【08-06】中国文明と科学技術

寺岡 伸章(中国総合研究センター フェロー)  2008年4月20日

1.中国の科学技術のレベル

 2006年、中国人研究者による発表論文数は日本を抜いて世界第2位となったが、その質は日本に遠く及ばない。民間企業における研究開発は模倣 の段階に留まっており、旺 盛な技術開発が行われているとは言えない。中国には、技術開発が三度の飯よりも好きな本田宗一郎や盛田昭夫はまだ現れていない。

 なぜであろうか。中国人研究者は口をそろえて反論する。

 「開放改革以降、大学がやっと再稼動した。新中国が研究開発を始めてから まだ20年、基礎研究を本格的に取り組み始めてから僅か10年しか経っていない。1 00年以上の研究開発の蓄積がある日本と比較するのはフェアでない。む しろこのような短期間に、サイエンスやネイチャーのような世界トップの雑誌に論文が掲載されるようになったことを評価すべきである。中 国経済は毎年10% 以上の成長を続けているが、実感としては、科学技術力はそれを上回るスピードで成長しているのだ」

 それなりの説得力があるので、中国人の実直なコメントとして聞き置くことにしよう。科学技術の発展には、確かに時間がかかる。科学的知見の積み重ねがな いと、質のいい論文を書くことが出来ない。技 術者は試行錯誤や失敗を繰り返さないと、市場に合った新しい製品やサービスを開発することは困難である。時間 と忍耐と経費が必要なことは言うまでもない。知見と資本の蓄積が進めば、大 学も民間企業も技術開発へと大きく舵を切るはずであるという仮説は成り立つかも 知れない。このような問題意識に立って、今後の中国の科学技術の動向を見つめるのは大切であると筆者も思う。

 しかし、一方で長期的観点に立つと、中国の文明の特徴を吟味し、それが技術革新に対してどのようなインパクトを与えるであろうかと考察してみるのも面白いと思う。特に、日本と比較しつつ、歴 史を参考にしつつ自由に発想してみるのも悪くはあるまい。

2.日中両文明の相違

 中国文明と日本文明の特徴から議論したい。多くの中国人及び一部の日本人には、日本には文明と呼べるものはなく、中国文明の一部あるいは中国文明 の周辺文明に過ぎないと考えている。しかし、歴 史学者トインビー及び「文明の衝突」の著者であるハンチントンは、日本文明を世界を代表する文明の一つとし て列挙している。日本文明は中国文明から影響を受けてきたものの、質 的に異なっていると彼らは口を揃える。両文明は同じく東アジア地域に属するがその成り 立ち、歴史、宗教は随分異なる。

ただし、日本は巨大なパワーを持つ中国文明の動向を敏感にキャッチし、文明力の増進にとって有益と判断されるものは積極的に学び、適合しないものは導入 してこなかった。大 陸に巨大王朝が発生するとその対応にエネルギーを注ぎ、王朝が衰退したり、国が動乱期に入ると、鎖国体制を敷いて、独自の日本文明の発 展に力を尽くしてきたのである。優 れた外交力と歴史的視点での的確な判断があったればこそ、日本は中国から大きな影響を蒙ることなく、独特な文明を築き上 げてきたと言える。

 さて、日中両文明の特徴をまとめてみよう。

 まず、中国は易姓革命の国であるため、王朝が変わると前王朝の正統性、文化、社会制度等全てが否定される。文明はゼロの状態に戻るのである。漢王朝崩壊 後、黄巾の乱が勃発し、農民は流民化し、食 料の生産が出来なくなり、人口は10分の1まで減少した。激減した漢民族を補うために、北方民族が中原に雪崩れ 込んでくる。北方民族のエネルギーを秩序回復にうまく利用し、漢 民族化させていった点は中国文明の生命維持能力と言える。そう考えると、漢民族という概念 は、民族ではなくむしろ文化の概念に近い。現在は、外資企業の誘致により、中 華文明の再活性を狙っているように見うけられる。いずれにせよ、王朝の崩壊は 人口の激減に象徴されるように、文明のリセットを意味する。歴史が断絶する。国民はその時代の為政者の恣意に翻弄されやすく、為 政者に対する不信感の源泉 もここにある。

