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【10-005】中国経済をとらえる尺度

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2010年 9月29日

実質GDPの怪

 今年、中国のGDPは日本を超えることが話題になっています。これをめぐりいろんな議論があります。実質GDPではまだ日本は中国の3倍だから日本が浮き足立つ必要はないと述べる人もいる。

 名目GDPをGDPデフレーター、すなわち物価上昇率で割れば実質GDPが計算されます。つまり物価が上昇すると実質GDPは下落します。先日もある新聞で実質GDPではまだ日本は中国の3倍との論が述べられ、論者は目からウロコと述べていましたが、果たして日中のGDPを比較するのに実質GDPを持ち出していいものかの疑問もあります。

 同じ国のGDPを年度比較する時の参考ならまだしも、国際比較する時にそれに強く引きずられることは問題でしょう。

 GDPデフレーターの計算時の基準年度をいつにとるかの問題もあるし、双方の為替レートの問題も考慮されねばならない。

 最も問題なのは中国のように物の供給が限られていた国が市場経済社会になり、それまで市場になかった商品やサービス、高機能商品がどんどん供給され、それとともに物価も上昇する国のGDPを、物価上昇分を割り引いてGDPを計算することに無理があります。

 勢いのある中国とデフレ社会の日本のGDPを、物価上昇を差し引いて比較してまだ追いつかれていない、目からウロコと安心していいのでしょうか。

 正に外界に背を向けたゆで蛙の世界だと思います。

 例えて言うなら昔リンゴ1個が10円で売られ、今は品種改良がされておいしくなり値段も100円となった中国のリンゴを日本のリンゴと比較する時にいつまでも昔の尺度の10円を持ち出して無理やり評価を引き戻すようなものです。

 そもそも中国のような世界に例の見ないスピードで変化する社会の物価をGDPデフレーターで基準時の物価に直しGDPを計算することに無理があります。1年たてば社会の様相が変わってしまうのが中国です。

 改革開放前の中国企業には営業もマーケテイングもありません。政府の指示で物づくりが進み、企業にR&D(研究開発)の考え方すらない国でした。

 研究開発は旧ソ連から学び、国が大学に研究所をつくり進められました。

 当時の第一汽車の第1号の乗用車「東風」は60年代前に生産されましたが、最初のモデルチェンジが行われたのは80年を過ぎてからでした。

 そんな国がすさまじく変化しているのだということを理解しなければなりません。

 不味かったリンゴがフジなどの種子が入って品種改良されるように、競争により市場の姿がどんどん変わる国の物価、インフレ率を基準時に引きなおすことに無理があり、それでもって国際比較することは困難です。

 まして今、中国経済は第三次産業のウエートが高まっています。そこでは自ずと商品価格にはサービスという目に見えにくい付加価値が増加します。

 店員の笑顔と「いらっしゃいませ」という挨拶の分だけ価格も上がり、しかしそこに顧客満足も生まれています。

 GDPを名目GDPで判断するのか、実質GDPで判断すればいいのか、そんなことに頭を悩ますより、感受性を豊かにして経済の勢いをつかむべきです。

 日本が中国のGDPを実質GDPになおして「見ざる、聞かざる」の世界に浸っている間に中国が大変化をし、これからもそれが続くことが問題です。

 前回のこの欄で述べたように、2020年には米国をも上回る可能性を持つわけですから。

タクシー料金が4元(52円)の甘粛省天水

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 中国の驚異、あるいは脅威は最先端の中国と遅れた中国が共存し、まだまだそれが続くということです。350キロで走る武広高速鉄道の車体の洗浄はモップの女性達です。

 2009年12月に開かれた国連気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(COP15)で中国は異を唱えましたが、その時、中国の何亜非外務次官は「我々はテーブルについたばかりだ。まだコーヒーしか飲んでいない。これまでごちそうを味わった人たちと勘定を分担しろと言われても簡単には応じられない」と述べています。中国の面子主義を考えればそんな反論もうなずけますが、まさにまだコーヒーしか飲んでいない中国も厳然と存在します。

