【06-01】香港と「成熟」に関する意外な組み合わせ~ 香港ショートスティ印象記~

2006年10月20日

今井 寛(中国総合研究センター 特任フェロー)

 以前から符に落ちなかったこと

 香港に3日間滞在した。

香港と聞くと、どんなイメージが浮かぶのだろうか。買い物天国か。観光都市、アジアの金融センターか。

十数年前に、やはり3日間滞在したことがある。
「香港人とはあらゆるサービスを提供しつつ、気ぜわしくカネを追求する人種である」
と、その時は感じた。

 以前から符に落ちないこともあった。友人に、コンピュータグラフィックスのアーティストがいる。彼は芸術家らしく一面神経質で、好き嫌いもはっきりしている。その彼が、
『香港は、僕の第二の故郷だ』
と熱っぽく語った時には、思わず耳を疑った。あの「買い物天国」「おカネの追求」と、彼の繊細な気質とが、どうしても頭の中で一致しなかったのである。

 まだある。新聞報道(2006年8月22日東京新聞夕刊)によると、香港での専門学校生を対象とした調査が行われた。その中では、卒業後の生活に関して6割の専門学校生が卒業後の生活について
「特に人生や将来の目標はない」
と回答。また、高校生を対象とした別の調査では、77%の回答者が
「高校卒業後に職を得る自信はない」
とし、更には約6割が自身の未来について「意味がない」「悲観的だ」などと形容しているとのこと。近頃我が国で行われた調査結果かと、勘違いしそうになるデータである。も しこれが本当に現代香港の若者の気分を表しているとすれば、社会での成功を求めてがつがつ頑張る気迫みたいなものは、どこかへ行ってしまったのであろうか。

上質さの一端に触れる

 初秋の或る午後、空路北京から入った香港へ入国した。イギリスから中国への返還後も、中国本土からの移動は、外国からの入国と同じく審査を受ける。

 新しく機能的な空港で入国管理官とやりとりしていて、早くも最初の「おや?」を感じた。その管理官は、礼儀正しくにこやかに英語で話しかけてくる。中国の空港では、こ こまで丁寧な対応をすることはないと思う(もしかしたら日本でも)。

 到着した夜と次の日の夜、同行したS氏の古い友人の方達二人と、それぞれ食事を共にした。ここでも「おや?」と思った。香港在住の彼らが選んだのは、普通の上海料理の店と、四 川料理のレストランなのだが、どちらもとても美味しい。しかもその美味しさが、
「さすが本場。やっぱり中国四千年の味!」
みたいな観光客的もの珍しさから来るのではなく、肩肘張らずに、すっと湧き上がってくる上質さがある。周囲のお客さん達も、家族や友人と一緒に和やかにテーブルを囲んでいて、セ ンス良く落ち着いて食事を楽しんでいる雰囲気であり、それがとても自然なのである。

 インタビューのため訪問した高層のオフィスビルや、空港の建物などを見ても、北京の建築と比べると、仕上げが丁寧な印象である。

香港科学技術大学キャンパス風景

 学長インタビュー

 香港科学技術大学を訪問した。

 同大学は、創立自体は1991年と比較的新しいが、質の高い教育をすることで知られる。例えば、「ニューズウィーク」誌(日本版2006.9.27号)の特集記事「グローバル化する世界の名門大学」に おいては、世界の大学中第60位にランク。これは、中国の大学ではトップで、アジアの中でも、東大、京大などに続いて第5位となる。一方、「フィナンシャルタイムズ」誌 の2006年MBAコース上位100校ランキングでは、第47位。ちなみに、100位以内にランクインした日本の大学のMBAコースはない。

 また、昨年中国の大学関係者に衝撃を与えた「事件」があった。中国の統一大学入試で北京の成績トップとなった受験生が、全中国トップ校の清華大への入学を辞退し、香港科技大へ入学したのである。曰く「 北京大と清華大が地盤沈下?-香港から揺さぶり」と話題になった(2006年7月3日「The Daily NNR」)

 海沿いのキャンパスは新しく、とても美しい。新学年が始まりサークルの新入生勧誘活動が活発なのは、日本の大学と同様である。

 4~5階の吹き抜けになっている全面ガラス張りの窓から海原が見渡せるきれいな図書館を見学した。熱心だけど静かに勉強している学生が多くいたが、席には余裕がある。焦って座席を取る必要はない。

 「ここで勉強してアメリカに行って金持ちになるんだ!」
みたいな熱気に溢れている訳でもなければ、さりとて無気力という訳でもない。ほど良い落ち着きの中で、質の高い知的活動に打ち込んでいるという印象である。

 超伝導研究の分野で世界的な権威である朱経武学長に、お話をうかがった。会う前はどんな(偉い)感じの人なんだろうと思っていたのだけれど、たいへん穏やかな方で、非 常に丁寧な話し方をされたので内心面食らってしまった。

『今日は外部から続けてお客さんが来られたのでネクタイをしていますが、普段はノータイなんですよ』
と、学生との距離の近さを強調される言葉にも説得力が有った。

 中国本土から学生が香港の大学へ入ってくることについて聞いたところ、これら中国からの学生達に対する奨学金は必ずしも多くはない。本学に限らず香港の大学には、色 んな国から多様な学生達が集まってきているため、様々な経験を積み視野を広げることができる。むしろそのような国際性というものが評価されているのではないか、とのことだった(「ニューズウィーク」誌 のランキングとも一致)。