 一方、日本は革命国家ではなく、天皇を君主に頂く安定した国であり続けた。武家社会になって代わったのは、国民を直接統治した幕府の誕生である。この比 較的安定した社会は日本精神を守りつつ、外 来文明を受け入れ、それを独自に加工し、文化として蓄積していく。大陸で既に失われた伝統や文化が日本という国 で静かに息づいている。つまり、日本は蓄積する文明の特徴を有する。そのため、日 本人の精神構造は深く、複雑であるが、過去の歴史の教訓に学ぶことも容易 である。

 2番目の違いは、大陸文明と海洋文明である。

 大陸文明は、中国に限らず、壮大で抽象的な原則論を重んじ、建前論で押し切ろうとする。現実と原則論の矛盾に行き当たると、原則論が優先される。事実よ りも政治が優先される所以である。こ まごました客観的なデータに基づく議論をする者は、小人として扱われる。抽象論志向は偉大な科学を生む土壌とも言える が、事実の軽視は実験の軽視につながり、都合のいいデータをのみ抽出する態度に陥りやすい。大 躍進時代に地方から中央に報告された豊作のデータは政治的意 図を反映したものであった。

 海洋文明の住民は、交易を重視し、嘘をつかず、真面目に対応する。心の清潔さや誠実さが大切とされる。日本文明はこれに相当する。事実かどうか、嘘をつ いていないかどうかが人間の評価基準になる。事 実を基に議論を展開する態度はプラグマティズムであり、現代科学を誕生させた西欧人の精神に共通するものを 持つ。梅沢忠夫は、日本は西欧と共通の文明を持つという生態文明観を提起しているが、大 陸文明に対する違和感がそのような学説を提起させたのであろう。

 3番目の違いは、自然観である。

 日本文明は1万年の狩猟採集中心の自然重視の文明とも言える縄文文明を経験しているために、自然との共生の重要性が当然のこととして日本人に理解され る。日本の国土の7割近くは森林で覆われている。他 の文明では、森林を開墾して燃料にしたり、畑にしてきているので、先進国では全く稀有な出来事である。 一方中国では「龍」に代表されるように抽象的な思想が好まれ、自然は酷使される対象となっている。中 原には日本人が自然と呼べるような大地はない。

3.中国文明と科学技術

 中国は古代からイデオロギー重視で、政治的に発想す る文明である。個々の事実を積み上げて実証的に思考する習慣が弱い。大きな理論が好まれるが、小さい事実は軽視されやすく、そ の結果忍耐に欠ける面があ る。クラフツマンシップの欠如は泥臭い実験の遂行や忍耐を必要とするデータの積み上げを嫌う傾向にある。清朝で改革運動を指揮し、挫折した梁啓超は著書の 中で以下のように記している。< /p>

 「同治の初年にドイツの首相ビスマルクが人に語って次のように言った。三十年後には日本は発展し、中国は弱くなってしまうだろう。日本人で欧州に留学す る者は、学 業を討論し官制を講究してから自国へ帰って学んだことを施行する。中国人で欧州に留学する者は、あちらの工場に行っては戦艦に設置する大砲の性 能を聞き、こちらの工場へ行っては値段の安さを聞き、そ れを購入しては自国で用いている。強弱の根源はここにあるのだろう、と。ああ、今不幸ではあるがビ スマスクの言葉は当たってしまった」。

 中国人は壮大な理論が好きな反面、実利的で現実主義的である。短期的に得られないものには関心を示さない。日本の伝統的職人のように、人生をかけて一つ の技術を追求することで心を磨き、清 潔にしていくという発想が中国人には理解できない。武士道は宗教的なピューリティーの追求に通じる。目先の利益への関 心は、流行の学問や論文の追従になり、真に新しい科学が育ちにくい。また、企 業人は短期的な利益を追う余り、ヒット商品の改良やコピーに執着し、革新的な 製品の開発意欲を削いでしまっている。

 四大発明に代表されるように中国文明は人類にとって重要な技術を生んできた。その技術革新の精神は今の中国文明にも引き継がれていると信じたい。科学技 術が中国大陸で開花するかどうかは、中 国文明が育んだ中国人の「精神」にかかっている。中国文明の特質を理解し、長所を伸ばし、短所を補う政策を展開する ことにより、科学技術の真の進歩が期待できる。自ら研究開発システムを改善し、自 立ある文明力を発展させるためには、相当の困難を克服していかなければな らない。それを実現することにより、偉大な中国文明の復活を世界に示すことができるのである。


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