薄暗く、ほかに開口部はないから、息苦しいのでは? 当然、ドアを開けたまま、用を済ますのだろうな~。これで「防疫病、防蚊蠅」などになるのだろうかな~? 春先は強風の日が多いから、吹き飛ばされないかな~? などと、次々に疑問が浮かんでしまいました。

 会館の庭隅には、レンガ造りのトイレもあります。壁は方々に穴が開いているので、狭くても風通しが良い! これも建てて10年になりますが、今も問題なく使われています。

 会館に来られるお客様のうち、室内の水洗トイレを使うのは日本人のみで、現地の方に「どうぞ使って下さい」と勧めても、「外の方がいいから」と、今も全員が外のトイレを使うのです。

 7月6日、一時帰国していた日本から戻ると、前と同じ場所に、あの白いトイレが正式に設置されていました。穴を掘り、周囲をセメントで固定、その上に載せてありました。

 しかし、ドアは道路に面しており、鍵がかけてあります。その神経は? まだまだ、いろいろと問題がありそうです。でも、農村部の衛生向上に向けた画期的な政策が、大きな第一歩を踏み出したようです。

大中規模都市周辺の道路及び交通事情は「モーベナー!」(最低、最悪)

 5月10日、瀋陽空港(遼寧省)からクリン旗に向かう230km、約4時間の道で、三つの交通事故を目にしました。瀋陽市の近くは、グリーンベルトを挟んで4車線の広い道路。そんなに広い道路が必要だろうかと思う程ですから、車はスムーズに走り、通行量も多くはありません。

 そこを道路工事用の超大型トラックが走っています。日本ではなかなか見られない、横から見ると、6個ものタイヤが並び、荷台には砂利が山と積まれています。これが猛スピードで数多く走っているのです。事故はトラックと乗用車の衝突だったので、乗用車はペシャンコ。死亡事故だと、直ぐに判りました。こうした事故が3件もですから、ゾーッとしました。

 5月31日にクリン旗から通遼市まで、144km(約2時間半)走った時も、2件の大事故を見ました。ウルスン鎮から離れる度に、大きな交通事故を5件も見たわけです。晴子は「工事が終わるまでの間、遠出は出来るだけ避けた方がいいのでは」と言いました。

 このような大事故について、地元の関係者に聞いても、返事は「よくあることで、ニュースにならない」と、いつも決まっています。交通事故は日常茶飯事であることが判ります。

 昨年7月23日に温州で起きた高速鉄道追突脱線事故についても、「どこだっけ?何人死んだ?」と遠い過去の話です。その列車が埋められたこと、その後、掘り出されたことも知らないほど、関心が無いのです。というのは、「あれは北京周辺に住むお金持ちの話、別の世界の話だ。それより連日、炭鉱では50人、100人が落盤事故や爆発事故で亡くなっている。そっちの方が重要だ。そっちを何とかしてほしいね」というわけです。

 現在、瀋陽では、大規模な工事があちこちで行われています。放射状の道路はありますが、交通渋滞を避けるために、環状線を建設しているのです。

 工事の状況については、日本のようにラジオ放送や携帯ナビで知らせてくれたり、道路の案内掲示板で教えてくれるわけではなく、工事現場に案内板を立てたり、迂回を誘導する係員がいるわけでもありません。

 あちこちの道路が工事のために寸断され、今までより大幅に遠回りしなければならないので、目的に着くのは至難の技に思えました。

 6月21日、日本に一時帰国した時には、いつものように、ウルスン鎮のタクシー運転手ハイジンロンさんに、瀋陽空港近くのホテルまで送ってもらいましたが、疲労困憊の散々な目に遭いました。

 瀋陽市内に入っていくと、途中からガタガタ道になって車はストップ。元に戻るのにも時間がかかり、戻って次の道を進むと、ここも途中で通行止め。工事現場の人に行き方を聞いても、現場のことしか知りませんから、「知らない」の一言で済まされます。いい加減、いやになりました。ウルスン鎮を午前8時に出たのですが、6時間半もかかりました。

 こうした状況にどうすれば順調に目的地まで行けるのか? 瀋陽の人たちは友人や知人と携帯で、「今日はどこどこはダメ、どこどこがいい」「今の時間帯ならどこどこを通って行けばいい」と言う具合に、実に小まめに連絡し合っているのです。

 5月10日、日本から戻った時、李永勝さんがウルスン鎮から瀋陽空港まで、自分の車で出迎えてくれたのですが、その車にはもう一人乗っていたのです。李さんが以前利用したことのある瀋陽のタクシー運転手で、彼がクリン旗まで運転してくれたのです。

 李さんは最初、「ちょっと疲れているので、長い時間運転するのはきついから」と言っていましたが、だんだんと状況が判ってきました。つまり、「空港に通じる高速道路も、環状線の工事も、詳細情報が全く公表されていない。毎日状況は変わる。毎日、瀋陽からクリン旗まで定期的にビールを運んでいる彼だからこそ、その変化が判る」ということで、彼に頼んだわけでした。私が李さんに払う運賃800元(瀋陽~クリン旗間)から、150元を彼に支払うということでした。

 この時は、4時間でクリン旗に到着。通常は3時間半程度ですから、少し長く感じる程度。彼の運転によって、実にスムーズに走ることが出来たのでした。瀋陽市に気軽に状況を聞ける友人や知人がいない運転手のハイジンロンさんは、自分の勘を頼りに運転するしかなかったのです。

 通遼市は、ウルスン鎮から一番近い地方の中規模都市です。李さんは、瀋陽は苦手でも、通遼市へは週3回も往復しているだけあって、自信を持っています。通遼市内の道路整備は、昨年で一応終了したようですが、車がもの凄く増えて、交通渋滞が深刻です。

 クリン旗から通遼市への道(144km)は、拡張工事が進められていますが、砂利を積んだ超大型トラックなどによって、ガタガタ道が一層ひどくなるし、10年前は1日2往復程度だった定期バスが、今では12往復。乗用車も増えていますから、1時間40分程度だった道が、2時間10分以上はかかるようになった、と言います。

 現在は2車線ですが、道路に並行した新しい2車線の道路を建築中なのです。車がそれほど多くないと思われるこんな田舎に4車線道路? そんなに必要かな、と思うくらいですが、広い土地がある中国は羨ましい気もします。

 思い起こせば、今の2車線は2002~03年頃に建設されました。それまでは、砂丘や沼地を避けながら、曲がりくねって走る1車線の簡易舗装された細い道しかありませんでした。途中の小学校のトイレを借りたり、トウモロコシ畑で用を済ませたり、沼地の湿地帯を苦労して走りながら、5時間ほどかけて走るのが当たり前でした。それが一直線に突っ切る2車線の道路に変わりました。それから10年、車線をさらに倍にするのです。

 クリン旗~通遼間をよく走っている李さんでも、通遼市に近づくと、携帯をかけっぱなしでした。同業のタクシー運転手に、道路状況を聞いているのです。市内に入ると、渋滞に巻き込まれ、目的地に着くまで片道3時間。ウルスン鎮から往復約400km、車で6時間。疲れた。「モーベナー!」(最低、最悪) あと数年はこの状況が続く覚悟が必要なようです。

 いずれにしても、ウルスン鎮でじっとしていて、のんびり過ごすことが、一番「トンセナー!」(素晴らしい、最高)です。

(注)「トンセナー!」は、モンゴル語で素晴らしい、最高の意味


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