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【14-009】中国市場における日本企業の課題(その1)

2014年 5月20日

和中 清

和中 清: ㈱インフォーム代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書・監修

  • 『中国市場の読み方』(明日香出版、2001年)
  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)

スマートフォンが金融制度に影響する時代

 前回の日中論壇で格差問題を取り上げたが、格差には停滞社会の格差と成長社会の動的格差がある。中国は後者である。

 日経BP社の中国分析に経済アナリストM氏の中国の格差の記述が載っている。

 「日本でも格差拡大が問題となっているが、中国のそれは桁が違う。一般の工場労働者の月給が1万円に満たないなかで、年収1億円、10億円という人が増加している。年収1000万円以上の人の数は、すでに中国人のほうが日本人よりも多い状態だ」

 2008年のコラムだが、一般の工場労働者の賃金が1万円に満たないのは90年代の話である。テレビにも出演して経済を語る人がこんなレベルの見識で格差を指摘し、来年以降制御不能な暴動が起きると結論づけるので日本の中国情報は怪しくなる。因みに筆者が関与する広東省の工場の今年3月の一般工賃金は、残業代を含め一人平均5000元(約8万3千円)だった。しかも寮と1日3回の食事は全額会社支給である。今回の日中論壇は格差社会と言われる中国での市場対応について考える。

 中国で、どのスマートフォンからもダウンロード可能なアプリの「快的打車」が話題だ。

 タクシー呼出アプリの「快的打車」とアリババグループのモバイル決済サービスの支付宝(アリペイAlipay)が、「快的打車」でタクシーを利用し、利用客が料金を支付宝銭包(Alipay Wallet)で支払った場合、利用客に10元、運転手に15元をキャッシュバックすることを発表したからで、両社は同キャンペーンのために5億元を投資した。

 また騰訊(テンセントTencent)のモバイル決済サービスTenpayは「嘀嘀打車」を使ったタクシー呼出を可能にする機能をメッセンジャーアプリ微信(Wechat)に追加し、微信支払(Wechatモバイル決済)で決済した場合にキャッシュバックされる。

 2013年に中国モバイルショッピングの市場規模は1676.4億元に達し、今年中に米国を超えると見られる。AlipayもTenpayも、タクシー乗客を通じてモバイルネット人口を増やし、チケット購入やレストラン予約、ショッピングに拡大して現金やキャッシュカードの顧客を奪う戦略のようだ。

 支付宝(Alipay)と天弘基金(Tianhong Asset Management)が開発したモバイル決済サービス理財、オンラインMMF(マネー・マーケット・ファンド)の余額宝(Yu’EBao)はネットでの買い物決済にいつでも使え、銀行普通預金の10倍を超す運用益が得られることから人気を呼び、基金残高は今年の3月には5413億元に達したと見られる。既存銀行には大きな脅威で、銀行は余額宝に対抗するために顧客サービスの充実、ネットバンキングの強化、さらに地域サービスを強化するため社区銀行(Communty Banks)と呼ぶ小型銀行の設立を進めている。既に中国民生銀行、興業銀行、上海農商銀行などが社区銀行を設立し、余額宝は中国の金融制度にも大きな影響を及ぼす存在になっている。

 20年前にはクレジットカードや銀行キャッシュカードすら発達していなかった中国で

 モバイルショッピングとモバイル決済の成長が加速する。

図1

日本企業に立ちはだかる巨大市場の現実

 一人当たりGNI(国民総所得)による世界銀行の基準では、既に中国は高位中所得国に位置する。フォーブスが発表した世界の富豪(個人と家族の純資産10億ドル以上)に占める華人比率は17.6%で、うち中国内地企業家が152人である。

 今年の春節6日間、台湾観光の中国人は8万人、宿泊や買い物の消費は7億元だった。日本への観光客もそうだが、中国人の海外旅行は団体旅行から個人旅行に人気が移っている。春節の台湾旅行も、個人旅行が昨年の1日平均1200人から6907人に増えた。今年の1、2月の2カ月に韓国を訪れた中国人は62.3万人、前年比40%の増加だった。春節7日間だけでも8万人が訪れた。

 一方、紙おむつや炊飯器など、日本での中国人の買い物が話題だ。政府統計では、2013年の中国人旅行者の日本での消費は635億円で外国人消費の20.6%である。訪日外国人の平均消費が11.7万円に対し、中国人は19.8万円、しかも前年比28%の増加である。