 甘粛省の省都、蘭州は正に中国の砂漠化、環境と水問題の最前線とも言うべき都市です。

 西安から甘粛省に入り、関中・天水経済圏の天水という人口350万人の都市から省都の蘭州に向かうにつれ山には緑がなくなり、川を流れる水も次第に乏しくなって、蘭州の周辺には見渡す限りの赤茶けた地肌の山々が広がっています。

 茶色の山を階段状に均して植林し、ところどころで散水のスプリンクラーが回っていますが、広大な茶色の世界を見ていると空しさがつのるばかりです。

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 そんな甘粛省の街はまだコーヒーしか飲んでいない中国です。

 省都の蘭州でも今や上海などの大都会では見られなくなった風景がいたるところに見られます。

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 天水のタクシー料金は驚くことに初乗り4元です。上海や深圳は12元ですから三分の一の値段です。

 省都である蘭州の中心の繁華街ですらスターバックスはもちろんケンタッキー、マクドナルドでさえほとんど店が見られません。

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 中国スターバックスは現在、中国28都市で400店舗ありますが、これから2.3級都市、店舗空白都市への出店を加速させる計画です。しかし甘粛省は最後に残る空白地域の一つでしょう。

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 甘粛省には回族、ウイグル族が多く住み、民族大学もあります。

 大きな学校では漢民族と豚肉を食べない回族の食堂が別になっています。市場や屋台の店では羊の頭がそのままの姿で売られています。

 その回族が多いためか蘭州などの街では牛肉麺の店、羊の鍋の店が多く、牛肉麺は3元5角、およそ45円です。

 今年、中国の多くの地域で最低賃金が大幅に引き上げられています。

 上海では1120元、広州や深圳では1100元です。尤も同じ広東省でも農村部に行けばまだ660元のところもあります。甘粛省も620元で上海の55%です。天水の街ではお店の販売員の給料600元の募集広告が貼られています。

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 中国のGDPを日本と比較し、実質GDPはまだ日本が中国の3倍と言うのは上海の12元のタクシー料金を天水の4元の基準に無理に引き戻して中国経済をとらえるのと同じです。

 地上100階の超高層ビルとスターバックスがいたるところに見られる上海とその店もなく牛肉麺が3.5元の蘭州も同じ中国の都市ですが、二つの都市のGDPを合算し一人当たりのGDPがまだまだと言って安心するのも正にマスターベーション、酒を浴びて憂さを忘れる世界です。

 過去の物価の基準に無理に引き戻したり、一人当たりの経済で中国をとらえても何も見えません。上海は上海、甘粛は甘粛としてとらえ、その甘粛がどのように変化していくかを読むことが大切です。

 既に内陸でも今、多くの公共の乗り物に電気自動車が目立つようになりました。公安の小型パトカーにはどこの街にも中航工業の電気自動車が使用されています。

 既に最近の電動自動車の消費者調査では51.2%の消費者が純国産の電動自動車を支持し、次に20.1%の消費者が合弁のそれを、16.2%が輸入品を購入するとの調査結果が出され、国産電動車の中でもBYDが高い支持を得ています。

 中国経済は「空を飛ぶ」というような側面があり、一足飛びに新しい時代に入る可能性が常にあります。電気自動車、携帯電話、海外旅行などは言わば「空を飛ぶ」経済です。

 私たちが考える中国内陸も、これから「空を飛ぶ」とまでは言えませんが、ホップ、ステップ段階くらいに入ってきました。

 既に中国では沿海企業の内陸シフトが始まっています。台湾の富士康は100人の工場からスターし、今や中国全土で雇用者が80万人を超えるまで成長しています。その半数が深圳で雇用されています。

 その富士康も四川省の成都、河南省の鄭州や山東省、河北省に工場を建設し、数十万人単位での募集が行われ中国の労働市場にも大きな影響を与え始めました。

 甘粛省の620元の賃金、スターバックスの無い甘粛の街もこれから変化していきます。2014年には四横線の一つ、西安からの高速鉄道がつながり北京と蘭州は5時間~6時間経済圏となります。すでに蘭州の近くにまで工事が進んでいます。

 中国はまだまだと考えている間に私達は浦島太郎にならないようにしたいものです。

和中 清

和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。

主な著書・監修

  • 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
  • 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻)  制作・著作:PHP研究所
  • ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
  • 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
  • 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
  • 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
  • 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
  • 中国が日本を救う(長崎出版)