 また、イーストハム副学長の
『香港は海外の人材が戻って来るのに、ちょうど良い街である』
とのコメントに興味を覚えた。香港は生活面での利便性、快適性に優れている。でも、それだけではない。激烈な発展をとげる中国本土と比べると、香港の社会は比較的ゆったりと進んでいるので、逆 に帰国者にとっても馴染みやすく住み易い、との意見だった。このような見方とセンスは、昔ならいざ知らず、確かに現代の中国ではちょっとないと思う。

 私のイメージでは、海外から中国へ帰国する人々の多くは、急激に発展する中国でビジネスチャンスを見つけ、たくさん働いて一山当てることを目指している。で も実際のところ海外で質の高い生活をした人の中には、中国で暮らすことに関心はあるが、あの急激な変化と落ち着きのない生活はどうも・・・と思う人もいるかもしれない。例えば、友 人の知り合いの中国系米国人夫婦は、
「中国に帰ると子供の教育が不安。あの激烈な競争環境が、子供の成長にとって本当に良いのか」
と語ったとのこと。皆が皆、がつがつと働き、常に全力で走り続けることを指向する訳ではないのではないか。

朱経武学長と。向かって右から三人目が学長。その左が筆者。

「成熟」を享受できる都会

 以上、あくまで短期の滞在からだけの見方であるが、意外にも香港は
「大人が落ち着いて生活や仕事ができる成熟した都会」
という印象が濃く残った。成熟した社会だからこそ、神経質なアーティストも香港を第二の故郷と想うし、一方で未来に輝きを感じない若者も出てくる。

 でも、中国本土より落ち着いた生活ができて、日本よりは活気があって、しかも生活コストはやや低い(不動産価格はともかくとして)とあれば、香港での生活を選択する人も出てくるのではないか。

 「中国の急激な発展は、いつどのようにして鈍化するか?」
といった議論が、しばしばなされる。資源問題、環境問題、不動産バブルの崩壊等、様々な要因が取り上げられているが、私は、「中国社会の成熟化」が、そ の発展に大きな影響を与えてくると常々思っている。我が国もそうだが、国民が
「いくら厳しい生活を送っても豊かになりたい!」
と強く願っている間は、社会はどんどん発展する。ところが
「まあ仕事をやって豊かにはなりたいけど、キツイのはヤダ」
などと言い始めたら、その時は社会が成熟化に向かっているのだと思う。このような観点から、今後中国の将来を見極めていく上で、一足早く成熟社会となった香港は、目が離せない存在である。

でもやっぱり「香港らしさ」も

・・・と続くと綺麗に終わるのだが、「やっぱり香港☆」と感じた経験も幾つかある。それを書かないと、何だかバランスが取れず落ち着かない。

(1) 朝ホテルでテレビを見ていると(3局くらいしか映らなかったので多分普通の民放)、ひとしきりニュースをやった後は、どれも株価チャンネルとなった。かなり長い時間放映しているようで、や っぱりここは「カネを追求」のイメージ通りの香港である。

(2) 同じくホテルのテレビには、日本のビジネスホテルにあるようなアダルトチャンネルがついていた。いかに改革開放が進んでいるとは言え、中国本土のホテルにはこれはまずないと思う。こ こに中国の一国二制度が凝縮されている。

(3) 市内と空港とを結ぶエアポートエクスプレスのチケット(2枚組)を購入した時のこと。同行したS氏は、言い張っていた。

 『自動販売機でチケットを買うより、窓口で買う方が安い。これが英国式である』
と。私は「そんな馬鹿な」と思い、試しに自動販売機で切符を購入してみたところ、やはり彼のチケットより高かった。

(4) 中国語の標準語である普通語(プートンホァ)は、香港でも公用語ではあるがそれほど通じない。十数年前みたいに使っても敵意を感じることはないが、普通語で話しかけても、逆 に相手は日本人と見ると日本語で返事が戻って来ることの方が多かった。相手は中国人なのに、普通語で話せないのは何だかもどかしい。実感で言うと、香港で普及している言語は、
広東語 > 英語 > 日本語 > 普通語 の順ではないか。

(5) 宿泊したホテルは、3階がロビー階で、8階から上が客室階となっていた。日本でも、オフィスが中間階にあるビルなどで見られる造りである。ところが、私 が泊まっていた9階からエレベーターで下って行くと、何だかやけに早くロビーに到着する。部屋の窓から外を見ても、それほど高くはないようだ。これは勘違いかもしれないが、もしかしたら、8 階の下は直ぐに3階のロビーになっているのではないだろうか(これって上げ底?)。でも、それは何故? 部屋数を多く見せるためか。いやいや、そうではない。「時は金なり」と効率性を好む香港人のこと。時 間を節約するために、7階から4階は一瞬で通過できるすごいシステムを開発したのでは? などなど、帰りの飛行機の中では、香港の不思議さに思いを巡らすこととなった。


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