 生協で1298円の紙おむつは、中国で150元(約2500円)の価格だ。炊飯器を両手に持ち飛行機に乗る中国人の姿は日常的である。

 1999年の国慶節の黄金周期(ゴールデンウィーク)には中国全国で4000万人が旅行し、旅行総費用は140億元だったが、2013年の国慶節休暇の旅行客は4.28億人で総費用は2233億元になった。15年間で旅行者数は約10倍、旅行支出は約16倍だ。だが、2013年の日本への中国人旅行者は131万人で前年比7.8%減少し、台湾からの旅行者にも及ばない。

 ただ、今年の1~3月の日本への旅行者は47.8万人、前年比87%の増加で回復傾向にあり、3月には桜見物の中国人観光客が増え、1カ月で18.4万人が日本を訪れた。

 成長を続ける中国人の消費が、日本や日本企業にビッグチャンスをもたらしているのかと言えば、そうとも言えない厳しい現実もある。

 表は今年の1~3月の中国の車種別乗用車販売のトップ10である。トップ10に入った日本車は日産SYLPHYのみで、2009年にはランクインしていたアコードもカローラもカムリも姿を消し、ドイツ系、アメリカ系が優勢である。ちなみに2012年にトップ10に入った日本車は1車もない。前に日中論壇で、日中対立は日本が米国の鉄砲玉を演じる限り避けられないと述べた。今の対立も尖閣買い付け騒動から現在まで、幾人かの政治家が鉄砲玉を演じた結果だ。その結果、経済で何が起きたのかを中国での乗用車販売が物語っている。

図2
図3

 筆者は20年前から13億人の巨大市場が日本経済の救世主ともなることを語ってきたが、一方でその市場が日本を飛び越え、欧米に向かうことも危惧してきた。米国政府は首相の靖国参拝に対し「失望」で米企業を援護した。だが日本は企業が中国に架けた梯子を政治家が蹴る。しかし巨大市場が実感として迫ってこないのは、政治家だけの問題でもない。

中国市場に対応するには、市場の成長を信じる素直さが大切

 日本の倍の値段で販売されている紙おむつは、昨年、中国人が大量に日本の店頭で買い集めて品薄が続き、幼い子供を持つ日本のお母さん方の反発を招いた。だが、このような現象は中国市場と肌で接し、その成長を素直に読めば見えることでもある。

 もう何年も前から、深圳と香港の連絡口の羅湖口岸で、紙おむつや粉ミルクを担いで中国に戻る担ぎ屋や夫婦連れの姿が目立った。口岸を行き来する内地の人がどんな品物を持っているのか、それを見ているだけでも中国市場の動きが読める。やはり何年も前から、上海の日本食品スーパーの大半の顧客は中国人だ。マグロの寿司店は、最初は日本人が来て、次に欧米人や台湾人が来て、今は主な顧客は中国人になり客単価も高くなった。何年も前から上海の若いお母さん方は個人輸入で日本の子供服を買っている。

 中国市場に対応するには、素直に市場の成長を信じることが大切だ。今、中国では環境対策が動きだそうとしている。Pm2.5対策のための粉塵や有機ガスの排出規制も強化されようとしている。規制が強くなれば中国製の環境機器の限界が来て、外国の設備に頼らざるを得ない。多くの環境機器でその検討が始まっている。だが日本では、大きなチャンスと考える人もいるし、中国で環境対策が進むわけはないととらえる人もいる。どう考えるかで進む道も分かれる。

 日本では素直さを邪魔する情報が耳に入りやすい。そんなものを頭から除き、素直な心で市場の息づかいを感じることだ。素直さが無ければ市場計画も生産計画も狂い、ドタバタの対応が続く。

 筆者は十数年前に書いた本で、これからの中国の市場を読むキーワードとして専門サービス化、大規模化、休日経済、子供・教育マーケット、金融・保険、貿易・流通・物流マーケット、情報化、住の8の言葉を掲げた。所得が高くなれば、誰しも考えることは同じだ。美味しいものを食べ、安全を求め、人より目立ち、人と違うこともしたい。中国人だけが異質ではない。過去を思えば、その思いは中国人に強く現れる。